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時縒りの者  作者: オカヒジキ
第一章 邂逅・貴族の憂鬱
6/39

1-04 屍体覚醒

 ◇◆◇

 現地捜査本部が設置されたヤーマスの冒険者ギルド。

 部屋の最奥のデスクに肘をつき、両目をつむり眉をしかめた思案顔で、耳をそばだてるロウ。

 その前に佇立ちょりつしているのは、紺色の外套ローブを羽織った魔術士らしき男が一人。

 手にはA4サイズ程の書類画板を持ち、先端からはチラつく映像が浮かび上がり、音声が発せられている。


「賊を発見しました。港の第13倉庫の前で現在交戦中。かなりの手練れ………至急応援願う!」


 賊は獣人のラリー。それを捕縛せんと応戦するのは追っ手のギルド員六名。

 魔術士が持っている画板から発せられる映像と音声は、おそらく思念通話の魔力を付与された魔道具の一種だろう。

 現場からの応援要請を受け、ロウは別のデスクに控える事務方に指示を出した。


「現場付近に、捕縛術に長けた方術師がいた筈だ。直ぐに向かわせろ。何としてもそいつの身柄を確保するんだ!」


「了解です。

 警戒中の各局に一方的に送り込む!

 現在港13番倉庫前で対象を捕捉。

 捕縛術を使用できるものは現場へ応援に向かえ!

 それ以外の者は周辺にて警戒しながら流動。

 対象確保に努めよ!」


 ロウの指示に従い、色白で優男やさおとこ風の事務方職員は、一切噛むことなく、流れるように思念通話にて指示を伝達した。

 その指示を横で聞き、ロウは一つ溜息を吐きながら、黒板に書かれたチャートを眺め呟いた。


「くそっ!………ワーウルフごときに破れるような、ヤワな結界じゃねえつもりだったんだがな………やっぱ、お互い無傷じゃ済まねえか……」


 ロウの呟きを聞いているのか、黒板に文字を書き込むもう一人の女性職員も、嘆息混じりで白墨チョークを走らせる。

 チャート中央の囲みには、サガン・クリストフの名が書かれ、真上の囲みに神父、下には『ワーウルフ?』とだけ書かれ空欄となった囲みがある。

 その囲みに、職員が

『重要参考人・捕縛対象 港13番倉庫前において発見………云々』

 と書き込んでいった。


 ======


 ラリーを包囲する囲みの男達は、額ににじむ汗を拭うことができずにいた。

 囲みの中央にて身構える獣人は、ことの外素早く、つ隙を見せない。

 傍らには三人、まだ息があるものの、完全に伸びた仲間が横たわっている。


 暫しの睨み合いの後、再び動いたのはラリー。

  身を屈めた姿勢から、真上へ一気に跳躍する…… かのような素振り。所謂いわゆるフェイントだ。 普通ならば、こんな子供騙しなフェイントに引っかかる者などいないだろうが、目の前の獣人の場合は違った。

 姿そのものは確かに跳んだのだ。

 なのに、その姿を追った目に彼の姿は映らない。

 皆が上方を見上げる中、リーダー格の男『サクマ』が怒号を上げた。


「目で追うな!右だ!」


 果たして、怒号の先にはラリーが左脚を地面に踏ん張り、一人の追っ手の懐へ潜り込まんとする所だった。

「ギド!」

 叫びも虚しく、ギドと呼ばれた男が反応する前に、ラリーの右拳が鳩尾みぞおちとらえていた。

 そのまま背を丸めて悶絶するギドと、すれ違うかのように身を起こすラリー。

 サクマは舌打ちする。


「ちいっ!とんでもなく素早い野郎だ」


 追っ手の一隊は完全に攻めあぐねていた。

 捕縛の魔術士はいないものの、ハンターとしてギルドに登録された彼らは、それなりに体術を身につけていたし、また獣人相手でも互角に渡り合う自信もあった。

 なのに、目の前の賊、獣人の男は素早いだけでなく、錯覚を巧みに使いフェイントをかけ、それがまた反射的に反応するほどの残像を現すレベルなので、翻弄ほんろうされてしまって始末に負えない。


「しかし、誰も殺さないとは。遺体安置所モルグの監視二名は惨殺しやがったのに……」


 バンパイアの使い魔ならば、良心の呵責かしゃくなど露ほども感じずに殺しを敢行するだろう。

 それが、この獣人はどうだ。

 見事な体術で、追っ手のハンターを翻弄するほど高い戦闘技術を持ちながら、当身で昏倒せしめるだけで、一人も殺めていない。

 そこに違和感を感じながら、捕縛に臨んでいたサクマに、ラリーの右拳が迫る。


「うおっ!!」

 弾丸かと思えるほどの鋭さで繰り出された右拳を、サクマは両の目で凝視する。

 その左眼は人間のそれとは明らかに違っていた。


 能力名=邪眼【破魔の(ハマーティア)


 迫る拳がサクマの顔面をすり抜ける直前、身を真後ろへと振り向かせ、左腕をくの字に曲げて左側頭に添え、ガードの姿勢をとるサクマ。

 と同時にラリーの脚が跳ね上がり、サクマの左腕を"ビシッ"という、しなる鞭のような衝撃が襲った。

 今のサクマの対応に、怪訝けげんな表情で首を傾げるラリー。

 そして、冷や汗をかいていること等、おくびにも出さずにサクマは言い放つ。


「悪いが、残像思念の類は、俺にゃ通用しないぜ」


 言葉と共に、サクマの左目を注視したラリーは、真後ろに飛び退き、三メートル程間合いを取った。


「なるほど……邪眼か。ならば、子供騙しは通用せんか」


 そう呟くラリーの目は、サクマのしたたしずくの様な瞳孔と、ぼんやり紅く光る左目を映していた。


 彼の邪眼【破魔の泪】は、迷宮内の罠などを見分ける能力を持つ。

 罠を作った創作者の怨念や魔素の塊、揺らぎなど、残存する何かしらの思念を見ることができる。

 すなわち、思念と実体とを見分けられるので、ラリーのフェイントにもいち早く対応できていたのだ。


 それでもサクマに余裕の表情は浮かばず、心中で嘆息たんそく気味に呟いていた。


「しかし、流石にきちいな……ギリギリ防御するんで精一杯だ。応援が来るまでってくれよ、俺の左目」


 本来、邪眼は持って生まれた魔族特有の能力であり、両目に授かるものであるが、サクマは人間であるし左目のみ。

 つまり、移植された邪眼。

 だから、真正の能力に比べ精度や持久力で大幅に劣る。

 その不足を、サクマは経験とセンスで見事に使いこなし、トレジャーハンターになった。

 最近仕事がなくて、ヤーマスの町の警備を請け負っていたときに、今回の事件となったわけだ。


 サバイバルナイフを両手に持ち、やや左半身の構えでラリーの猛攻に備えるサクマ。

 邪眼の能力者に対し、残像思念を使った戦闘を諦め、正攻法の肉弾戦を仕掛けるラリー。

 ラリーが、一足飛びで間合いを詰め、右半身で牽制打を放つ。


 サクマは、左足を斜め前に差し出し体を捌きながら、左手で体側から突きを払うと同時に、右手に持つナイフで相手の右手首を撫でるように切る。


 しかし、「ギリンッ」と音がするだけで、ラリーの手首には傷一つ付かない。


 次いでラリーは、体を反時計回りに回旋して、バックブローでサクマの顔面を狙う。

 体捌きの方向へ放たれたラリーの裏拳が、的確に顔面へと吸い込まれるように迫る。

 瞬間サクマは、背を前のめりに屈めてバックブローをかわすも、右肩をかすめたことでバランスを崩す。

 その体制になるのを読んでいたかのように、ラリーの右脚が鞭の如くしなってサクマの脇腹を襲う。


 サクマはバランスを崩しながらも、地面を蹴って斜め後方へ避けようとしたが間に合わず、まともに蹴りを食らった。


 "バズッ"


 砂の詰まった革袋を、地面に叩きつけたような鈍い音が響いたかと思うと、サクマは体ごと吹き飛び、地面を転げ横たわって停止した。


「………ふう………」


 ラリーが蹴り放った足を素早く引き戻し、左半身になって短く息を吐く。

 軽く曲げた両腕を眼前で構え、右脚に重心を置き、臨戦態勢を維持する。


 サクマはピクリとも動かない………かと思われたが、片膝をつきながらゆっくりと起き上がった。


「自ら後方へ飛んで、衝撃を殺したか。流石はハンターと言ったところだ。だが次は確実に入れる」


 感嘆の声音で、サクマの防御に賛辞を呈しながらも、ジリジリと間合いを詰めるラリー。

 一方サクマは、ナイフを逆手に持ち、腕を前で交叉する構えで対峙し、胸中で呟いた。


「近接戦は得意なんだが……ナイフの刃が通らねえんじゃ、勝ち目薄いか……二、三日見えなくなるの覚悟で奥の手使うか……」


  背に腹は代えられん、と意を決して左眼の邪眼を閉じると、念を込めだしたのか魔力が左眼へと集中する。


「むっ、何を……」

 ラリーはサクマの目に異様な魔力を感じ、咄嗟とっさに攻撃から退避行動へと移る。

 その理由を敢えて言うなら、背中を走る悪寒。野生の、ともいうべき勘である。

 ただ飛び退いたのではない。

 残像思念を右方へ射出し、自らは左へ。

 相手が邪眼を持っている以上、フェイントが通用しないのは分かっていた筈だが、半ばくせの様になった戦法をラリーは無意識的に使っていた。


 しかし、サクマが奥の手を使う為、邪眼を閉じていたのに対しては正解であった。

 事実、どちらが本体か見分けはつかない。


「チッ、やっぱ獣人。勘がいいね」


 サクマもまた、ヤマ勘ながら本体を目で追っていた。


 彼が邪眼の目を再び開くのと、ラリーが右側踵での横蹴りを放つのとが同時だった。

 間合いが瞬時に詰まり、サクマは体を左前方へ転身して横蹴りを躱す。

 しかしそれはおとり。ラリーの思念体だ。

 囮は霞のように消え、実体はサクマの背後に回り込み、ラリーの手刀が首の根元を狙う。

 瞬間、サクマの後頭部に邪眼が出現したのに、ラリーは驚愕した。


 能力名=邪眼【錯鏡眼(カサンドラ・ミラー)


 まるで後頭部から生え出してきたかと錯覚する異様さに、邪眼の雫のような瞳孔から鈍い光が発せられて、ヌメッとした空気がラリーの体を覆う。

 その瞬間、ラリーの前にいたはずのサクマは、ラリー自身に変わっていた。

 背を向けていたそれが振り返る。

 と、正に自分自身を鏡に映したかのような姿が、ラリーの前にたたずんでいた。


 サクマの奥の手【錯鏡眼】は、対象に強い暗示をかける。

 暗示は、自分自身の鏡像。

 トレジャーハンターとして、様々な危険地帯を渡り歩くのは、より強力な魔物に遭遇する確率が高く、窮地を乗り切る為の能力を持っていることは、生き残るうえでの大きなアドバンテージとなる。


 要は、相手を催眠にかけ混乱させて、その隙に逃げる。

 という、聞けばせこい能力のようだが、生み出された幻像は鏡像であるが故、対象と互角の能力を持ち、時に相討ちとなる程強力な暗示の効果を持っているので、夢夢バカにしてはいけない能力なのだ。


「なんだ、これは………俺………か?」


 初めて鏡を見た動物のように、幻像に見入るラリー。


「催眠をかけられたか。だがそれだけでは勝つことはできんぞ」


 ラリーはそう言い放って、右脚で眼前の幻像に向かってハイキック。

 すると幻像も右脚でハイキック。

 二人の動きは完璧に同調していて、顔面にヒットするタイミングも同時だった。

「ブッ」

『ブッ』

 両者その場にダブルノックダウン。


 よろめきながら起き上がったラリーは、サクマを睨みつけ忌々《いまいま》しげに歯噛みする。

「これが、お前の奥の手か………幻惑………いや、実体を伴うとは………」


 そう呟きながら、サクマとの間合いを詰めようと歩を進めるが、幻像が立ちはだかる。

 確かにこれではサクマを追い詰めることができない。

 しかし、この場面で困っていたのはむしろサクマの方だった。


「さて………どうやって捕縛したらいいもんかね………」


 奥の手は、あくまで窮地から脱する、つまり逃げ延びるための能力なのだ。

 攻めの一手ではない。


 あれこれと思案に耽るサクマと、幻像に阻まれ膠着こうちゃく状態のラリー。


 その時ラリーの周囲、四方の地面に何処からともなく飛来した独鈷杵どっこしょが突き立った。

 瞬間、独鈷杵の先端から上空へと落雷の如き大音響と共に、目がくらむほどのまばゆさで光る雷の柱が立ち昇る。

 幻像に注意を奪われていたラリーは、回避など取ることもできない。


 妖縛陣=天鳴雷てんめいらい


 周囲から複数の声が聞こえると、雷の柱は空中で交差して四角錐を形成した。

 その中央に閉じ込められた形となって狼狽してか、辺りを見回すラリー。

 そして、四角錐の底面角の其々に、四つの影が降り立った。

 虚無僧こむそうのような出立ちの四人は、ギルドきっての捕縛方の方術士、通称【キャッチャー】である。

 その中の一人、若い声音の男が怒気の篭った強い口調でラリーを威嚇いかくした。


「貴様!よくも仲間を殺めてくれたな!お前は生け捕りなどにはせん。妖縛陣の中で焼け死ぬがいい‼︎」


 妖縛陣の結界へと念が込められようとしたところへ、サクマの大声が割って入った。


「ちょっと待て!生捕りはギルドからの厳命だろ。それに、こいつらは誰も死んでねえよ」


 周りに倒れている者達は、気絶しているだけで、死んではいないのだったが、それでも安置所の監視二名が殺されたのは間違いのないことだ。

 仲間を殺した憎きバンパイアの使い魔を、生かしておく道理はないと、キャッチャーの四人ともに、サクマの制止に耳を貸す様子はうかがえなかった。


 妖縛陣の中が鈍く光り出し、対象を殺す為の術式を発動しようとしたとき、


「はーい、みんなストップー♪」


 と、空間から全員の耳へ、間延びしたアンニュイな声音でアナウンスする玉兎の声が聞こえ、ラリーを含めた全員がズッコケたのだった。



 ◇◆◇

 ミウの気遣いに嬉しさを覚えつつも、人間の屍体を運ぶという仕事にコンプレックスを抱くパウリーは、即座に事情を説明できずにいた。

 そんなパウリーが肩に担ぐ衣嚢いのうから、突然耳をつんざかんばかりの叫び声が轟いた。

 玉兎はなぜか平気だったが、パウリーもリリーも図抜けた聴力を持っているが故、この断末魔とも言える叫びに一瞬平衡感覚まで失いそうになる。

 直後に衣嚢が破け散り、中から死んでいた筈のサガン・クリストフが弾けるように飛び出し、パウリーの背中から血飛沫ちしぶきが舞う。


 サガンは、そのまま地を蹴って、埠頭ターミナルの事務所棟上へ取りき、一行に向かって叫んだ。


「なんだァ!てめえらはァ!ウィード殿じゃねぇのかよ」


 肩口を抑え、夥しい出血を伴って倒れこむパウリーに、ミウが駆け寄り介抱に当たる。

 生前のサガンを知る者は此処にはいなかったが、明らかに正気の声ではないと分かる程、その声はおぞましい声音で響き渡っていた。

 おそらく魔素乃至(ないし)は魔力に対する耐性のない、生身の人間がいたら気を失うであろう程の瘴気しょうきを撒き散らすその妖気と、赤黒く光る冷たい眼差しに、生前を窺わせるものは最早皆無に等しいと言っていい。


「ウィード?」

 龍弥が、この台詞と疑問符を言霊ことだまにして呟く。


「ひいっ!な………なんだァ、今の気色の悪りィささやきはァ」


 狼狽ろうばいするサガンに対し、パウリーとミウの元へと軽やかなスキップで駆け寄りながら、玉兎が指差しこう告げた。


「言霊の妖気に反応したわね。あんたバンパイアの使い魔に決定!」

「いや、それ、俺の台詞だから………」


 玉兎に虚しいツッコミを入れる龍弥に向け、サガンが叫ぶ。


「貴様ァ!気色悪ィ言霊投げやがってェ!ころぉーす!!」


 怒髪天どはつてんを突く勢いで妖気を増大させるサガン。

 それに対し、あくまで飄々《ひょうひょう》とした自然体で立つ龍弥。

 その脇で、またも血塗ちまみれになったパウリーと、心配そうに介抱するミウ。

 二人のところへ追っ付けで駆け寄った玉兎が、甘い口調で声をかける。


「だぁいじょうぶよ、ボク。お姉さんが治してあげる♪痛いの痛いの、飛んでけー♪」


 ふざけたバニーガールの玉兎の服装が、いつの間にかナースの制服へ変わっていたのを見た龍弥の個人的な感想は、野獣とナースの治療風景をシチュエーションしたイメクラプレイだった。


 ともあれ、玉兎は手に持つ杵を振りかざして、パウリーの頭へ振り降ろすと、ギョッとするミウを横目に躊躇ちゅうちょなく振り抜いた。

『ピコーン』というオモチャのハンマーが当たった様な音がして、パウリーの体が淡い光に包まれた瞬間、出血がみるみる治まっていく。


 能力名=天使の小槌【ハニーキッス】


 玉兎の持つもう一つの異能、治癒能力である。

 小さな杵を使い、人間や獣人、魔獣などの生物を問わず、建物や道具など玉兎が認識するあらゆるものの傷を癒すことができる、治癒魔力とは一線を画す修復にも似た能力である。

 両手で口を覆い目を潤ませるミウの前で、瞬く間に傷の癒えたパウリーが目を丸くして起き上がった。


「はい!終わりましたよ。よく我慢できまちたねー♪」


「………今度は幼児プレイか?」


 嘆息交じりに呟いた龍弥の背後には、物凄い勢いで突進し、妖気のこもった右腕を振りかぶるサガンの姿が迫っていた。

 その様子にミウが気づき、涙を拭った目に怒りをみなぎらせた瞬間、その場から姿が消える。


 玉兎にツッコミを入れている龍弥だが、背後の敵に気づいていないとは思えないものの、はたから見れば不意を突かれているように思えるその状況は、サガンの右腕が振り下ろされようとした直前、横からの攻撃によって打ち砕かれた。


 ミウの左足のスニーカーが地面に接地し、石畳の路面をえぐるがごとくにかかとが回旋、対象に向かってスライドする。

 サガンの振り下ろされた右腕は空を切り、空いた脇腹に健康的なアスリートの如き右脚が突き刺さり、狂気の表情から苦悶くもんの表情へと変遷へんせんした直後、体ごと左方へ吹き飛ばされて、ターミナル事務棟のゴミ置場に突っ込み土煙を上げた。


 龍弥の背後には、背に煌翅を拡げ右横蹴りの姿勢で緩やかに右脚を引き戻し、あらわになった太腿をセーラー服のスカートが覆い隠すミウの姿があった。

 ミウの目は猫の目の如く大きな瞳孔で、蹴り飛ばした敵の方向を睨みつける。

 龍弥は頭をポリポリ掻きながら、ミウに語りかけた。


「サンキュ、ミウ。ってか、かなりお怒りのようで」


 未だ怒りが収まらないのか、普段は愛らしいミウの表情が、眉根を寄せて鋭い眼差しを向ける戦士の眼に変わっていた。


「うーるるーっ!あったまきた!謝っても許さないからね‼︎」


 怒気が篭っていても、どこか可愛らしい声音のミウに、土煙の中からサガンの怖気おぞけを伴う声が返ってきた。


「煌翅族のエルフかァ。今のはちょーっと痛かったぞォ。だが効かんなァ!」


 "ギシリ"と顔を歪に引きらせて、おぞましい表情を作るサガン。

 その目尻から血がにじみそうな程、真っ赤に血走った眼の瞳孔は開いたまま、土煙の切れ間から邪悪な顔を覗かせる。

 しかし、今にも襲いかかるかのように身構えたサガンの悍ましいほどの妖気は、土煙の広がりとともに薄まって、晴れる頃にはその姿が掻き消えていた。


金烏きんう、追跡できるか?」


 龍弥が玉兎を通じて金烏に訊ねる。


しばらく泳がすんだろ?安心しろ。追跡の眼は付けてある。気取られないよう気配を消してるから、映像は見れないが、おおよその位置は把握できるぞ」


 玉兎の思念通話を傍受ぼうじゅして、金烏の透過眼がサガンに取りいていることに、ホッと一息をつく。

 そして、「さて」と前置きしてリリー達へ向き直り、質問を投げた。


「どうする?運び屋さん」


「どうするも、こうするもないさね………どうしよ………」


「ああなっちゃ、もう運ぶのは無理でしょ」


「怒るだろーなー、あのお嬢様は………」


 その時、港に停泊している帆船の向こうから、空を駆ける二頭の馬に引かれた馬車が、龍弥達一行の前までやってきて停車した。


 豪華な装飾品はないものの、細やかな彫刻が彫られていて、地味ながら貴族の馬車らしい立派な造りをしているが、その割に御者はいないようだ。


 馬車のドアが開いて中から出てきたのは、透き通るような白い肌に艶やかな妖気を纏った、吸血貴族の姫君だった。

 

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