エンジョイスクールライフ
勇騎の学校生活が始まって1ヶ月。話に聞いていた恐ろしいヒーロー。だが、接するうちに危険性がないことがわかると、想像以上にこの学校に馴染んでいた。奇行や変な発言はあるものの、基本的には誰よりも善人で、見ていて楽しく、いい子が勇騎の評価だ。
そうなった理由は彼の人柄によるところもあるが、何より初日の騒動で兜と取り巻きたちを病院送りにしたことが大きい。
今までやりたい放題だった彼らがいなくなった事で、クラスは初めての平和を得ていた。大半が小中とエスカレーター式に同じ面子でここまできた。兜の家柄とそれを背景にした暴力の黙認、絶対的な負の支配。それがふらっとやってきたこの勇騎によって終わりを迎えた。
自慢の角がへし折られたのは皆、口にはしないが、これまでの事もあり心配するものなどおらず、いい気味だ。天罰だなどと考え、結果、それをやった勇騎への好感度アップにつながっていた。通常であれば権力を使っての復讐もあり得るのだが、今回は他の人間とは一切に関係のない勇騎のやったこと、巻き添えの報復もなければ、勇騎の背景には月影がついている。子供同士の喧嘩だ、そもそも喧嘩を売ってきたのは兜なら、多勢に無勢で、しかも生身を相手に返信して負けたのだ。
力と強さを是とする兜にとっては一切の言い訳のしようがない。
その結果、このクラスは兜に対する不平不満を糧として今までにない団結力を築きあげていた。さらに兜の代わり王座となった勇騎は偉そうなこともなければ、暴力を好むような人間でもない。そんな彼を恐れる必要もなければ敵対する必要もない。
「勇騎くん、これいる?」
「なんですかそれ?」
「今日発売の新商品のパン、はい、口あけて」
勇騎は言われるままに口を開き、ちぎられたパンを笑顔で放り込まれる。
「すっかり餌付けされているわね、彼。」
「今まで、こんなに優しくされたことがないから楽しいんだってさ。」
「あなたはいいの?世話係なのに」
「僕は別に、どっちにしろ、寮の部屋は一緒だし、そっちで勉強の面倒見てあげているよ。理系はまだしも文系科目は壊滅的だし、それより、僕なんかと話してていいの、さやかさん。」
「用事があるからよ。」
「用事?」
「獅子王会長の話だと、来週にも出てくるらしいわよ、兜君、短い平和だったわね」
「どうしてそれを僕に?」
「同室で世話役のあなたは巻き込まれる可能性があるからよ。」
「世話役はさやかさんだって。」
「私は関係ないわ。」
「だったら僕だって、」
「だといいわね。とにかく、今まで以上に彼には近づかないことね。」
「でも、」
「翔真くん、何の話してんの?」
餌付けが終わった勇騎はいつものように翔真のとなりの自分の席に戻ってくる。
一番懐いているのが翔真で、どこに行こうが何をしようが、翔真についてまわる、翔真も一度友達になった手前、悪意のない勇騎を鬱陶しくも思いながらも拒絶できないでいる。
「あなたには関係ないわ。」
「あのー、前から気にはなってたんですけど、俺、伊万里さんになにかしましたか?」
「何も、気にしないで、私はジョーカーに憧れてここにいるの、ヒーローは私の敵だっていうだけで、あとはあなたみたいな能天気が死ぬほど嫌いなだけだから。」
「能天気って、前向きって言ってください。」
「嫌よ、私、あなたみたいな人間嫌いなの」
「俺は、結構伊万里さんの事好きですよ。頭いいし、何より努力する人は素敵です。」
さやかは大きくため息をつくと教室から出ていってしまった。
「俺なんか怒らせた?」
「気にしなくていいよ。多分何を言ってもあんな感じだから、」
「そう、分かった、ところでさ、翔真くん、さっきみんなで今度の休みに遊びに、」
その時だ、大げさに開けられた後ろのドアに皆が注目し、教室が一瞬で凍りつく