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清明様の憂鬱ネット小説大賞六   作者: @のはらきつね
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清明様の憂鬱 番外編    逢魔が時の猫

その少年に初めて会ったのは 冬になりかけの秋で 自分は駅のホームに坐って明日のことを考えていた

 

その時に不意に視線を感じて目をあげた

  

 今にも沈みそうな太陽に逆光になっていたせいでその姿はよく見えなかった

 

一旬泥濘のように曇った中から、まっすぐに進んで来る姿が大きくなると、ここは見慣れたあわただしく


埃っぽい駅ではなく 水水しい樹木に覆われた山中にいるように思われた

 

それほどに姿のいい少年は見たことがなかった

  

単に容姿がいいというだけでなく何か浮世離れした清涼な雰囲気が、幻想的な気分にさせた。


それがつかつかと歩を緩めずに自分に向かって歩いてくる。

 

そして言った 「先生、天職についたんだね」そう言って嬉しそうに笑った。


一旬 すがすがしい空気に抱きしめられたように感じて少し狼狽した


 

「君は、私の患者だったかな」と言うと 落胆したように見えて何か自分が酷く悪いことをしたように感じた

 

少年は「忘れるのは当たり前なんだ」と自分に言い聞かすように言った


表情には四分の三の落胆が残っていたが、四分の一のいたずらっぽさがあってそれが広がった

  

「でも思い出すかも」また独り言のように言った 


それから「じゃね」と笑って走って行った、そしてその姿はあっという間に見えなくなった


 次の日には そんなことは、すっかり脳裏から消え失せていた

 

その日も手術があったからだ


周りは緊張した顔をしている、その中を堂々と進んだ

 

今まで数えきれないくらい手術は経験していたが緊張したことはない


いつも、どういうわけか無事に切り抜けられるはずだという自信があった

  

実際、その通りになった、確率はどうあれいったん集中してしまうと躊躇はなかった


ためらわずメスをいれると、組織や筋肉のつながりがじかに感じられる

 

生まれつき体力にも恵まれていたので長時間の手術も苦にならなかった


この病院でまぎれもなく天才だとみんなに認められながら、自分によってくるものはいなかった

 

 口下手で無口で仕事しか能がない 周りはそんな陰口をたたいていたのは承知していたが、なんとも思


わなかった。


昼食は病院の食堂で取り、たまに一人背中を丸めて、酒を飲んだり単調で質素な生活だったが、別に不満


もなかった その間も仕事のことを考えた。



 自分が普通の医者違っているとすれば、患者に対する憐憫などの感情的な思考が全くなかった。

 

芸術家のような鋭い観察力で体の組織をみとおしつないだり切断したりする


 それでも助からないものはもうどうしょうもない それだけだ 


 病院の近くに家を借りた。 


そのほうが効率的だからだ


 今までの選択肢もすべてそれが基準だった


 その結果今の自分がいる 


それに不満はなかった 


面倒くさい付き合いもない人と付き合うのは昔から苦手だった。

 2度目にあったのはその自宅に帰る時だった。 


やはり日暮れ時で何か目線を感じるとこの間の少年がいた。


それから嬉しそうに近寄ってきた。

 

 「また会えたね 岡田先生」


 言いながら笑ったがこの前より覇気がなく、何かしおれたような表情がこの間より


少年を大人びて見せていた


  「何か、困ったことでもあるのかい?」思わず聞いていた


 「おなかがすいてるんだ、でもお財布を落としちゃって」 思いつめた顔で言った。


 自分の口から自然に笑い声が出たのを聞いて、それからもっと自然に言葉が出た。

 

「じゃあ、おごってあげるよ、何がいい?」


尋ねると瞳がパッと輝いた 


そして「肉」周りが振り返るほどの大声で言った 

 

「じゃあ、近くでいいかな」


「いいの?」 


自分を見上げる目がキラキラしている。

 

「ああ」 言いながら歩きだした 


近くにあったみたいなステーキハウスに入った中は暖かく、いい匂いがした。


少年はスンスンと嬉しそうに目をとじてその匂いを味わっているようなしぐさをした


それだけなのにこっちも嬉しくなるような愛くるしさがある

 

 水がおかれるとこっぷを掴んで一気に飲んだ まるで砂漠で遭難したような人が飲むような飲み方で


「これももらっていい」


自分の分の水まで飲んだ


慌てて持ってこられた替えのコップも飲んでしまった。


 でもここは砂漠じゃないのに何でこんな飲み方をするのだろう


メニューをのぞき込んだ真剣に覗き込んでいる姿を見ながら思った


  注文を済ましてしまうと、自分が複雑な状況に陥っているのに、それもごく自然に落ちいったのに気

付いた


 他人と食事をしたのはもう何年前かもわからない 


食事はいつも一人なのに久しぶりに他人と外食をしている。


しかも相手は親子ほども年の離れた全く見知らぬ少年、名前も年も住んでいるところも・・・・・


 そして周りがらの視線を感じて余計以後ごちが悪くなった、おまけにこの子は掛け値なく綺麗だ


自分はステーキで子供だます犯罪者に見えるのではないかと思うと落ち着かなくなった


「先生」 少年が大きな声で言った。

 

「先生には、命を助けてもらったんだ、なのに忘れるなんてひどいよ」


 すいている店内にその声が響き渡った。


「ああ、手術は毎日だから」


 ステーキハウスにはふさわしい会話ではなかったがそれで周りの空気が変わったような気がする。

  

病院の近くでもあるので、医者だと認識されたようだ


そういえば名前はなんというのだろう 

 

そうすると少年は心を読んだように言った


「こま、僕はコマだよ先生、思い出した?」

 

そういってまた笑った。  


「なんか猫みたいだね」


「よく言われる」 そこにステーキが運ばれてきた。


 「すげぇ」 

 ウェイトレスがクスッと笑った


「いっぱい食べな」 


「ありがとう先生」 言ってフォークとナイフを取って真剣な顔で肉を切り始めた

  

少年は夢中になって食べだした。

 

何日も食べてないような食べ方で大きなステーキをぺろりと食べてしまった

  

「ふう」 


「息をついてから


「おなかいっぱい、ありがとう」と言って惚れ惚れするような明るい笑顔を向けた。


「よく食べたね」


「僕の田舎ではこんなおいしいものないもの」


「田舎からきたの どこから」 


「九州」

 

「親戚のところにきたの、でも財布を無くして、場所もよくわからなくなって困ってたら先生がいたん


だ」


隣のテーブルをかたずけていたウェイトレスがちらりとこちらを見た  


その時、ふと釈然としない気持ちを持った 

 

少年はウエイトレスが近くに来た時に説明するように声が少しだけ大きくなる

  

でもにこにこ笑って自分を見る顔を見ているとそんな違和感を持つこと事態がおかしいと思った

 

自分の立場は確実によくなっているし、 きっと慣れない場所で慣れない食事をしたせいだろう


だから思考がちょっとショートしただけだ。


 やっと普通に話ができるようになった、もう誘拐犯に見られることもないし相手は子供だ


親戚の住所はというと財布と一緒に亡くしたといった

 

警察に連れていくしかないと思ったが、こういう場合どういう対応を受けるのだろう


  もちろんただの迷子だが、質問攻めにされる姿は哀れな感じがした


 店を出てからどうしようと思った。

 

その時、少年が言った


「部屋の隅でいいからとめてくれない、すごく疲れたんだ」


思わず顔を見た  でもその顔は本当に困り切っている

  

「汚いけどよかったら・・・」また自然に言葉が出た。

 

パッと顔が輝いて笑った つられて笑って歩き出した。


それから自分の中のなじみのない感情にきずいた。

 

自分は喜んでいる  


確かに嬉しかった


 もちろん他意はないし一晩くらいならいいかもしれないいつもは寝に帰るだけの 


あの寒々しい家も役に立つこともある

 

少し休ませたら、親に連絡を取ろう


そう思いながら歩き出したいつもの慣れた道を歩く


小雨が降りはしめた 


 自分は少年がひどく薄着であるのに気付き「もう少しだからね」と言った。


そのうちになぜか霧が出てきた。  


 「先生急ごう」少年が言った。

 

何かにおびえているようにみえる


 道は左右に右曲して爪さき上がりになるはずなのに足元がちゃんと地面を踏んでいる感覚がないのでひ


どく頼りない気分になる。


  その間にも霧はどんどん濃くなる  周りには人は誰もいない


少年の顔を見ると今にも泣きそうにみえる

  

 振り返るとむくむくとわく煙の中に黒い影が見える冷たい風がさあっと音を立てて走って行った


そのうちまわりが真っ白になってしまった

 

こんなバカなと思うが、世にあるものは白い霧と冷たい風だけで、自分の手を握っている

  

 少年は泣きそうなまま「先生、走ろう」と言って自分の手を引いて走った。


 自分にも何か尋常な事態でないのはわかるが、どうしていいかわからないので手を引かれたまま走った


そのうちにザクザクという重苦しい足音が響いてきた。


それも一つではない 


 携帯を取り出して見ると圏外にすらなっていない


画面は真っ暗でどこを押してもそのままだ

 

足音は一つではなく確実に自分たちを追ってくる


ガチャガチャという何か金属的な音もする


もうとにかく走るしか手はない 少年を抱えるようにして全力で走った 大きな黒い人影が目の前に立ち


はだかった。


何かはよくわからなかったのは悪意のようなものが感じられた

 

反対側に走る 


「先生」という声とともに自分の腕が引っ張られた。


ドンと壁のようなものに当たった 周りが見えないので手探りで移動する

 

固い壁の手触りが続く

 

その間に影が追ってくる 近くで見て愕然とした


時代劇から抜け出してきたような侍の格好をしている。


 刀を構えそれからゆっくりと間合いを詰めた

 

壁の感触を確かめながら進んだ それだけしか現実を確かめるすべはない 冷たくうつろな現実だが受け


入れなければ恐慌をきたせば気がふれるような気がした


 挿絵(By みてみん)

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