清明様の憂鬱 第三章 ⑦
「ほら」 清明は葛の葉ティシュを箱ごと、渡してやった
葛の葉は涙を拭いて黙り込んだ
ここまでは、正常 、今まで何百回か何万回かくり返された 喧嘩の再現に過ぎない
清明が圧倒的な勝利に終わったほかは、もう少ししたら葛の葉は黙ってお茶を入れに行くだろう。
それから、黙ってお茶を飲んでいつのも状態に戻る。
これがいつものパターン ところが、今日はなかなか立ち上がらない
どうしたんだろう
「ねえ、青竜は雨を降らせられますよね?」唐突に葛の葉が言った。
「ああ」 なぜかその言い方には、肝を冷やすようなところがあった
「清明様 私は 蔵の中で育って、その蔵が火事になってその時通りかかった、青竜が 雨を降らせて助
けた」
「青竜が言ったのか?」
「そうです もちろん本気にしていません 不思議なのは、その火事の記憶がないんです」
「私は、あそこに何年くらいいました?」 下を向いたまま、葛の葉が聞いた
その一言が一番最初に 葛の葉に会ったときを思い出させた その時、清明は急いでいたが
林の中で何かの生命の波動を見つけた
林と言っても 戦いで焼けただれ、その姿をとどめてはいなかった 焼け跡の中に座っていたのはまだ
小さな狐の妖怪だった。
清明を見ても、何も言わなかった
その目にも何も映してはいなかった
このままほっておけば、確実に死ぬだろう
おまけに夜行性の妖怪だったので朝日が昇ったとたんに消滅するだろう
清明はその子を抱え上げた。
たぶんもう手遅れだと思ったが ただ 太陽に当たらないところに 隠してやろうと思った
たぶんそれができることの全てだろう
しばらく行くと大きな蔵が見えた
蔵はいくつもあり 清明は その中の一番奥に入った
人の出入りした気配はない
ここなら、日光だけは避けられるだろう
それから持っていた水や食べ物を置いた
その子が 煤ぼこりだらけにになっているのを見て、術を使って綺麗にした
その時初めて 見開かれた目から涙が落ちた
「なぁ、これを食べるんじゃ わかるか?」 特に反応はなかった 額に、手を当てた 一族は あらか
た 殺されたようだ その記憶を消した
「また、水と食べ物を持ってくるから、ちゃんと食べろ」
そういうと立ち上がった 自分に、もう出来ることはない、あとはこの子の生命力にかけるしかない、ま
だ子供だが、この子一人にかまっているわけにはいかない
それでも葛の葉は、順応した
次に清明が 行くと 食べ物は食べつくされ 錯乱したゴミの中で 丸まって眠っていた
自分を見ると笑いながらかけてきてしがみついた
「せーめーさま」あの自分を呼ぶ声のなんてかわいらしかったことか
しかしほかの面でも順応しつつあった
いや、しすぎたと言っていいだろう、 退屈だというので 人形や毬を与えたがすぐ飽きてし
まったので本を与えた
葛の葉の知識欲はすごかった。
めんどくさいので文学全集みたいなものを渡した、
それもすぐ読んでしまった 自分を見ると「せーめーさま 本は?」と言うようにめんどくさいので
カードを渡した カードの残高はすぐに0になっていた。
葛の葉は本だらけの蔵にいた
まあ、それだけならいいが人に対する態度というのは、まず過去の経験から来るか、前後周囲の感覚
からの影響とかそんなもので作られる。
人間に限らず妖怪もそうだが、葛の葉には、確かに知識はある
だが本だけの中のことで、行動することが楽しくてしょうがなくなるととんでもないことを平気です
る後のことなどは考えないというか考えられない
金の力とか作用とか、それに対する人の反応は本では覚えられないので今まで何度シュール言うか、
コントみたいな口喧嘩をしてきたかわからない
わかっていながら、負けるものかと取りあえず難しい言葉を使ったりひっくり返したり意味不明の苦
難の連続でわしは木下藤吉郎かと何度怒鳴ったことか怒りが噴出し血圧が上昇する不愉快な体感を 何度
味わったか?
数メートル先では朱雀はほっこりとした陽だまりの中にいた
「私は背が低いので男役は出来ないんです」
朱雀が言うと「何を言いますか、娘役なら男役とぴったり、踊れるんじゃないですか?」
白虎が にこにこしながら言う
普通にこういう話を聞いてもらうだけで嬉しかった
その時台所から 聞いたこともない叫び声が聞こえてきて飛び上がった
台所では、葛の葉が猛烈な怒りと、もどかしさのため 嗚咽し震えながら怒鳴って 完全な癇癪モードに
なっている
清明も、完全に冷静さを失って、なだめるどころか、怒りのために
やはり少し震えながら怒鳴っている
最初 ざあざあ掛け合っていた水は、灯油かガソリンに代わり二人はそれをかけあって
怒の炎に注ぎあっている
「 どうしたんですか?」 白虎が怒鳴ったが二人とも気づかないようだ
こういう場に慣れ切っている朱雀が白虎を見上げて言った。
「まあお茶でも入れましょう」
朱雀が立ち上がってすぐ戻ってきた
「どうぞ」
おかれたカップの中は 練乳のようなもの、トマトケチャップのようなものとトンカツソースを混ぜたよ
うなものが 混ざり合い ボコン ボコン と 音を立てている
「なんですか?これ」 白虎が言った。
「コーヒーですが」
「どうやって入れたらこんなことになるんです」
「さあ」言いながら朱雀がスマホを見てぎゃっと叫んだ
「そそそそっそ送信完了になっています、いつの間にか」
「ええっ」白虎が真っ青になって立ちすくんだ
(うぐわああああああああああああああああああああええええ)カップの中からうめき声が聞こえてき
た
覗き込むと 小さな人型のものが立ち上がってきている
「誰かいるみたいなんですが・・・」
「どどど、どうしよう」いつもの あけっぴろげな笑い声を思い出すと、突然の大雨みたいに 罪悪感に
包まれた
朱雀は 立ち上がってカップを取って流しにそれをぶちまけた
練乳色の人型が 立ち上がって まだ 「それそれそれそれぇ」
と踊っていたが ポットを取って上から 熱湯をかけた 「ぎゃよえええ」「うがっがー」 などと
叫び声が聞こえ、もうもうと 立ち上った。
湯気とともに竜巻が起こりあまりのイカ臭さに朱雀はしゃがみこんだ
葛葉が走って来て熱湯を流し印を結ぶと竜巻が声明に襲い掛かった「この期に及んでうげうげ」苦しむ清
明の横で葛葉がポーズを取った
「風使いなら私のほうが得意です、今度からこうよびなさい イカの谷の女狐」
ポーズを決めてから朱雀を見て
「さあ、ロト逃げなさい、朱雀は這いずって一回り縮んでしまった
白虎のところに行った
「あのなんて言っていいかあのあのええと・・・・」 朱雀は立ち上がりながら朱雀は考え込んだ
その時 、「朱雀さん」白虎が叫んだ
そして ごっ という音がして何かが 頭に当たった いつもの朱雀ならいとも簡単によけられただろう
あるいは清明や葛の葉の投げたものだったら・・・・
朱雀は集中しすぎていた
竜巻の中から もと上杉謙信のスタンド、5メートルの一つ目大入道のちみママがにゅうううという感
じで現れて言った
「あああん 見つけたわあああん」
白虎が真っ青になって立ち上がり 固まって後ずさった
剣術はもちろん、空手 柔道 ボクシング 地味な間接技 サブミッションまでこなし 愛読書
はさぶ 好物は上腕二頭筋
2丁目に舞い降りた 恐怖の大王 ちみママ
通称 チーママ が 今 その正体を惜しげもなくさらし発情真っ盛りのうえ泥酔状態で 一升瓶を
振り回しいる 。
白虎は青ざめて固まったまま動けずにいる
朱雀の頭にもろに当たった瓶の威力も凄まじく、朱雀はよろめいて目の前が急に来た夜明けみたいに
ぱっと白くなった。
そこから 先の 展開はわかっていた、これはすぐ暗転し自分は気を失う
何とか踏みとどまり、 とっさに唇と舌をかんだ 口の中に 血の味がして 一旬朱雀の意識を正常に
した 。
痛覚 これは 戦闘妖怪としての朱雀の長い友達
それから 直径が 50センチはあろうかと思われる ちみママの首の動脈を狙って袴の横にいつも
さしてある。
小刀を投げた。
小刀はヒュと音を立てて力強く正確に突き刺さり根元まで埋まった
これには チーママもたまらず
「ぎゃあ」っと 叫んでくにゃっと曲り イカの竜巻が赤くなった
中から たくさんの 野太い悲鳴が上がり竜巻が消えたのを見届けてから朱雀は倒れた
「朱雀さん」白虎の呼ぶ声がする
夜明けの感覚はまだ続いていて朱雀は白虎を見上げた
その顔は 真剣そのものだったが 目にはいつもの前向きで 強い生気が戻っていた
(ああよかった この人は 乗りきるだろう、 そして元に戻る)
そう思った途端に安堵感が押し寄せてきて周りが暗くなり朦朧としてきた
朱雀はガクンと頭を垂れた
白虎の声が遠くなった
遠くに、光り輝く階段が見えた
でも遠くて とても遠くて もう 届きそうになかった。