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時縒りの者  作者: オカヒジキ
第一章 邂逅・貴族の憂鬱
9/39

1-07 咎・ラヴィ

 ◆◇◆

 ミハイルの意識の深層。

 真っ暗で泥沼のような場所に、首辺りまでどっぷりとかった彼の周りには、黒い炎の尾を引く人魂ひとだまの群れがまとわわりついていた。

 彼の目はうつろに虚空をぼんやりと眺めているだけで、頬もこけ落ちて、無血のバンパイアと呼ばれ敬愛されていた、在りし日の領主の面影はなく、まるで宿無しの世捨人の風貌へと成り果てていた。

 彼の周りを揺らめく黒炎の中に、おびただしい数の討伐隊と交戦する様子が映し出され、その中には、愛娘ラヴィが自身に刃を向け切りつけてくる姿も映っていた。

「やめるんだ………言うことを聞いてくれ………すまない………すま………」

 消え入りそうなうめき声を飲み込むように、暗い泥沼へ沈んでいくミハイルの顔は、乾いてしわだらけになった瞼から一筋の涙が流れ、同じく沼の水面へと溶け込んでいった。


 ◆◇◆

 丸めていた背中の先に項垂うなだれるこうべ

 "ギシリ"ときしみを挙げるいびつな瞳で、ミハイルがラヴィ達を睨む。

 虹彩こうさいに輝きはなく、果たして視線の先が映っているのかさえ分からない、炭化した木材のような色調とひび割れた質感の瞳が、異様さを増長させる。


 ラヴィは、老武士から貰った丸薬を飲んで、その効果が現れたところだった。

 身体中の精孔が全開になり、普通の人間でも見える程に、青紫色のオーラが立ち昇っていく。


「慌てて気を乱すなよ。いくら魔力の多いバンパイアでも、全開で垂れ流せば、喪失性ショックでぶっ倒れるぞい」


 脇に立つ老武士が、弟子に指導する師匠のように、ラヴィにアドバイスする。


「そのまま目と目の間、眉間みけんに意識を集中せい。それから魔力を正中線に沿って縦に延ばすよう意識するんじゃ」


 老武士が指示したとおりに、目を閉じて意識を眉間に集中させるラヴィ。

 すると、眉間が熱くなるのを感じるとともに、閉じた瞼越しに周りが見え出した。

 自分が立つ位置の先に、うずくまって悶えるミハイルの姿が見える。

 ラヴィは、続いて熱くなった眉間から、身体の正中線に沿って魔力の塊を引き延ばすようにイメージする。

 熱い塊が後頭部から首筋、背中へと流れていくのがわかる。

 その感覚は、ラヴィにとってむずかゆいような、寒気のような何とも形容し難いものであった。


「できたな。よし!延ばした魔力を中心にして、自分の身体を包む筒を作るように意識してみい」


 老武士の言うとおりに意識を広げるラヴィ。

 通常、こういった感覚の修行は、言われて直ぐに出来るというものではなく、大抵の者は長年の苦行が必要なのだが、ラヴィは天性の素質を持っていたのだろう。

 身体の周りを揺らめきつつ纏うオーラが、綺麗な円筒形を象作った。


「うーむ、腹立つくらいに優秀じゃな。あとは、自分で空間に穴を開けたり、別の空間を創り出すようなことをイメージしてみい。おそらく出来るはずじゃ」


 そう言われて、ラヴィは地面に向かって丸や四角の空間をイメージする。

 すると、地面に立体的な球や立方体の空間が出来上がった。

 土を掘ってできたのではなく、地面の土ごと空間が押し退けられて、新たな空間が出現したのだ。

 ラヴィは息を呑み、老武士を見返し呟くように訊いた。


「空間干渉………空間の造形………私にこんな能力が………」


「そうじゃ。その能力で作り出した亜空間に、親父さんを幽閉せい。血の供給が断たれれば、いかな突然変異とて恒常性を維持できんだろう」


 空間に干渉する能力。人間でいうところの所謂 "超能力"の一種。

 念動力(サイコキネシス)

 発火能力(パイロキネシス)

 透視、千里眼(クレヤボヤンス)

 瞬間移動(テレポーテーション)

 サイコメトリー

 など様々で、呪文詠唱(えいしょう)や魔方陣のような事前準備を必要とせずに、空間や情報、物体などに働きかける力を持つ。

 結果として起きる現象は、魔術と区別し難く、この世界では無詠唱魔法と呼ばれている。

 ラヴィ達バンパイアは、魔術も使うが、個々人で特有の能力を持っている者もいて、空間・情報干渉系の能力者が総じて多い。


「お父さん、ごめんね……」


 そう言ってラヴィは、魔崩剣を右上段に構え、ミハイルに向き直る。

 ミハイルからは、既に苦悶の表情が消え、跳躍のめを作っているのか両太腿を異様に緊張させて、今にも跳びかからんとしていた。


 ラヴィが目に意識を集中させて、ミハイルの佇立ちょりつする位置に空間をイメージする。

 三メートル程の広さの立方体。

 空間の光の屈折率が変化して、境界線が薄っすらと現れ始める。

 まるで定規で線を引いたかのような、ピアノ線程の太さに見える、空間の屈曲。

 それが完全な立方体を形作る直前、ミハイルの姿がき消えた。

 一直線にラヴィの方へ突進してくる黒い塊に、ラヴィの集中力が乱され、出来かけていた立方体の空間も掻き消えてしまった。

 能力に目覚めて間がないためだろう。

 こればかりは、何度も繰り返し鍛錬するしか速度や精度を上げる術はない。

 こういった能力は、一日の長が勝敗を左右する事が多いのだ。


 真っ黒で歪な瞳の縁を真っ赤に染めて、獰猛どうもうな妖気とともにミハイルが魔爪を振りかぶって襲いかかるが、ラヴィの方は空間造形に集中力をいていたため、迎撃が遅れていた。

 右上段に構えた剣を振り下ろそうにも、ミハイルの突進があまりに速く、反応出来ないであろう事は明らかだった。

 冷や汗がこめかみを伝い、全身に鳥肌が立つのを感じる。

 ミハイルの魔爪がラヴィの左肩に迫った時、レオが間に割り込み、痛恨の一撃とも思える魔爪を受け止めた。

 レオは、両足を踏ん張り、全身に張り巡らせた闘気のオーラを左腕に集中させて、防御にてる。

 ラヴィとミハイルの間に割り込むスピードもさる事ながら、その直後の刹那せつなにオーラを防御へてる移動の技術は、戦闘士を生業なりわいとする者にとって驚嘆に値するものであった。


 しかし、予想外に魔爪の威力も凄まじく、レオの渾身こんしんの防御をもってしても、左腕の骨が軋み、筋肉が断裂する程にダメージをこうむっていた。

 レオの顔に苦悶の表情が刻まれる。

 右膝を折って地につき、それでもなんとか持ちこたえるレオ。

 その後方で、隙を見て上段の剣を脇に回し、ミハイルめがけて突きを放つラヴィ。

 剣先は正確にミハイルの胸部、心臓付近を狙うが、左腕で難なく突きを止められてしまう。

 右手の魔爪がレオに、ラヴィの剣がミハイルの腕にと其々《それぞれ》食い込み、一瞬膠着(こうちゃく)状態を作った。


 それは、ほんの一瞬。


 だが、老武士がミハイルの懐へ潜り込むには充分な時間。


 ゆらりと摺り足で歩み寄ると、老武士の右掌底(しょうてい)がミハイルの左脇腹に添えられた瞬間、老武士の全身が震えたような、ぼやけたような、そんな錯覚にも似た様子を、ラヴィとレオは目撃した。

 その直後、ミハイルの身体が一尺程横へスライドし、硬直して止まる。


「急げ!動きを止められるのは、ほんの数秒じゃぞ!」


 老武士の怒号が飛ぶ。

 それに背中を押されるように、ラヴィは魔力を集中させた。

 先程と然程スピードは変わらないが、うずくまでに至らぬまでも、数秒とはいえ時が止まったかのように動きを止められた状態のミハイルに、回避する術は無かった。

 先程と同じように、ミハイルの周りに立方体の空間が構築されていき、屈曲した各辺が繋がって八つの頂点を形成し、亜空間造形が完了した。

 直後、止まっていた時が動き出したかのように、ミハイルがラヴィの方へと突進を試みるが、見えない空間の壁に阻まれ後退あとずさる。

 ラヴィは、自身が創り出した亜空間を、更に意識を集中して、大きさを縮めていった。

 そして、左半身にて剣先へ左手を添え、突きの構えをとってミハイルをじいっと見据えると、震える声音で呟いた。


「……残念です……お父さん……」


 潤んだ目から溢れる涙をき止めんと険しく瞼を細め、亜空間のミハイル目掛けて剣を突き放ち、矢筈やはずを取って放たれた弓矢の如く突進する。


「やぁーーーっ!」


 裂帛れっぱくの気合いと共に、剣先が亜空間の壁をすり抜け、ミハイルの心臓がある付近に吸い込まれるように突き刺さった。

 手応えはあった。

 筋肉を割いて、心臓を貫く重い感触が。

 ラヴィが放った剣は、見事にミハイルの心臓を貫き、背中側の亜空間の壁に突き立ったのだ。


 壁に針で縫い付けられた標本のように、ミハイルの胸には魔崩剣が刺さり、夥しい量の真っ赤な鮮血が、滝の如くに溢れ出す。

 流れ出る血液の量に反比例して、悪鬼と化したミハイルの体は、みるみる内に皺だらけになり、干涸ひからびたように精気を失っていった。

 その様子を忸怩じくじたる面持ちで見つめるラヴィ。

 一気に血液を喪失したミハイルからは、先程までの圧倒されるような妖気が失せ、紙屑のような皺だらけの顔にくぼんだ目から涙を流していた。

 それは涙なのか。薄っすらと赤みがかった淡いピンク色の液体。それが窪んで輝きを失ったとはいえ、目から流れ出ているのだから、やはり涙なのだろう。

 眼窩がんかに涙が溜まると共に、徐々にではあったが、ミハイルの目に生気が戻り、瞳にはラヴィの姿が映っていた。


「ラ……ヴィ……」


 瘡蓋かさぶたのように顔面に貼り付いた唇がかすかに震え、しゃがれた声で言葉を紡ぐ。


「すま……ない……後を……頼む……愛……してる……ラヴィ……」


 それはようやく絞り出した、枯葉のような言の葉だった。

 ほんの一瞬、神が慈悲をかけてくれたのか、悪鬼と化したミハイルが、燃え尽きる寸前の蝋燭ろうそくの火のように正気を取り戻し、謝辞しゃじと思しき言葉を発した。

 その後はまた、目の光が失われ、暗い眼窩へと落ち窪んでいく。

 ミハイルの言葉を受け取ったラヴィは、うつむいたまま頷き、返事を返せないでいた。

 地面に"ぽとり"と雫が零れ落ちる。

 レオが、負傷した左腕の痛みを堪えながら、ラヴィの震える肩にそっと手を添えるが、かける言葉が見つからない。

 そして、ミハイルを閉じ込めた亜空間が、現世界の空間から乖離かいりして、シャボン玉が破れるように消えてしまった。


「よくやった。辛い仕事を押し付けてすまんかったの」


 老武士がかけた言葉に、ラヴィは暫く俯いたままだったが、殊更ことさらに深呼吸をして顔を上げると、涙がまだ残る目で見つめて返事をした。


「ブランドー家の者の不始末ですから……その役目を与えて下さったことに感謝します」


 出来ることならば、父を助けたかった。しかし、それは叶うべくもなかった。

 人々を思い、一族を思い、そして家族を思い行ったことが、例え善意であっても、世に凶事をもたらす罪を犯したならば償わねばならない。

 まして、律するべき立場にあるそれが元凶を、他でもない貴族の者が犯したのだから尚のこと。


 ラヴィは、この一連の凶事を、父だけの所為ではなく、ブランドー家のとがとして受け入れねばならないことを、密かに決意していた。

 ともあれ、今回の事態の収拾に、多大な助力をくれた老武士の名を、今ここで聞いておきたいとラヴィが尋ねたが、彼の返答はよく分からないものだった。


「儂ゃ世捨て人みたいなもんじゃ。龍神とは、ちいとばかし昔からの知り合いでな。皆からは惣仙と呼ばれとる」


「ソーセン様ですか……」


「あまりかしこまらんでもええぞい。いつも暇でぶらぶらしとる。困った時は龍神を通じて伝言してくれ。気が向いたら立ち寄るから」


 そう言い残すと、惣仙と名乗った老武士は、森の中へと早々に去っていった。

 ラヴィもレオも、不思議と呼び止めることが出来なかった。

 そして、二人は連れ立ってブランドー邸への帰路についたのだった。


 ◆◇◆

 やしきでは、母ミリアと弟のサミュエルが、執事達と共にラヴィを出迎えてくれた。

 今回の事件で、ブランドー家の領地でもある町が被った被害は甚大で、ほぼ壊滅状態といってもおかしくなかった。

 住民は約半数が死亡。

 その内の半数強が、吸血後にバンパイア化した下僕達によって襲われた住民が、また他の住民を襲うという、連鎖的な被害が大半であった。

 ミハイルの死亡により、魔力の束縛から解放された者達は、糸が切れた操り人形のように動きを止め、バタバタと倒れ込んでいく。

 漸く死ぬ事ができたのである。

 邸で組織された討伐隊にも、多数の犠牲者が出ていた。

 三十名程いた召使いも、残ったのはたった五名。

 ギルドハンターの討伐隊にも、多数の殉職者が出ており、ミハイルにテレポートさせられて、生死が不明の者もいる。

 甚大な被害を齎らしたこの事件は、大規模な風水害に匹敵する災害級であった。

 後の歴史にも、バンパイアによる大量殺戮(さつりく)事件という汚名を刻むことになり、ラヴィ達ブランドー家が、世間から離れてひっそりと暮らすようになったのは、言うまでもない。


 この一件の責任追及については、人間社会においてではなく、吸血貴族の中で下されることとなり、領地の剥奪と新たな領地の所有を禁じるまでに留められた。

 これほどの被害を被りながら、住民から糾弾きゅうだんの声は上がらなかったのだ。

 周辺都市では、バンパイアに操られていた町だとの噂で持ちきりになったが、全ての住民がバンパイア鑑定の検査で陰性と判定され、魔力による人格操作も行われていないことが立証されてからは、徐々に風評も終息していった。


 以後この町は【ブラッドエンド】と呼ばれ、吸血貴族が治めた人間の町として、揶揄やゆと奇異の目で、巷間こうかん膾炙かいしゃされることとなる。

 吸血貴族としての地位を剥奪されてからも、住民達はラヴィ等ブランドー家を迎え入れてくれたが、それをラヴィは丁重に断り続けた。

 しかし、住民を代表する町長が代替わりしても、変わることのない住民の懇意にほだされ、現在の岬に邸を設け住むようになったのだ。

 ただし、町を治める領主という地位は頑なに拒み続けた。

 それだけは、一度でも殺戮の地獄を齎らした咎は、この地位を受ける訳にはいかなかったのだ。

 ラヴィは決意する。いや、父を殺めた時から決意していた。

 命ある限り、この町を守ろうと。

 生きている限り、人の血は飲むまいと。

 バンパイアの命も例外なく有限だが、人間に比べれば、無限とも言えるほど長寿なのである。

 ラヴィはまだ、成人を迎えたばかりの若きバンパイア。

 この先、自身の寿命が尽きるまでとは、高潔な神職者にも等しい苦行の決意を、この若さで成したのだ。

 

 町の復興に向けて、再び人々は動き出す。

 家族や仲間を失った悲しみに暮れていた者達も、少しずつ動き出し、動き出しさえすれば後は時が解決していく。

 そんな町の様子を見守っていたラヴィは、とある場所へと赴いていた。

 土地神のほこらだ。つまり龍神の住処すみか

 父が犯した罪を、懺悔ざんげしようとでも言うのか。それとも父の遺志を継ぎ、龍神を狩りに来たとでも言うのか。


 祠は町から外れた深い森の奥にあった。

 年に三度、豊穣を願い参拝する場所だが、嘗ての領主や町長など選ばれた代表者のみが出向くことを許された、神聖な場所。

 ラヴィは幼い頃から父に伴われ、ここを訪れたことがあった。

 祠の中は、広大なホールのようなドーム状の空間が広がっている。

 中央には池だろうか。波一つ立っていない、まるで鏡を敷きつめた床かと見紛う静謐せいひつな水面。

 ラヴィがその池の前で歩みを止めた。直後、俄かに水面が波立ち、淡い光が水底から湧き上がる。

 そして、池から現れたのは、金色の両眼に銀のたてがみを蓄えた、真っ白な体躯の龍神だった。


「なんだ、バンパイアの娘か。何しに来た?」


 龍神、と呼ぶには些か精気に若々しさが垣間見えるが、その身に計り知れないほど膨大な魔力を内包しているのは、ラヴィでなくとも感じられるだろう。

 ラヴィは、その気圧されんばかりのオーラにさらされ、足がすくむのを覚えたが、ある思いを伝える為グッと堪えて声を絞り出した。


「先ずはおびを。先般の我が一族が愚行、どうかお許しくださいますよう………」


 言い終える前に、龍神が返答を挟む。


「なんだ、詫びを入れに来たのか。てっきり俺は、仇を討ちにでも来たのかと思ったぞ。詫びなんざ必要ない。久しぶりに手応えのある奴と喧嘩できたからな。途中からおかしくなっちまったのは、残念だったがな。彼奴あいつ、ミハイルと言ったか。もう死んじまったのか?」


 よく喋る龍であった。

 若き龍神の台詞に少々面食らうラヴィだったが、父母から聞いていた、細かいことを気にしない噂どおりの、ざっくばらんな性格にホッと安堵していた。

 この龍神、名を時雨と言い、とある土地神の末裔で、水を司り、棲み着いた土地に雨や肥沃ひよくな大地の恵みを齎す、聖龍として崇められてきた神なる種族。

 しかし、彼の者は若いが故か気性が荒く、強者と見るや誰彼構わず喧嘩をふっかけてくる、聖なる者にあるまじき性情を持った龍神なのだ。

 此度の突然変異体との戦闘に際しても、懇意にしていたミハイルが彼を狙ったのは、時雨が喧嘩をけしかけたからに他ならない。

 龍神は、大抵が広範囲に及ぶ結界で住処を作っているので、殆どの魔物と遭遇することなく、静かに日々を送っているが、彼はミハイルの思惑を察知し、「自分を倒せたら実験でも何でも好きにしていい」と喧嘩の口実を作り上げてしまったのだ。

 悪気はないが、気まぐれでタチが悪い。

 嘘か真か、神の怒りと称して滅ぼされた種族もあるという。


「父は………ミハイル・ブランドーは、私の手で粛清しました。そして、父の汚名を、咎を背負いながら生きて、町の、民の安寧あんねいまもって………」


「堅苦しいな。お前は」


 別の意味でいらつく時雨に、面食らいながらもラヴィは話を継ぐ。

 父親を殺めたことの顛末を話し、烏滸おこがましいがと前置きして、時雨に願いをうた。

 父が愛した町、そこに住まう民を守りたい。

 しかし、自身の実力が、まだまだ未熟なことを痛感し、力を付けたかった。

 その為には、町に留まっていては意味がない。

 自分が納得できる実力を身に付ける為に、暫く町を出たかったが、留守中、周辺諸国から危険視されている町を粛清しようと目論む輩や、他の反バンパイアの勢力等から町を守る術がない。

 母もサミュエルも、父の死後、すっかり腑抜ふぬけてしまい邸に閉じこもりがちで、到底期待できない。

 土地神の加護が得られたならば、これ程心強い者はないが、龍神族の若き暴君が引き受けてくれるのか。

 親交深き吸血貴族の背徳行為を、果たして時雨は、したる憤慨も見せずに引き受けてくれた。

 ただし、よからぬ話を持ちかけたのは言うまでもない。

 強者と認めたミハイルを倒した娘に、喧嘩に付き合えと条件をつけたのだ。

 結果は言うまでもなく、時雨の圧勝である。

 空間造形の能力は、使い方によっては脅威となり得るものだったが、いかんせんまだ覚えたての能力では、満足に使いこなせる筈もなく、まるっきり歯が立たなかった。

 ともあれ、若き暴君は満足したのか、引き続き土地神として町を加護するを了承し、ラヴィは町を出た。


 時雨は思う。バンパイアの、人外の者が焦がれた人間の性情を見極めたいと。

 そういった好奇心にも似た思惑があって、この地に留まっているのだ。

 龍神の加護を得た町〈人口が減って、規模的には村に近いが〉は、裕福とまでは言えないまでも、農作物に恵まれ、住民が生きていく上で必要な糧を充分に賄えることができた。

 町を脅かす妖魔の類いも、時雨の恰好かっこうの餌食、もとい、喧嘩相手となって、結果的に町の安全が守られることとなった。


 ===そして、たくましくも美しく成長したラヴィは、約束どおり町へ帰ってきた。加えて彼女は母になっていて、一人の乳飲み子を抱えての帰還だった。


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