1-01 彼方からの依頼
深く濃い緑の木々が鬱蒼と生い茂る森。
仄暗い木々の間には、あたかも侵入者を迷わせんとするかのように白い靄が蠢いていた。
そして、靄を寸断して延びる道路。縁には所々が凹んで錆びたガードレールが申し訳程度に設置され、その割には平滑なアスファルト舗装の路面が、ある程度管理された峠道だと認識させる。
上り下りの自動車が辛うじて相互通行できる程度には道幅があり、九十九折れの先には、嘗て軽食喫茶の店を擁したドライブインがあったであろう開けた駐車場、その奥には寂れた洋館が鎮座している。
敷地を少し入ったところに垣根が設けられ、蔦がびっしりと生えたその中に、壊れかけた門があった。門の扉は蝶番に辛うじてしがみつく鉄製の扉。そこから敷地内へと踏み入ると、奥行十五メートル程の芝生の庭が広がり、その先で妖気漂う洋館が出迎える。
そこへ、セーラー服姿で、背に煌めく蝶のような翅を翻し、空から一人の少女が降り立った。
「いらっしゃませ、ミウ様」
寂れた洋館の軋む扉を開け、黒地のワンピースに真白なエプロン姿でジト目のメイドが、恭しく来客を迎える。
扉の上方、所々掠れた文字で描かれた【魔・メゾン’S】の看板を、惚けた表情で仰ぎ見る来客は、メイドの声に少々慌てた体で挨拶を返す。
「あ、こんにちは。マリアさん」
軽く会釈をするこの少女「ミウ」は、エルフの一種族である煌翅族だ。
エルフの中では小さめのとんがり耳に、ショートヘアの髪は陽光に輝く艶やかな亜麻色。
彼らは妖精のように煌めく翅を持ち自在に空を飛ぶが、これは魔力により具現化した煌翅で、ある者は蝶のような、またある者はトンボや蜂のような翅を具現化し、鳥のように羽ばたくのではなく、重力場に干渉する魔法を駆使して滑空している。
翅はそのイメージが具現化されたもので、魔力行使の媒体としての役割を担っており、その顕現には一定の集中力を要する。すなわち、疲労や狼狽など注意力が散漫な状態では具現化できず、結果飛ぶことができないという限定条件付きではあるが、彼ら種族の特殊能力の一つである。
また、男女問わず膂力が強いことから、肉弾戦を得意とする有数の武闘派種族でもある。
ミウがメイドに「リューヤさんいます?」と屈託のない笑顔で要件を告げると、感情が今ひとつ感じられないメイドが作り笑顔を返して、「裏手のオープンカフェで一服してますよ」と、淡々とした口調で案内した。
【魔・メゾン’S】の外壁を回り裏手に出ると、アンブレラ付きの丸型ハイテーブルを四脚の椅子が取り囲み、テーブルの上でドリップしたコーヒーを啜る小さなワイバーンと、白いTシャツに浅葱色のカーゴパンツといった出で立ちで椅子に腰掛ける、成人して間もないくらいに見える青年がいた。
「こんにちはー」
燦々と降り注ぐ陽光に照らされながら、風鈴のように爽やかな声音でミウが声をかける。
ミウの挨拶に返事を返しつつ、チラと客人を見やる青年の手元では、小箱の中の刻み煙草を丸めているところだった。
タタタッとテーブルのそばまで駆け寄り、空いた椅子に腰掛けたミウは、ちびちびとコーヒーを啜るワイバーンに語りかける。
「時雨さん、コーヒー飲めるようになったんだ」
「砂糖を入れればな。香りは良いのに味がいかん。こんな苦くて真っ黒な飲み物、好き好んでよく飲むなぁ龍弥は」
時雨と呼ばれたこのワイバーン。
一見ぬいぐるみのようにも見えるが、その愛らしい姿とは裏腹に、強大な魔力を持った無頼漢の甘党宣言に、ケラケラと屈託のない笑顔で破顔するミウ。
その向かいで、煙草を煙管の火皿に詰め終えた龍弥と呼ばれる青年が、ポケットを探りながら、
「いっけね、マッチ忘れた。火鼠爺、火貸して」
と呟き人差し指を立てた。
すると、彼が手に持つ煙管の前辺りに、炎を纏う年老いた鼠が出現した。
見た目は燃え盛っているが、熱さは然程感じない。
ただ、表情は苦実を噛み潰したように顰めっ面で龍弥を睨んでいるが。
「お前なぁ、煙草の火付けにわざわざ儂を召喚するか?火ぐらい自分で用意せぇ」
「いやぁ、ごめんごめん。でも火鼠爺の火で点けた煙草、美味いんだよね。召喚顕現じゃないし火種だけでもよかったのに。ま、火鼠爺もどう?一服しなよ」
「儂の尻尾はマッチじゃないぞ、まったく!」
ブツブツと文句を口遊みながらも、尻尾を火皿に近づける火鼠爺だった。
火鼠爺の尻尾が火皿の周りを撫でるようにクルッと一周すると、火種を得た煙草から紫煙が立ち昇る。
熱いスープを匙で啜るように、ゆっくりと吸口から紫煙を喫い、頬を僅かにモゴモゴと動かし煙をふかす。さて、これが煙管の正しい喫い方かどうかはさておき、同様の動作を二、三度繰り返すと、軽く振りかぶって、煙管の雁首を片方の手に当てて、テーブル上の灰皿に灰を落とし、一服を終えた龍弥が口を開いた。
「マッチだと火薬の匂いがついて味が落ちるんだよね。火鼠爺の火は無臭だし、何故か煙草の香りが良くなるんだ、これが」
「そんなに変わらんだろうが!……と言うよりお前は、煙草の作法や喫うまでの面倒な儀式が好きだと言うとったろう」
そう文句を言いながら、いつの間に何処から出したのか、火鼠爺も煙管を手に持ち、刻み煙草を詰めた火皿に尻尾で火を点け一服を始めた。手に持つのは、羅宇の部分も金属でできた長い喧嘩煙管だ。
鼠に煙管という組み合わせが妙にマッチして、まるで京都の鳥獣戯画にでも出てきそうである。
「紅茶を淹れたので、どうぞ」
そう言って、メイドのマリアがミウの前に紅茶を差し出した。
「わあ。有り難うございます」
メイドに礼を述べ、紅茶を一口飲んだところで龍弥が話を向ける。
「ミウ、今日は遊びに来たの?それとも依頼?」
「えへへ、両方です」
「両方?てことはリイシャさんも来るの?」
「お母さんは忙しくて来れないって。私は連休だし、こっちなら時間の流れが遅いから、依頼も兼ねて行っておいでって」
「依頼も兼ねてって、魔物退治でしょ。一応女の子なんだから、もっと心配したほうが……まだ学生なんだし」
「ラッキーなことに宿題とかないし、どうせ家にいても勉強しないんだからって。これでも私、エルフの中では成人してるんですよ」
二人の会話に、コーヒーを啜りながら時雨が口を挟んだ。
「ミウは武闘派エルフの中でも、かなり強いからな。格闘戦じゃマリアとタメ張るんじゃないか?」
「私など足元にも。時雨さまとならいい勝負かと」
謙遜の言葉を返したのは、ミウではなくメイドの方。足元などと露ほどにも思っていないジト目で時雨を睥睨する視線の先には、ピキッと音が聞こえそうなほど青筋を立てた、憤怒のワイバーンがマリアを睨みつけていた。
針で刺されんばかりの殺気が立ち籠める両者の脇で、ただの日常の一コマとでも言えそうなくらい和気藹々《わきあいあい》とコーヒーと紅茶を愉しむ二人。
そして、テーブル上で、燃え盛る鼠が咥える煙管の火皿から、紫煙の輪が空へと舞い上がっていった。
◇◆◇
【魔・メゾン’S】の一室。書斎机の前に誂えた対面二脚のソファーとテーブル。いわゆる応接間と思しき部屋の隅に、およそ異界の魔法世界には不似合いなPCモニターとキーボード、そしてマウスが置かれたシステムデスクが設置されていた。
フッと画面が揺らめくように仄かな明かりを灯し、メールの着信を知らせるウィンドウが立ち上がる。
マウスの操作をするメイドの手は、受信フォルダを開けて、メールの内容を確認するため動いているが、モニターを見つめる目は瞬きひとつせずカッと見開かれ、虹彩には画面の映り込み以外に幾重もの文字の羅列が映っている。
暫くの間を置き、メイドは椅子から立ち上がり、プリントアウトされた紙を手に取ると、一分も無駄のない所作で部屋を出て行った。
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差出人 : リイシャ
宛先 : 龍弥
表題 : ご依頼の件
本文 : ご無沙汰してます。
ミウもこちらでは高校生になり、連休中どうしてもそちらへ行きたいと言って、言うことを聞きません。
一族では成人しているとはいえ、まだ幼い面がございますが、何かの役に立つかと思い許可しました。
残念なことに宿題もないので、勉強もせず遊び呆けるよりは、そちらでお手伝いさせて貰えた方が良い勉強となるでしょう。
宜しくお願い致します。
さて、ご依頼の件は、バンパイアの突然変異体についてです。
先日、地球世界にて吸血鬼騒動が起きた折、三体ほど退治したのですが、一体を取り逃がしてしまいました。
彼らは通常夜闇の一族のはずですが、どの個体もデイウォーカーで強力な再生能力を有しておりました。
仕留めた個体はどれも自我が崩壊しかけており、半ば本能で吸血行動を取っていたと思われ、逃げた個体が彼等を操っていたと思われます。
彼らが、どこの次元転移の杜を通ってこちらへ来たのか、そしてその目的が何だったのかは定かではありませんが、おそらく魂魄が魔力変換されていない、純粋な魔素を豊富に含む人間を狩るためではないでしょうか。
そちらに逃げ帰った個体は、真の不死かと思えるほど強靭な身体の持ち主で、更に力をつけるため、町や村などを襲う可能性が高く、この度の依頼に至りました。
バンパイアの貴族達も、この個体を排除せんと動くとは思われますが、恐ろしく狡猾で強力な個体ですので、苦戦は必至かと。
あまり期待はできませんが、できれば共闘を勧めるよう族長を通じて進言しておきます。
不死性の高い種の案件なので、龍弥様にも有益な情報があるかもしれません。
お手数をお掛けしますが、宜しくお願い致します。
P.S.
龍弥様のおかげで、地球での生活にもすっかり馴染んで、大家さんやご近所様等とも仲良くさせてもらってます。
ミウもすっかり年頃で、大人の階段を登り始めている様です。
不束者ですがお気遣いなさらず、お気付きの点がございましたら、どしどし私宛までご連絡ください。
迅速な対応をさせていただきます。
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龍弥は、プリントアウトされたメールの内容を読み終えると、用紙をメイドに手渡し呟いた。
「追伸のとこ、なんか意味深だなぁ」
冷めた残りのコーヒーを飲み干すと、龍弥はミウに訊ねる。
「死なないバンパイアの突然変異って、どういうこと?もともと太陽に晒されない限り、なかなか死なない種族でしょ、彼らは」
「貴族と呼ばれる、始祖の系譜に連なる者達はそうですけど、それ以外の亜種の中から、そういった陽の光を浴びても平気な連中が出てきたみたいなんです。ただ、貴族やダンピールは血液を補充しなくても、力が衰えるだけで死ぬことはないんですが、彼らはほぼ毎日血を補充しないと死んでしまうんだそうです。
三体ほどは、それで死んじゃったみたいですよ」
「大量の他者の血は、不死性を強化する為の代償ってわけだ」
「でも、どういうわけか血液を補充してなかった個体が……」
ミウが語る語尾の歯切れが悪いことに、龍弥が首を傾げる。
脇で一緒に話を聞いていた時雨も、同様に首を傾げて訝しむ。
「血液を補充しないのに不死だというのか?まるで龍弥みたいだな」
「変種のデイウォーカー達を操っていた、大元の個体なのははっきりしてるんですけど、一人だけ吸血行為が一度も確認されてないんです」
そう。バンパイアならば、本来の力を発揮するためには吸血が不可欠なのだ。ただ血を飲めば良いというものではなく、精気を大量に含んだ人間の生き血を、精気ごと摂り入れるのでなければ意味がない。当然吸血しなければ再生力も減衰し、遂には普通の人間と変わらないほどに力を失ってしまう。
彼らバンパイアは、長大な寿命と強い不死性を得た代償に、夜闇の世界でしか生きることを許されない種族なのだ。
バンパイアの貴族達は、精気のみを抽出する術を持っており、直接血液を摂取せずとも生きながらえるのが可能で、力が減衰しようとも敢えて吸血しない者もいるが、吸血時の快感を求めて吸血する貴族もまた多い。
そして、この世界には科学文明に特化した地球と違って、魔素が魔力などへ変換されるのが常識であるが故、妖怪や魔族、妖精など多種多様な人型の種族が生まれ、争いと共存がひしめき合っている。
人間にあっては、魔素を魔力に変換する能力が種族的に脆弱で、魔力総量において他種族に劣る。しかし、様々なものを加工することで魔力を補う術に長けており、最も繁栄している種族でもあるが、人間の血液は魔力に変換されなかった大量の魔素を精気として含有しているため、バンパイアから吸血の標的にされることが多い。
ミウが言うところの突然変異体は、本来再生能力に必要なはずの大量の人血を必要とせず、且つ陽光下でも平気で活動できるという、凡そバンパイアの範疇を超える種族の存在を意味していた。
思案顔だった龍弥がマリアに訊ねると、淡々とした口調の答えが返ってきた。
「冒険者ギルドは、このことを把握してるのかな?」
「バンパイアハンターは、ギルドの中でも少数しか登録されていませんし、相当の実力者となると報酬も高額ですから、資金繰りが難航して深刻な状況になるまで依頼は為されないでしょう。気紛れにバンパイアを狩るフリーのハンターもいますが、貴族種は天災級の幻獣に匹敵する力を持つと言われますし、それと同等であるならハントは困難を極めるかと」
「じゃあ、まだギルドへの依頼は報告されてないの?」
「噂のレベルでも入ってきてはいないようです。おそらく、まだ具体的な被害が出ていないか、情報が町から表に出るより早く壊滅してしまっているか………」
「取り敢えず、ギルドに行って情報収集してみますか」
◇◆◇
大空を舞う巨大な翼のワイバーン。
黄金色に煌めく瞳で前方を見据えながら、悠然と飛行する姿は時雨であるが、テーブルの上でコーヒーを啜っていた、ぬいぐるみのような幼体が変化したものとは到底思えないほど立派な飛竜の王然としている。
時雨の背に跨るのは、ワークキャップの鍔を目深に被る龍弥と、その腰に腕を廻して抱きついているミウの二人。
飛竜の翼は気流の波に乗り、あたかも風を受け水面に軌跡を残しながら航海する帆船のように、ゆったりと滑空して雲海を抜け、なだらかな山並みを越えると開けた平野に草原が広がり、その遠方には巨大な城壁に囲まれた街が見えた。
魔法都市【シャンバラ】
【魔・メゾン'S】がある辺境区から一番近く、最も大きな都市である。
都市は魔法陣や呪符を練り込み魔力への耐性を持たせた城壁で取り囲まれており、あらゆる魔法から都市を守っている。
王都のような王室お抱えの高位魔導師や兵士などの配備がないにも拘らず、これだけ大規模な魔法都市を形成し維持しているのは、冒険者ギルドの存在に因るところが大きい。
都市の中央に鎮座するのは、シャンバラ領主が執務を執り行う為の小さな城である。
その東側に商業者統括ギルド本部、西側には冒険者の統括ギルド本部が設けられ、魔導師ギルド、ハンターギルド、傭兵ギルド、従魔師ギルド等近隣の町や村に点在する支所を取りまとめている。
所属する組合員は冒険者ギルドだけで千を超え、各部署の長の上にマスタークラスがおり、それら全てのメンバーを束ねるのは、魔獣ハンター出身のグランドマスター【ロウ・カムラギ】。
ハンターは、希少な薬草の採取やレアアイテムなどの宝探し、危害を加える魔獣や妖魔の退治等、様々な依頼を請け負うその性質上、戦闘技術はもとより、魔術に関する豊富な知識も要求される。特に魔獣ハンターは、高位になると魔導師顔負けの魔法を使う魔闘士と呼ばれ、戦士が不得手とする遠距離戦でもアドバンテージを持つことから、様々な分野からの依頼に引く手数多である。
因みに、ロウ・カムラギは魔闘士のSランクで、"竜殺し"の異名を持つ、名実ともにギルドマスターの最高実力者である。
ギルド本部の応接間へ通された龍弥達一行は、秘書らしき女性が淹れてくれた紅茶を愉しみながら寛いでいた。
そこへ豪快な大声で客人を迎え、ロウがどっかとソファーに腰を下ろす。
「おう、龍弥、久しぶりだな。今日はどうした。煙草でも切らしたか?それとも何か面白い案件でも持ってきたか?」
「いや、煙草はまだ刻みが沢山ストックしてあるよ。今日はちょっと情報収集にね」
「なんだ、また【時縒り】とかいう奴のことか?伝説の類いを記す文献でもあれば直ぐ教えるんだが、生憎となぁ………」
「それについては元々期待してないよ。気長に探してる。今回はバンパイアのことなんだよ」
龍弥は、ミウの母リイシャから依頼された、バンパイアの突然変異体のことをロウに話して聞かせた。
昼間も活発に活動し、始祖の血を引かずして同等以上の再生能力を持つ、バンパイア以上に不死に近いバンパイア。それが異界にまで出張って人間を襲い、危害を拡大しつつあったことや、こちらの世界に舞い戻ってきていることから、何かしらの被害が出ている畏れがあることを、バンパイアハンター等に通達しておいて欲しいと告げた。
その話を聞いたロウは、「厄介な案件の方だったか………」と思案すると渋い表情を作り、言葉を継いだ。
「今のところ、そういった報告は上がってきてねえな。最近は悪さするバンパイアもめっきり減っていたからな。バンパイアハンターも飛びつく案件だから、何か予兆らしき被害でも出ていりゃ、多少値引かれても優先的に依頼を受けると思うぞ。一応注意するよう通達はしておくが………」
そこへ、秘書がドアを開けロウの元へやや急ぎ足で歩み寄り報告した。
「ヤーマスの町で、バンパイアハンターが殺害されました。血液がほぼ失われており、吸血行為によるものと思われます。ですが、首筋に噛みつかれた際の牙の痕がなく、代わりに指で突き刺された様な傷痕が残されていたそうです」
ロウが眉根を寄せ、龍弥と目を合わせ頭を振りながら口を開き、溜息交じりに話しかけた。
「いいタイミングだ。まったく厄介ごとには鼻が効くなぁ、お前は」
「ホントだ………ビンゴ。間違いなしだ……」
「取り敢えず一緒に行くか?」
「いや、ちょっと寄るとこがあるから、先に行っててよ。追っ付け合流するから」
そう言って、龍弥はロウに礼を述べ、足早にギルド本部を後にした。
龍弥達一行が退室した応接間で、秘書がロウに話しかける。
「マスターとはどういったご関係ですか?いやに親しそうでしたが」
「古くからの友人だよ」
「失礼ですが、年が不釣り合いな気が………」
「お前さんは、ここにきてまだ三年目だったな。じゃあ知らないのも無理ないか。ああ見えて、あいつは儂より年食ってるんだ。気さくに振舞ってくれてるが、実は儂より先輩だ」
ポカンと鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まる秘書に、ロウは話を続ける。
「このギルド本部の設立に多大な貢献をした、いわば英雄だ。因みに、一緒にいたエルフは儂の姪っ子でな、可愛い顔に似合わず腕っぷしが強いときてる。ちょこちょこと仕事でも世話になっとるんだ。
そうそう、あいつは死んでも死なないんだ。曰く、死ぬ事を禁じられた呪いみたいなもんだと。その呪いを解くために【時縒りの者】を探しているそうだ。神話伝承の類いで稀に見かける程度の存在だから、神々の中でも更に伝説的なもんだ。手掛かりなんぞ無いに等しいわな」
姪っ子の自慢を挟みつつの話に耳を傾けていた秘書は、頷きながらも龍弥のことに得心がいかないのか、怪訝な表情で訊ねた。
「どう見ても、成人したての青年にしか見えませんが。それに、死んでも死なない、つまり不死だというのも俄かに信じ難いですし」
「だろうなぁ。バンパイアでさえ死ぬんだ。それによ、じじくさい雰囲気は微塵も感じさせねえし、儂からすれば羨ましいくらいだよ。
でもな、死の感覚ってのを何度も味わうのは地獄の苦しみだそうだ。死なない不死人じゃなく、死んでも尚この世に立ち返る。生者でも死者でもないってとこか。
言わば業とも言える、生と死の輪廻だ。初めて目の当たりにした時にゃ、儂も信じられんかったよ」
貧者と富者、成功者と脱落者。数限りない不平等で理不尽な現世において、全てに平等且つ唯一絶対なもの、それが【死】である。
その理から弾かれたとも言える、不死故の苦しみ。
それを背負い、もがきながら生き続ける友を憂いてか、ロウは遠い目をして話していたが、暫しの沈黙を挟んだのち、ハンターらしい険しい表情に戻ると、秘書に命令した。
「検死の報告書を見せてくれ。儂も現場に向かおう」
秘書は命令に従い、手に持っていた決裁ファイルの束から件の報告書を手渡すと、ロウが死因の欄に目を通す。
死因は"吸血行為による失血死"と推定され、報告書末尾に写真を添付する旨が記載されている。そして、末尾に添付された写真には、首筋に二つの穴が穿たれた一人の男の屍体が写されていた。