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時縒りの者  作者: オカヒジキ
第一章 邂逅・貴族の憂鬱
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1-02 煌翅族長

【ヤーマス】

 魔法都市シャンバラより、北東へ約五㎞に位置する港町。

 その町外れに建てられた古びた教会。

 地球世界でもよく見かける聖母像がまつられた、ごく普通の教会。

 今、そこの出入口付近には立入禁止のロープが張り巡らされ、中では慌ただしく検証に駆け回るギルド職員や事情聴取される神父の姿があった。

 王都ならば、こういった事件を管轄する憲兵隊が配備されているが、他の周辺都市には、まだまだ少数しか任官されておらず、実質的な事件処理は冒険者ギルドへの嘱託により運用されているのが現状である。

 初動に当たった若手のギルド捜査員が、臨場したロウに報告する。


「ヴェトラ・トーマス神父四十歳が、本件の第一発見者であります。

 最近、死亡し埋葬された遺体が徘徊して吸血行為に及んでいると噂され、真相究明のため偶々《たまたま》立寄ったバンパイアハンターに、ギルドを介さず直接依頼したそうです。

 神父は昨年この教会に着任したそうで、事件当日には自宅にいたと供述していますが、独身である為、その事を証明するアリバイはありません。しかしバンパイアの簡易検査は陰性ですし、他に怪しいところは認められません」


 バンパイアは人間や他の種族には見られない細菌(そう)を体内に持っており、吸血の際その細菌に感染することで、被吸血者がバンパイア化するのではないかと噂されていたが、実際は無害である事が判明している。

 とはいえ、その細菌の有無について、唾液等の体液を検査することで判別が可能である。


「殺されたのは、いつ頃と推定されるんだ?」

 ロウが続ける質問に、若手が答える。


「バンパイア化するまでおよそ二十四から四十八時間かかりますが、その兆候も見られませんし、死後硬直の進行具合からみて、十から十二時間前かと思われます」


「それじゃぁ昨夜、それも深夜帯か。しばらく様子を観察しててくれ。厳重にな」


 バンパイアに血を吸われた者は、血を求めて彷徨さまようバンパイアの傀儡くぐつと化す。

 しかし、傀儡となるか否かは吸血者の意思による。というのも、彼らは吸血の際に対象の抵抗を奪う魅惑の効果を持つ魔力を行使し、同時に傀儡化する為の魔力を注入するのだが、稀に対象者を傀儡化せず同属として迎え入れる酔狂なバンパイアもいるのだ。

 おそらく、単なる傀儡では絶対服従となる為、自我を持たず苦痛なども感じない下僕に興味を失い、生けるしかばねと化して人々から忌み嫌われることに苦悩する姿をたのしみたいためだろうと思われる。

 そういった行為に及ぶのは、バンパイアの中でも貴族と呼ばれる、千年以上を生きたとされる始祖の系譜達に多く見られ、めかけにして子をはらませたり、ゲーム感覚で自身を襲わせるため、下僕として従わせず野に放つ等、奇行に及ぶ者もいる。

 いずれにせよ、被吸血者がバンパイア化するか否かを判断するには、今暫くの時間を要するのだ。


 ロウは、事件現場の教会を一通り見て回り、戦闘の形跡が窺えない現場の痕跡の少なさに、怪訝けげんな表情を浮かべ呟いた。


「サガン・クリストフ………か。A級バンパイアハンターともあろう者が、何の抵抗も許されず一撃で殺されたのか。よほど隠形おんぎょうに長けた奴だったか、それとも気を許すほどに油断したか………」


 その後、霊安室で安置されていたサガンの遺体が忽然と姿を消した、という報告を受けたのは、ロウが捜査本部に戻ろうとした時だった。

 そして、血の海と化した霊安室には、監視に就いていた職員二名の惨殺死体が残されていた。


 吸血の痕跡のない死体が……。


 ◇◆◇

 ところ変わって、龍弥達一行が向かったエルフの一種族、煌翅族の郷

【龍弥の視点から】

 ここへはもう何度も来ている。

 ロウと初めて会ってから、よく一緒に冒険者をやってた頃、この世界のことを色々教えてくれたのが、この郷の人達だった。

 ロウは埒外らちがいに強かったけど、種族全体が格闘能力に長けてて、他種族からの侵略も甚大な被害を被るのは必至だから、当然殆どない。

 武闘派種族だというのに、他との争いを好まず農業にいそしむ温和な人達ばかりだが、怒らせるとめちゃくちゃ恐い。全く手がつけられない暴れっぷりなんだ。

 まぁ、滅多なことでは怒らないし、根が優しくて、面倒見も良くて、居心地良すぎるのが、まるで桃源郷みたいなんだ。


 俺が【時縒りの者】を探して郷を出る時、色々な情報源を当たってくれて、桃源郷のことを教えてくれたのもこの郷の人だった。

 その後は、放浪の旅をして桃源郷を探し出したにもかかわらず、それでも大した手掛かりは無かった。

 けど、代わりに十二生肖じゅうにせいしょうという頼もしい仲間を得たんだ。


 その後はいつ来たんだっけ?


 俺も長生きの部類に入っちゃってるんで、記憶の整理が大変だ。

 最後にここを出てから何年振りだろうか。


 桃源郷からの帰り道、死なないまでもボロボロに傷ついて、這々のていで辿り着いたんだっけ。

 その時にまだ小さかったリイシャさん達に見つけられて、介抱されたんだよな。


 それにしても、ここは変わらないな。辺境の田舎のまんまだ。

 とても世界有数の戦闘民族の郷とは思えない、長閑のどかな田園風景がよく似合う土地。


「ご無沙汰してます。クレアおばさん」

 ミウが挨拶を交わすのは、彼女の母リイシャの姉であり、ロウ・カムラギの娘だ。

 見た目はミウより少し年上に見えるくらいで、姉妹と言われてもおかしくない。 実際は、齢五十を過ぎていたと思う。

 でも、まだまだ煌翅族の戦士としてバリバリ現役だ。決して怒らせてはならない。


 さて、問題は長老からの口添えが貰えるか、だ。

 またぞろ交換条件に、無理難題を押し付けられるんじゃなかろうか。

 取り敢えず俺は、クレアさんにリイシャさんからの依頼と長老への御目通しを願う旨を伝えた。


「久しぶりに来たんだから、ちょっとはゆっくりしていきなさいな」


 クレアさんの作った美味いシチューを戴きたい衝動に駆られながら、なんとかそれを堪えて遠慮した。

 バンパイアの突然変異体の出現。それに伴う吸血貴族への対応と被害拡大の防止に関する共闘の要請。これらを完遂するには、バンパイアと対等に渡り合える武闘派エルフの伝手が必須だ。

 長老はいつでも会えるそうで、クレアさんと積もる話もあるだろうと、ミウを置いて俺と時雨とで長老の屋敷へと向かった。


 煌翅族の郷は、日本の古民家を思わせる木造平屋建ての家々が並び、その奥にある塀で囲まれた、さながら武家屋敷のようなたたずまいの建物が長老の屋敷だ。

 これで門番が紋付袴姿なら完全に時代劇、太秦映画村のセットだな。

 まぁ、当たらずとも遠からずで、作務衣みたいなシルエットの和装に近い服装ながら、背中には大きく縦に開く二筋のスリットが入っていて、色柄は、どちらかというとアイヌの民族衣装っぽいかな。


 二人の門番に用件を伝え、屋敷の応接間へ通され、待つこと約十分。

 小柄でひょろりとした体格の好々こうこうやがやってきての開口一番。


「なーんじゃ!お前らか。わしゃ、てっきりミウちゃんが来たのかと思うとったのに………色気のないこって………」


 悪態をつきつつも、にこやかに微笑む目の奥に、残念至極な光を宿す好々爺。

 この人が煌翅族の長【レオ・イザナキ】だ。

 長老の文字どおり、単に一番歳食ってるから年長者で長になりました、みたいな。加えて若い子が大好きなエロじじいときてる。普段の振る舞いからは、全然威厳が感じられない。

 それでも、エルフきっての猛者揃い、煌翅族の長だから、それなりどころか強力な発言力がある。と、思う。いや………たぶん……。

 俺が呆れた顔をしているのに気付いたのか、長老が再び口を開いた。


「ホッホ。冗談じゃよ、冗談。リイシャから話は聞いとる。バンパイアの突然変異体の粛清に貴族が動くかもしれんのだろ?その時に共闘を願いたいと儂から頼んで欲しいんじゃろ」

 あ……今、目の端にイヤラシイ皺が刻まれた。

 きっと悍ましい思惑を含んでるに違いない。


 先に言っておこう。

「キャバクラのお姉ちゃんは連れてこれませんよ」


 長老が、慌てた体で即座に返答する。

「な、なんじゃキャバクラって………まるで儂が、お礼にピチピチギャルの接待を要求してるみたいな………」


 いや、するでしょ。あなたは。

 以前、地球での妖怪騒ぎで助けてもらったお礼に、歓楽街に繰り出してキャバクラに連れて行ったら、すっかりキャバ嬢にまったらしく、結構頻繁に通ってたらしい。

 というのをリイシャさんから聞いたぞ。

 裏を返せば、またキャバクラに連れて行くなら、何でもオッケーってことだ。

 でも、めちゃくちゃ酒呑むからなぁ。付き合うの、ホントに大変なんだよね。


「長老というのは皆の代表………故に孤独なんじゃ………若い子と話をするだけで鬱屈うっくつとした気分が如何いかに晴れるか………お主にはわからんじゃろ」


 今しがたギャルの接待なんか要求してないって言いながら、これだ。

 郷のギャルは殆どが戦士だ。気軽な接待のつもりでお触りなんかのセクハラを働いた日にゃ、体面上の長老など報復のリンチに遭うこと間違いなしだろう。


「長老の口添えで、万事うまく事が運んだら、ちゃんとお礼は考えておきますよ。いいお店もね………」


 長老の澱み沈んでいた目に光が戻り、お馴染み好々爺の笑顔をこちらに向けて、グッと親指を立てて小さく頷いた。

 取り敢えず成功だ。こういう話になるだろうからミウを置いて先に来ておいたんだ。


 脇で控えるぬいぐるみサイズの時雨が、

「お前ら、ものすごくいやらしい顔になってるぞ……キャバ嬢大好きスケベなおっさんだ………」

 などと呟き、俺よりも呆れ顔で嘆息していた。


 そこへ、遅れてミウがやって来た。

「久しぶりー、長老♪」

「おお、ミウちゃん♪今日は来んのかと思ったわい。いつ見ても可愛いのう」


 厭らしい好々爺の顔が破顔して、更にしわが深くなり、長老はただのエロじじいになる。

 成長したミウは、まだ幼さが残っているとはいえ、お母さんに負けず劣らずの美形だし、ボディタッチの多いコミュニケーションで、一見隙だらけに見えるから、おっさんはイチコロだ。

 背中にミウから抱きつかれ、じゃれられている長老のご満悦な顔。孫を猫可愛がりするお爺ちゃんというより、酔っ払った飲み屋のおっさんそのもの。きっと、背中越しの胸の感触を楽しんでるに違いない。


「ミウちゃんも今回の件に関わるのかの?心配じゃなぁ………」


「だぁーいじょうぶだよ。私達の血は、バンパイアから吸われることないし、万が一咬まれても感染しないんだから」


 彼ら煌翅族は、人間に比べとんでもなく頑丈な体をしていて、大概の物理攻撃に耐えることができる。また、魅惑系の魔力に対する抵抗力も強く、バンパイアの魔力を殆ど受け付けない。

 これは体内に保有する魔素をオーラのように体の周りに張り巡らせて、防御壁として機能させているためで、戦闘態勢の時以外は多少防御力が低下するものの、無意識的に張り巡らせているオーラで刃物をすら通さないのだから、恐るべき能力だ。

 そんな彼らのことを、バンパイア達が好き好んで襲う筈もなく、抵抗力の低い人間から吸血するのは当然だろう。


 戦闘に関しては、如何に武闘派の煌翅族といえども、その時の体調や地の利など様々な要因が絡んでくるので、一概にどちらが強いとも言えない。それほどバンパイアの膂力も決して侮れない、というより人間から見ればとんでもない怪力を持っている。

 特に貴族の実力は、過去の例から見ても、一度猛威を振るえば全て災害級に指定されるほど、危険な怪物達だ。


 長老は、郷で一番長生きしてる分、経験も豊富で、バンパイアとの闘いに関して、お気に入りのミウを巻き込むことに一(まつ)の不安を覚えてるんだろう。

「バンパイアの中でも、特に霧状に変化するやつには気をつけるんじゃぞ。隠れるのが上手くて本体がなっかなか掴めんし、特殊な能力を持っとるのが多いからな」


 特殊能力?

 霧状に変化するの自体が特殊能力なんじゃ………突然変異体の能力のこと?

 破顔した好々爺の顔から、ちょっとだけシリアスな顔つきになったのが、なんとなく意味深だ。


 で、俺はミウにべったりの長老に疑問を投げた。

「ひょっとして長老、これまでに同じようなバンパイアの案件を扱ったことがあるの?」


 ミウの抱擁にご満悦な、もとい、コミュニケーションに割り込まれて、一瞬だけ長老の顔に、あからさまな顰め面が浮かんだが、俺は気にせず返答を待った。


「………儂が成人したばかりの頃に一度な。ワーウルフなどを使役したり、他の動物の姿に化けたりと様々な能力を持つバンパイアじゃが、基本的に対象を操る魔力に長けとることが多いんじゃ。

 その時の奴は瞬間移動、それも自分以外のものをテレポートさせよった。

 これがまた厄介でな。いくら優勢になってもテレポートさせられて、その間に逃げよって仕切り直しになるんじゃ」


「逃げの一手ね。戦略的撤退は重要だもんな」


「逃げるために能力を使われるのは、鬱陶うっとうしいがまあいいとしてじゃ。テレポート先を水中や土中なんぞにされてみい。充分脅威じゃぞ」


 なるほど………テレポート先か。確かに場所によっては絶体絶命の窮地に立たされるよな。

 テレポーターは希少な能力者だ。

 能力に目覚めても、テレポートした先、つまり座標認識を誤ってうまくコントロールできずに、水中や高高度の空中などにテレポートしてしまい、死んでしまうからだ。

 でも、対象物をテレポートさせるとなると、そういう心配はせずに済むが、小物類ならまだしも人間大の大きさとなると、魔力の消費量が跳ね上がるようで、これまた使える者が少ない。


 今のやり取りを聞いていたミウが、背後から話しかける。


「でも、勝ったんでしょ?長老は♪」


「フォッフォッフォ。あったりまえじゃあ!………と言いたいところじゃが、そいつを仕留めたのは貴族じゃよ、バンパイアのな………しかも女じゃ」


 バンパイア達にも性別があり、人間と同じように種族間で恋愛もすれば出産もする。

 でも長年生きていくうちに、思考が変化していくんだろう。

 奇行に走る者が出てきて、大きな被害を齎す事態を惹き起こす。

 そういった者達を粛清するために、吸血貴族の中に取締役が設けられているそうで、俺は彼らに協力する形で、長老の口添えを貰いに来たわけだ。


「貴族も年々数を減らしてきとる。元々個体数は少ないが、更にじゃ。種族存亡に関わる事態を避けようと躍起やっきになっとるじゃろうな」


「よそ者には手出しさせないって方針を貫くだろうね」


「表向きは、じゃ。なんせ夜闇でしか満足に活動できん彼奴らが、同等の力を持つだろうデイウォーカーに手を焼くのは目に見えとるからな。

 この辺りを治めとったのは、ラヴィ・ブランドーじゃったの。まだ話のわかる奴じゃ。一応手紙は送っておくから、後はお前さんの交渉次第……かの」


 いくら話が分かると言っても、捕食対象である人間の力を借りるなんて、口が裂けても公表できないだろうし。

 だからこそ対等に渡り合う煌翅族の口添えが、交渉のカードとして絶対必要なんだ。

 さて、吸血貴族の対応は如何に、だ。

 俺は続いてヤーマスへ向かうことにして、長老に礼を述べると屋敷を後にした。


 長老が乾いた目を潤ませながら、ルウとの別れを惜しみつつ、俺に一言。


「いい店、楽しみにしとるぞい」


 つぶやくように、それでいて俺の耳に確実に届く声音で言霊ことだまを投げた。

 わざわざ魔力を使わなくても……。よっぽど楽しみにしてるんだろうな。

 まあ、リイシャさんとかキャバ嬢連れて来いとか言われないだけマシか。

 マルコさん(旦那さん)に適当な店探しといてもらおう。


 店の選定に想いを馳せながら、煌翅族の郷を出た俺は、ミウとともに時雨の背に跨り、一路ヤーマスを目指した。




===時雨が羽ばたく空、晴れ渡った山並の向こうには、稲光を伴う黒雲が立ち籠めていた……。

 

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