夏休みデビュー
始業式を終えると生徒たちは伝統ある闘技場に集まり、ざわめきたつ、この闘技場を使うことは珍しいわけではないが、今回ばかりはいつもと様相が違い、皆怖がるものもいるが、一様にこの日を楽しみにしていた。
「帰国を遅らせるように言うから何かと思えば、本当にやるつもりだったの?悪趣味ね」
主賓席に座し一人だけ、制服を身につけていない女性が呆れ顔で獅子王を見つめる。
彼女はアンリ=シャドル=オグレット。獅子王を婚約者候補に持ち、世界の悪の組織の最高評議会ロードオブヴィランの唯一の十代の評議員だ。
「そう言わないでくれよ。君も喜んでくれると思ったんだよ。何しろ絶滅危惧種のヒーローの最後が見えるんだから、ん、さやか、彼女の紅茶がなくなっているよ」
「すみません、すぐに」
「私の前だからって息巻かなくていいわよ。それに、自分で淹れるわ。」
アンリはさやかに笑いかけ、お礼を言いティーポットを受け取る。
「そんなに気を使わなくていいわよ。私は女の子には優しいの、ねぇ、よかったら私の話し相手になってくださらない。血なまぐさい男の座興に付き合ってもつまらないでしょ。」
さやかは初めこそ、私などが、と丁重に断るが半ば強引に席に付かせられる。
明らかに獅子王は不快な顔をするが、アンリの意向とあっては仕方がない。
「アンリ、どうだろう、せっかくだったら、賭けをしないか」
楽しそうにさやかに一方的に話しかけ笑うアンリに作り笑顔で獅子王が唐突に口にする。
「賭け?」
「そう賭け、どっちが勝つか賭けをしよう。」
「私、賭け事は嫌いでしてよ。それにいつまでたっても、もう一人は現れませんでしょ。」
確かに、遠に開始時刻を過ぎているが、勇騎は一向に現れず、兜が生徒に向かって、自らを鼓舞するかの様に勇騎が逃げたと馬鹿に皆をあおる。
「不戦勝、では賭けにはなりませんわ、」
「俺を倒すなどと息巻いて、聞いた話だと特訓なんて無駄な努力をして!結果がこれか!あ!何がヒーローだ!腰抜けが!」
兜のパフォーマンスに飽き飽きしたのか、携帯を閉じ、ふう、と小さなため息をついて、闘技場の観客席で立ち上がると、一人の生徒が糸を辿り、するりするりと闘技場に下りてくる。
「あ!どうした翔真、俺にビビってお足元がおぼつかずに落ちてきたのか!」
「来ないよ」
「はぁ?」
「勇騎くんなら来ないよ、昨日の夜人助けで疲れている。今は船の中で、ぐっすりだよ。今日の夜にならないとこっちにはつかないそうだよ。さっき先生から連絡があった」
翔真はめんどくさそうにそう伝えると、今度は遥か上方の獅子王に目を移す
「先輩方良かったですね、会長のメイドの樹里さん、無事だそうですよ!
勇騎くんが助けたそうです。会長の無茶な注文で買い物に行って地すべりに巻き込まれてたそうです。よかったですね。気にしてたんじゃないですか!」
完全なる挑発、その言葉も表情も悪意を含んでいる。
皆が今までと違うザワつきの中、視線が獅子王に向けられる
「少し誤解があるようだが、それは良かった。ずっと心配していたんだ。僕もさやかも、」
翔真の挑発を、さやかを使って余裕を見せながら挑発し返す。。
「おい!どういうことだ、あいつがこないってのは」
「いったままだよ。理解できなかった?」
「あ?」
信じられない言葉に兜は翔真を睨みつける。
「聞こえなかったの?だったらもう一度、」
「てめぇ、誰に口に聞いてんだ?」
「クラスメイトの兜君に、だよ。」
「髪にワックスつけて、首輪ぶら下げて、なんだ?夏休みデビューか」
「校則違反じゃないよ。問題ない。イメージが変わったんだじゃない。僕そのものが変わったんだよ。こうしてちゃんとすれば、僕もカッコいいでしょ。」
「何言ってんだ、イカレてんのか。それとも俺に殺されたいのか?」
「殺されたくはないけど、このままだと勇騎くん退学になっちゃうでしょ。だからさ、」
「はぁ?」
「僕が相手だ、兜。代わりに僕が君の相手をするよ。その資格はある、ですよね。会長、」




