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時縒りの者  作者: オカヒジキ
第一章 邂逅・貴族の憂鬱
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1-03 屍体と運び屋

「屍体が消えた!?」


 一通りの検分を終えて、教会を後にしようとしていたロウが、捜査員からの報告を受け、思わず声を荒げる。


「バンパイア化するのは早すぎるだろ。対魔獣用の結界も破ったってのか?」


「結界は中からではなく外から破られたようです。監視の者も殺されており、吸血行為を受けた痕がないところを見ると、使い魔の仕業かと」


「それでも、あの結界は、そこらの魔獣にゃ絶対に破られねえ筈だろ」


  街のギルド設置にかかる遺体安置室には、高位の魔術師でも解除するのに手を焼くほど複雑な多重結界が敷かれてあり、破壊となると相応のダメージをこうむるので、犯人は深手を負っていると思われた。


「第一種緊急警戒を敷いて、ホシを街から出すな!それと、バンパイア化したハンターもいるから、装備も甲種で対応しろと伝達!」


 ロウの怒号が飛び交う中、教会の傍に悠然と降り立つワイバーンと、その背から軽やかに舞い上がるセーラー服姿のエルフ、そして、地面に着地する龍弥の姿があった。

 それを見かけたロウは、少々ばつが悪いと言った表情を浮かべて、龍弥が駆け寄ってくるのを待っていた。


「なんかまずいことでも起きた?バンパイアに逃げられたとか」

「多分な……」

「多分?」


「ああ……まだホシは確定じゃないが、殺されたバンパイアハンターの遺体が消えた。バンパイア化するにはまだ早いんだが、安置室の結界を外から破って攫っていった奴がいる。恐らくバンパイアの使い魔だ。ワーウルフだろうな。

 対吸血鬼の知識を持ってるからな。貴重な下僕しもべになる」


「なるほど……」


 龍弥自身、予想はしていた。

 吸血の方法はどうあれ、バンパイアに血を吸われたのだ。まして対象はバンパイアハンター。彼らにとってむべき存在でも、強力な使い魔になるなら、躊躇ちゅうちょなく傀儡にする。

 それに、遺体奪還にワーウルフを使役しているのであれば、バンパイア本体は街にはいないだろう。

 龍弥は暫し思案して、懐から煙管キセルを取り出した。

 羅宇が竹でできた、見た目はごく普通の煙管だ。


「取り敢えず、まだ街にいるだろうから探してみようか」


 そう言って吸口をくわえるが、火皿には煙草の葉がまだ詰められていない。

 刻み煙草の葉を取り出す風もなく、無造作に羅宇を摘む手の指がわずかに蒼白く光ったかと思うと、何も無かった火皿に丸められた刻み煙草の葉が現れ、そこへ指先を近付ける龍弥。


「火鼠爺、火貸して」

 次の瞬間、龍弥の指先に火が灯り、火皿の周りを撫でるように一回りすると、髪の毛より細く刻まれた葉に火が移るとともに紫煙が立ち昇り、吸口から一服した煙をフッと吐き出しながら、


「紫煙が描くはとり

 主人あるじに従うは十二生肖じゅうにせいしょう

 出でよ【金烏きんう】」


 と、呟くように龍弥が唱えた。

 すると、揺らめく紫煙が【酉】の一文字を形造った刹那、揺蕩たゆたう煙が渦を巻き、中から金色に輝く三本足のカラスが姿を現した。

 烏はくちばしをオウムのように動かし言葉を発する。


「お呼びでございますか、ご主人様」


 うやうやしくお辞儀をする烏の目は、心なしか笑いを堪えているように見える。

 龍弥はその烏を金烏きんうと呼び、身震いしながら、お辞儀に応じた。


「全然(うやま)ってないくせに、心にもない挨拶は抜きだ、金烏。

 話は聞いてたろ?ハンターの遺体を連れ去った奴、ワーウルフかもしれないが、手負いなのは間違いない。そいつを索敵してくれ」


「カッカッカ!すまん、すまん。久方ぶりの召喚だからな。一応主人だし、敬ってるとこ見せとこうと思ってよ。

 しっかし、バンパイアハンターのバンパイアか。面白いことになってきたじゃねえか。相変わらずのトラブルメーカーぶり全開だ。

 さあ!ハント開始だ!行ってみよー」


 召喚直後の丁寧さとは打って変わって、なんとも軽い口調で空へ羽ばたく金烏を眺め、ロウが呟いた。


「相変わらず太々しい従魔だな。主人あるじの顔が見てみたいよ」


 今度は龍弥が、ばつの悪い顔をして呟いた。


「一応これでも、主従関係は維持してるんだよ……」


 頭をぽりぽりと掻きながら、見上げる龍弥の姿がぐんぐん小さくなり、金烏は蒼天の彼方へ瞬く間に飛んで行った。



 ======

 ヤーマスの町を一望できる高度まで上昇した金烏は、自身の能力を発動させる。


【金烏】またの呼び名を【八咫烏ヤタガラス】。

 龍弥が使役する従魔で、十二支になぞらえ【酉】を司る十二生肖が一柱ひとり、聖獣である。

 古くは神々を彼の地へ導いたとされる神聖な鳥だが、同種か否かは定かではない。

 攻撃は不得手だが、特筆すべきその能力は主に索敵で、空中、地上、洞窟など場所を問わず、空間そのものを広範囲に索敵して、いち早く感知することができる。


「さあて、盗っ人さん方。オレの眼からは逃げきれないぜぇ………」


 能力名=透過眼【インビジブルアイ】


 金烏の眼球が幾重にも分散して身体中に拡がり、次の瞬間には四方八方へ向けて一斉に目玉が射出され、町の民家や商店、倉庫など至る所を捜索し始める。

 建物の壁などもすり抜け、文字通り空間を見通し、かつ相手に気取けどられずに対象を探し出すのが金烏の特異能力だ。


 目玉だけの、人魂ひとだまとも見える透過眼が漂う先、街外れの港近くに建つ倉庫の中で、息を潜める影が三つ見つかった。

 そのうちの一つは人の姿に見えて身体中に傷を負い、あちこちから出血している様は、人間ならば到底生きてはいないだろう状態だった。

 しかし、その体は灰色の毛で覆われた巨漢のワーウルフだ。

 体の怪我は、結界を破壊した際に負ったものと思料され、相当の深手を負っていることは容易に想像できるが、目が爛々と輝き、依然として生気を失ってはいない。


 他の二つの影は、人一人が入りそうなほど大きな衣嚢いのうを担いでいる影が一つと、もう一つが掌に収まるほどの水晶玉を持ち、何やら話しかけている。

 その様子を見ながら、金烏は龍弥に向け思念を送った。




 ======


「紫煙が描くは

 主人に従うは十二生肖。

 出でよ【玉兎ぎょくと】」


 索敵に金烏を放った直後、龍弥はもう一服の煙で【卯】を描き、もう一体の従魔を召喚した。


 煙を纏って現れたのは、十二生肖が一柱ひとり【玉兎】。


 ウサギの耳をしたレオタード姿のバニーガール。手に小ぶりなきねを持つのは月の兎、首に羽衣をなびかせているのは天女のつもりらしいが、コンセプトがよく分からない。加えてビジュアルは垂れ目の萌え系美少女ときたら、そっち系のお店の子にしか見えない。

 兎にも角にも、彼女の特異能力は思念通話である。


「はぁーい、お客さん♪ヘネシー高いよ、ノンドクカ」


「お前……いつの時代のフィリピーナだよ……」


「ワタシニホンにキテ、サカゲツ(三ヶ月?)デス」


「いや、もういいから……」


「あん。つれないなぁ、もう」


 玉兎のボケに、呆れ顔でロウが呟く。


「ノリの軽さに磨きがかかってんな……」


 金烏の索敵に際し、遠方との意思疎通の手段として、龍弥が選んだ十二生肖。

 古代の伝承に曰くの、架空の生物として語られる、月に住むと云われる兎の獣魔。

 バニーガールの格好から、兎獣人かと思われるが、その能力は只の獣人には到底真似のできない特筆すべきものがある。


「でも、一番かわいいのは玉兎ちゃんだよ。お願いがあるんだけど、君にしか頼めないんだよね。

 索敵中の金烏と連携して、測位状況を中継してくれない?」


 龍弥の声音に、おべんちゃらっぽい空気が混じっていたが、玉兎は察した風もなく返答する。


「世界一かわいいだなんて、そんなぁーー♪龍弥君たってのお願いだから、特別に聞いてア・ゲ・ル」


 甘ったるい声音で語る、飲み屋のネーチャン然とした物腰で、能力を発動させる玉兎。


 能力名=聖女の囁き【ハニーウィスパー】


 玉兎のウサギ耳は、その大きさから察するとおり千里耳で、三キロ離れた床に落ちた針の音さえ聞き分けるといい、それだけでなく、相手と会話までできるのだ。

 実際は思念波を使って、遠くの相手と意思疎通を図る能力だが、目視どころか望遠鏡を使っても判別できないような距離を離れた相手でも通話することができ、諜報活動など後方支援に特化した能力を持っている。

 因みに、把持する小さな杵は、傷や疲労の回復を促す治癒の効果を持っている。


 長い耳をピンと立て、そばに掌を添え、暫く目をつむり聞き耳を立てていた玉兎が呟いた。


「ん………?いたみたいよ。港の倉庫、13番の上空で待機してるって。

 相手は三人。やっぱりワーウルフだって。あと、人間が入るくらいの、大きな革袋を抱えてるってさ」


「………ビンゴ。大当たりだ」




 ◇◆◇

 港に建ち並ぶ、四、五十はあろうかという倉庫群。それぞれの出入り口と天井の間に設けられた通風口の脇には、番号が附されていた。

 その内の13番倉庫の中で、息を潜める影が三つ。

 水晶を手に持つ女が、怪しい光沢を放つ球面を見つめている。


「分かりました……必ずお連れします」


 負傷した巨漢の男に比べ、長身でスレンダーな体躯の女獣人。

 全身が獣化したワーウルフには見えないが、狼のような耳に一部灰色の体毛を蓄えた容貌から、狼獣人と思料される。

 水晶をウエストポーチに収納し、女獣人は巨漢に訊ねた。


「どう?そろそろ動けそうかしら?追っ手に追いつかれる前に出たいんだけど」

 特に体のことを心配している様子はなく、若干苛立っている風にも見える。

 その苛立ち紛れの投げかけに対する返答は、巨漢からではなく、衣嚢を担ぐ男の口から発せられた。


「あの結界を単独で破壊したんだ。こいつじゃなきゃ消し飛んでるよ。ここまで動けただけでも特筆ものだ。

 もう少しで迎えが来るから、それまで気配を消しておけ。いいなリリー」


「そうは言うけどさ、ラリー。あんたもさっき感じたろ。思念通話に妙なノイズが入ったの。あれは多分探知されてるよ」


「そうだとしても、水晶に付与された魔力障壁で正確な位置までは特定できない筈だ。迎えさえ来れば、例え包囲されても突破できるだろう。

 今ここで先走って包囲される方がまずい」


「ちぇっ。分かったわよ……パウリー!迎えが来るまでに、せめて動けるくらいには回復してよね。足手まといだけは御免だよ」


 女獣人リリーの叱咤とも罵声ばせいとも取れる言葉に、怒る風でもなく黙ってうなずくパウリーだった。

 その様子を、倉庫の天井をゆらゆら浮遊する眼玉が見つめる。

 眼玉が見えない思念の糸で繋がる先には、倉庫の上空で旋回する金烏の目に映されていた。

 金烏は索敵範囲を縮小することなく、龍弥の到着を待つ。

 そして、監視待機中の金烏の頭の中に、玉兎の甘えた声が響く。


「もうすぐ到着するよー。やっこさんの様子はどう?」


「特にこれと言った動きはないな。いちばん大柄な奴が重傷で動けないみたいだ。必死で気配を消して隠れとる。

 ただ、此奴こいつらとまともにやり合ったら、体力的にキツイぞ。ワーウルフ一匹でも厄介な存在なのに、そんなのがわんさか出て来たらかなわんぞ」


「だぁーいじょうぶよ。龍弥君ならワーウルフの十や二十、蹴散らしてくれるわよ。今顔青いけど♪」


「カッカ!厄介事は丸投げだな。

  ま、暫く動く様子はなさそうだぞ。奴ら何かを待ってるみたいだ。港で誰か……仲間の到着でも待ってんのかね」


 手負いのワーウルフは身じろぎもせず寡黙かもくに座し、他の二人もじっとして息を殺し、外の気配を探っている。

 彼らの目的が何であれ、遺体をさらったのはバンパイア化したハンターを必要としている者、つまりくだんの突然変異体が手引きしている蓋然性がいぜんせいが極めて高い、ということが推察されるのだ。

 であれば、彼らはバンパイアの使い魔に間違いないだろう。


 龍弥はそう思案して、13番倉庫へ向かって飛ぶワイバーンの背中から語りかけた。


「なあ時雨。バンパイアって、使い魔を主人自ら助けに来ると思うか?」


「さあなあ。バンパイアも十人十色だから、薄情な奴もいれば情に厚い奴もいるからな。お前ならどうする?」


「そりゃあ、仲間のピンチなら助けに行くさ。仕事だからって割り切れないね、俺は」


「なら、相手も同じ事をするだろうって考えればいいんじゃねえか?」


  二人の会話に玉兎が割り込む。

「でも、私が知る限りのバンパイアって、冷めた感情の奴が多いわよ。目的達成の為には手段を選ばないっていうか、足手まといな奴は見捨てるし、何人の使い魔が捨て駒にされたか……」


 先程までの軽いノリに比して、憤怒の表情を浮かべる玉兎は、更に続ける。


「バンパイアの魔力って、とっても強いから、束縛から逃れるのは不可能に近いの。死ぬ事すら喜びだと思うくらいね。情に厚いのは道具に対する愛着みたいなものよ」


「えらく怒ってんな。昔にでもなんかあったか?」


 時雨が玉兎に問いかけても、玉兎はその問いには答えず「なんでもないわ」と呟いて遠くを見つめていた目をつむり、それきり何も言わなくなった。




 ======


 13番倉庫の中から外をうかがっていたラリーの耳が、ピクッと何か物音に気づいた犬の様に動くと、リリーとパウリーに話しかけた。


「まずいな……ここを嗅ぎ付かれたかもしれん。二人ともここを出て港へ、第三埠頭へ行け。迎えも間もなくのはずだ」


「ラリーはどうすんのさ」


「時間を稼ぐ。パウリーは遺体を運んでくれ。それ位には回復しただろう?」


 目を閉じて押し黙っていた巨漢のパウリーが、重そうに上体を起こして答える。


「ありがとう兄ちゃん。なんとかする」


  立派な体躯の割に、口調がいやに幼い。まだ幼い弟をさとす様にパウリーが続ける。


「獣人化はまだ解くなよ。解けば暫くは獣人化できないぞ。お前はよくやった。俺の自慢だ。もう少しで任務完了だ。頑張れ」


 兄弟のやり取りを、睨むとも流し見るともとれない、不貞腐ふてくされたような表情で見つめるリリーをよそに、ラリーの「行け!」という号令と同時、リリーとパウリーが倉庫を飛び出した。


 目指すは第三埠頭。

 その直後、ラリーが倉庫の窓を突き破り、けたたましい破壊音をとどろかせて表に躍り出た。

 通りには、ギルドから派遣された追っ手が六名、待ち構えていたようにラリーの姿を捉え、戦闘態勢を取った。

 追っ手のそれぞれが、剣や槍、ナイフなどの得物を手にしてラリーの周りを取り囲んでいて、ラリーは中央で手を地面に着き姿勢を低くして身構えている。

 その様子を、倉庫の上空を浮遊する透過眼を通じて監視していた金烏が、玉兎へ思念を飛ばした。


「動いたぞ!女と巨漢は埠頭の方向。男が一人倉庫前の通りで追っ手と交戦態勢だ。多分(おとり)だろう。巨漢の奴が衣嚢を担いで行ったぞ」


 受信した玉兎が復唱し、龍弥に内容を伝え、「だそうよ。どうする?」と指示を仰いだ。

 龍弥は思案することなく、間髪入れずに


「囮は追っ手に任せよう。俺たちは埠頭へ向かった二人を追う。遺体の回収が優先だ」

 と指示して、一路第三埠頭へと頭を向けた。



 ======


 空が茜色から藍色へと変遷へんせんして、夜を迎え入れんとする薄暮はくぼの刻。

 一(せき)帆船はんせんが停泊する第三埠頭。

 乗船口まで伸びるタラップが掛けられているが、乗客の姿は一人も見当たらないばかりか、船員の姿すら見当たらず、閑散としていた。


 倉庫群の中を飛び出すように抜け出てきた二つの影は、リリーとパウリーだった。

 リリーは、ウェストポーチから水晶を取り出し念を込める。

 しかし、周辺には何も変化は起きない。


「もう!何やってんだよ!時間ぐらい守れないのかね、あのお姫様は!」


 毒づくリリーと、その脇で衣嚢を担いで立ち尽くすパウリー。

 出血も治まっており、爛と煌めく両の目で帆船を見つめる立ち姿に、先程までの疲労の様子は窺えない。

 その二人の後方へ、巨大なワイバーンが舞い降りた。

 いち早く気付いたのはリリー。

 後方を振り向き、やや上空を見上げ、驚愕の表情と共に眉根を寄せて「っち!」と舌打ちを一つ打つと、焦燥の表情を浮かべた。


「おいおい、ドラゴンティマーかい。大層な追っ手を寄越すもんだねギルド長は」


 そう呟くリリーの前に、ワイバーンの背から地面に降り立つ龍弥は、柔かな笑顔を浮かべ二人の獣人に向け言葉を投げた。


「その人、返してもらえません?ちゃんととむらってあげないと、化けて出ちゃうんで」


 顔はにこやかに笑んでいても、二人の獣人に選択の余地は与えない、という確固たる意志が伝わる。

 リリーは龍弥を睨みつけ隙を窺っているが、パウリーは、まだ帆船の方を見つめたまま、耳だけが声のする方をチラチラと窺っていた。


 一方、龍弥に続いて地面に降り立ったミウが、怪訝けげんな表情を浮かべてパウリーを見ていた。


「ん?あれ?もしかしてパウリー君?」


  ミウの言葉に反応してか、帆船を見つめていたパウリーが、耳だけでなく顔を声の方向へと向ける。


「うん?その声って、ミウ姉ちゃん?」


「やっぱりだぁ!奇遇だねー。こんなところで会うなんて」


「それは僕の台詞だよ。なんで僕ってわかったの?」


「パウリー君の右耳、ちょっとだけ欠けてるでしょ」


「あ、そうか。覚えててくれたんだ」


 先程までの緊迫した空気が一気に緩み、リリーも龍弥も拍子抜けして二人の会話を聞いている。


「あ、という事は、そちらはリリーおばさん?」


「おばっ……ちょっと!あたしはまだ二十代なんだけどね!」


「十代から見れば二十代なんて、おじさん、おばさんだよ」


 思わず声を荒げて返答するリリーに、龍弥がツッコミを入れ、ミウが「あわわ」と慌てて訂正する。


「あ、えと、リリー姉さんでした。えへへ。ところで、パウリー君達なんでこんな所にいるの?」

「それは……」


 道端でばったり会った友達風に語りかけられ、言葉に詰まるパウリーとリリーに、右手で頭を掻きながら龍弥が質問を繋げた。


「バンパイアハンターが依頼先で殺されたのは知ってるよな?それ……どうするつもりだい?」

「これは、その……」


 答えかけたパウリーの言葉を制して、リリーが龍弥に返答する。


「貴族からの依頼さね。変異体に襲われたハンターの屍体を連れてきてほしいってね」


「貴族からの依頼?あんた達はバンパイアの使い魔じゃないのか?」


「ワーウルフっていやあ、定番だね。でも、あたし達は違うよ。しがない運び屋さ」


「運び屋ねえ。最近の運び屋は暗殺まで請け負うのかい?」


 安置所の監視二名を惨殺して屍体が奪われているのだ。単なる運び屋が、安易に殺しに手を染めるとは考え難い。

 龍弥の頭に疑念が浮かぶ。

 ミウが龍弥の疑念を払拭したいかのように、パウリーに語りかけた。


「何か理由があったんだよね………ね?」



 幼馴染を擁護ようごすべく、語りかけたミウの耳に届けられたのは、快い返事ではなく、薄暮の闇を切り裂くおぞましいまでの怖気おぞけを伴う絶叫だった。

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