愛
きららは龍千寺を連れ学校を出ると、人目につかない裏路地の今では珍しい名曲喫茶の一番奥の席に座り、チーズケーキとコーヒーをオーダーする。
「さて、龍千寺さんは何にする?」
「……」
「ここはしゃべっても大丈夫だよ。マスターは元私の同僚。ここで起こったことは閻魔さまにだって白状しない。それにここは結界が張られている。君たち怪人じゃ、ここを認識することさえできないさ。」
「それじゃ、はちみつミルクとチョコレートパフェを、おごりですよね。」
「まったく、本当に君はたした球だね。そういう倹約なところも含めて。」
「私は名門出身とはいえ落ち目の家柄、こう見えても大変なんですよ。」
「本当に恐ろしいな、君は、で、どうだった、私の演技は」
マスターがメニューを下げると、きららは本題を切り出す。
「まぁ、よかったんじゃないですか、恋夜様も信じてくれたみたいで。」
龍千寺はくすりと笑い、普段からは想像もつかない大人びた表情を見せる。
最初から龍千寺は拘束されたりしていない。これはすべて龍千寺の仕組んだことだ。
本来であればきららは獅子王を断罪するつもりでいた。その為の現場を抑えるつもりだった。だが、彼女はその上をいった。
彼女は獅子王からの依頼で兜を殺さなければいけない状況に追い込まれてしまった。
それは彼女も予定外。確かに獅子王のために何でもする覚悟はある。だが、それをしてしまえば獅子王の中で自分は切り札ではなくなってしまう。いとも簡単に捨てられてしまう。
だから、意図的にきららに自分を見つけさせ、何か思いつめるような表情をし、つけさせた。そして自分自身の命を盾にとりきららを利用した。彼女の正体を知り、性格と、利害の一致を見越してのことだ。
「君はいつから私の事に気づいていた?」
「先生の正体が、かつて世界最強の魔法使いだったことですか?」
「そう、君の前ではボロさえも出してないはずだ。いいじゃないそれくらい教えても、」
「入学直後ですよ。この目の色、おじさまからの隔世遺伝なんです、見覚えありますよね、」
彼女は右目のコンタクトを外す、それは怪人になった時に変わる龍の目ではなく、人間体としての本当の彼女の瞳。鮮やかな青色、今までの知り合いでその眼は一人しかいない。
「なるほどね、先生が、確かに、そうだった。先生は奥さんを蘇らせる為に禁術に手を染めて、そっちに行ってたな。なるほど、どうりで私の術が効かないわけだ。」
「えぇ、体質です。まぁ、元々龍には対呪耐性もありますが、加えて、先生の魔法はおじさまの系統ですから、古い写真で、見た事があります。今と変わらない先生の姿をそれで気になって。何度かつけさせてもらいました。あまり迂闊に魔法を使うものではありませんよ。便利だからと使ううちに警戒心がなくなっていますよ」
「なるほどね、でも、今までそのことを黙っていたと。」
「えぇ、もしもの時にご協力していただけると思っていましたし、この3年間あなたという人間の性格も知ることができる。結果こうしてあなたにご協力いただきましたし、それに思いもがけずこのような贈り物まで。」
龍千寺は恍惚の表情で、自分の胸に刻まれた紋章を撫でる
「贈り物ね、」
「感謝していますわ、先生。これで恋夜様にとって、私は血よりも深いきずなで結ばれた。」
「君はもっと純粋な子だと思っていたけどな。」
「女が純粋無垢でいてほしいだなんて幻想です。それは世界を知らないだけ、純粋などというのは男にとって都合がいいだけのこと。もちろん、恋夜様がそれを望み、求めてくださるのであれば、私はそれでも一向に構わない。一生それを演じて見せます。
でも私しかいなくなっても恋夜様は私だけを見てくれない。
だったらそれを得るために何でもする。そういう意味では純粋です。上出来でしたよ先生。」
「お待たせしました。こちらはちみつミルクと、当店自慢のパフェになります。きらら、様の方は今しばらくお待ちください、焙煎に少々時間がかかっております」
「あら、こちらのお店では焙煎からやられているのですか」
「はい、当店はそれが自慢ですので、よろしければ、飲まれてみませんか?あなたのようなレディが来られたことに対してサービスとして」
「あら?よろしいのですか、ではお言葉に甘えて。」
「かしこまりました。」
「いいお店ですね」
「私の時は最初からお金とられたんだけど」
「それは、残念でしたね。」
龍千寺は嬉しそうにチョコレートパフェを口にする。
「そうしていると見かけどおりの女の子なんだけどな。そういえば、君の目的は何だ?」
「目的?」
「そう、何のためにそこまで獅子王にこだわる」
「決まっています。愛です。」
「愛?」
「そうです。恋夜様は私に優しくしてくださった運命の人。」
「それだけ?獅子王を利用して何かをしようとかそういうのじゃないの?」
「利用?あぁ、恋夜様の夢のことですか?それは恋夜様の求めるもの否定はしません、自らの夢に情熱を燃やす姿も嫌いではありません。でも、私自身世界だとかそんなことには賭けれも興味がありません。だって困らないでしょ、ここじゃない世界がどうなろうと、ですが、そうですね。そういう夢というものであれば。私の夢は田舎町で2階建ての白い家に私と恋夜様、そして子供たちとありきたりな日常を送ることですか、恋夜様も毎日仕事に追われ、私と子供たちはその帰りを待つ。恋夜様にとって心休まるのは家にいるときだけ、私と子供たちだけが宝物、老いてきて、子供の成長を見守りながら、子供たちに自分のなれなかった未来を託し、日々成長を見守る。そんな日常があれば最高ですね。」
「……すごく庶民的な夢、毎日仕事に追われていいの?」
「これでも現代っ子ですから、過度な贅沢やステータスのための嗜好品には何の魅力も感じません、それに仕事に追われ、カツカツの生活のほうがほかの女や悪い遊びをする余裕もないでしょ。私は恋夜様がいれば別に毎日、一つの袋麺を分け合う生活でも問題ありません。それこそ、四畳一間のぼろアパートで身を寄せ合って、世間の目におびえながら生きていくもの悪くありません。それの方がより恋夜様は私しかいなくなりますし、」
「獅子王がそんな姿、想像もできないな」
「そうですね。私も現実味はありません。でも、昔の恋夜様を知る身としては今の恋夜様も想像がつかなかった恋夜様です。恋夜様は変わられました」
スプーンを置き、龍千寺は寂しそうな目で物思いに更けるように、テーブルを見つめる。
「それは当たり前のことで、仕方のない事、周りからの期待と重圧がそうさせた。だから私は恋夜様をそんな中からお救いしたい。そういった意味での夢なんだと思います。柵もなく、期待されずに忘れられて、自由に。恋夜様が本当に望んでいるのは私だけ。」
「そうなのか」
「そうです!そうでなくてはいけないんです!だから、こそ、先生と利害が一致する。
これからも私は恋夜様のおそばで、恋夜様の一番信用のおける味方であり続ける。だから先生や、志堂、雲野、それにあの女には恋夜様の敵であり続けてほしい。
今の獅子王様を変えていただきたい、追い詰めて、屈辱を味わって、私だけしか見えなくなるように。女って一度敗北を味わった男は好きでしょ。
皆さんにはその可能性がある。そのまま敗れ去るもよし、そこから再起するもよし、私はどちらでも、愛してあげられます。これ、私の電話番号です。何かあればこちらにお電話ください。先生の電話番号は教員名簿で控えていますので不要です。お互いのためにもこれからも情報共有、協力をしていきましょう」
きららは背筋が凍る感覚を彼女に感じていた。
獅子王が求めているのは本当は自分であるはずだ。それが当然のように、それにここまで聞いていても獅子王自身が悪いとは一言も言っていないすべて周りのせいにして。彼女は現実を見えてはいない。理想の獅子王しか見ていない。その癖に彼女はこうまですべてを手玉に取ろうとしている。自分の目的のために、ここまで徹底して。
「お待たせしました、コーヒーになります。」
マスターにお礼を言うと、きららと龍千寺はコーヒーを受けとる。
きららはミルクを入れかき回す。
「龍千寺さんはミルク、あ、あと砂糖も、」
それらを渡そうとすると龍千寺はブラックのまま、コーヒーを口にする
「あまりにいい香りでしたので、思わず、そうですよね。そういうキャラづくりを忘れてはだめですよね。私は子供で、いなくてはいけませんから、」
龍千寺は笑う、まるで見かけどおりの幼さを残した曇りのない笑顔で。




