怒れる昆虫王
「来いよ、もう一度、もう一度だ!」
兜は翔真に対してもう一度攻撃を要求する。兜にだってダメージはある、それを精神が痛みとして認識していない。それ故、冷静な判断ができずにいる。
翔真は好機とばかりに、先ほど同様、張り巡らされた糸の反動で加速し、もう一度、兜に突撃をする、先ほど同様、最高の攻撃を備えた一撃。
ただ先ほどと違う点が二つ、それは兜が身動きの取れない状態ではないという事、そして右腕に激痛が走り、僅かに威力が弱まった事、勇騎の渾身の必殺技と兜の憎悪の角が激突する。
かつてないほどの爆音、それは衝撃となりこの場にいる多くのものに恐怖を与え、二人もその衝撃に吹き飛ぶ、だが、兜は闘技場半ばでこらえているのに対し、翔真は壁近くまで吹き飛ばされ、地面に転がる。
「見たか!これが本当の力だ!!!!」
勝利を確信した兜の咆哮、翔真はこのままではまずいと、立ち上がろうとするが、兜の角とぶつかった右足が、痙攣を起こし、いうことを聞かない。それに腕に、肩が外れている?
「絶体絶命かな、」
「獅子王会長、もう決着はつきました!止めてください!」
さやかが懇願するが、獅子王はそれを無視する。
「賭けは僕の勝ちだね。アンリ。」
「残念ですけど、そうかもしれませんわ。ところでこれの決着はどうすればつくのかしら」
「そんなの決まってるよ。どちらが死ぬまでだよ。」
「会長!!」
「うるさいぞ!黙れ!ぎゃあぎゃあ喚くな人間!お前は俺の言うことだけを聞いていればいいんだ!幼馴染か何か知らないが、俺には関係ない。お前は俺だけを見ていろ!いいな!」
いつもの獅子王からは想像できない怒りがさやかに向けられる。
「翔真!負けを認めて!」
「ふん、女に心配されるとはな、だが、いまさらもう遅い、お前は俺が殺す。」
「負けを認めるつもりなんてないよ。ここで負ければ僕は一生約束を守れない。僕は変わった。絶対に何があっても、僕は君を倒す。」
「満身創痍で!何ができる。」
翔真は再び防御陣を展開するが、今の兜の攻撃を完全に抑え込むことができない。
威力こそ軽減されど、その攻撃を受けて翔真はまた吹き飛ばされる。正確にいえば威力を殺すために、自分で吹き飛んではいるが、兜の攻撃のたびに張り巡らされた糸は、新たに展開するよりも確実に速く引きちぎられていく。
「やめて!お願い!だれか止めて!」
さやかの叫び声だけが、闘技場に木霊するが、皆、沈黙し、目の前の処刑を眺めている。
「アンリ様!お願いします。止めてください。」
「どうして?」
「どうしてって、」
「彼はただの幼馴染?だったら見捨てなさい。これから先、友人や家族を失うことなんてよくあることよ。それがジョーカーに身を置くということ、幼馴染を失うくらい大した事ではないわ。私にとっては日常の事、いい経験よ。これもあなたの強くなる糧にしなさい。」
「どうしてそんなことが言えるんですか」
「逆に聞きたいわ、どうしてそんな覚悟もないのに、ここに身を置くことを選んだの」
「それは、」
「自らの野心のため、自らの力を示すため、あなたが望んだことなんでしょ。幼馴染と言ってもそれはあくまで、他人。どちらが大切か、考えるまでもないでしょ。」
「ただの幼馴染じゃありません。翔真君は、私にとって、」
さやかは獅子王の手前それ以上言うことはできない、だがアンリには十分に伝わった。
「そう、だったら信じなさい。あの子の目。まだ諦めてなんかいないわ。いい目ね。私はあれが狩られるものの目には見えないわ、私にはあの子蜘蛛の後ろに、経験豊富な老獪な蜘蛛と、狡猾に獲物が罠にかかるのを待つ親蜘蛛が見えるわ。勝負はまだついていないわ」
どれだけ、攻撃が繰り出されただろうが、翔真はすでに全身の痛みでどこが痛いかもわからなくなっている。
「何だその眼は、まったくいい加減にしろ、いまさら逆転なんてねぇんだよ、気持ち悪い糸ばっかり出しやがって、こんなのいくら出そうと俺の電撃で、消し炭なんだよ!」
兜が電撃で、体にまとわりつく糸を焼き払い、闘技場に残った糸の半分以上を焼き払う。
「ん?なんだ燃え残りか」
兜は体に残った糸を手で落とすと、翔真から対角線上の最大距離をとる。
さっきの一撃でもう一方の足もほとんど動かなくなっているし、おそらく自分の体を引っ張り上げるだけの、力もないはず。ならばこの一撃で終わらせる。
翔真はそんな兜の状況を察したのか、今まで以上に何重にも糸を張り巡らされる。
これが最後になる、だれもがそう確信し、息をのみ、静寂が訪れる。
「行くぞ、これで終わりだ。」




