ヒトメボレ
「困りましたね。どうしましょうか」
あちらこちらからセミが鳴き、それ以外の音をかき消すような島の森の中で、この気候には合わないメイド服を着た少女が、エコバッグいっぱいの重そうな荷物を持ち、道に迷ったように、辺りを見回す。幸い、この森の木々のおかげで、熱中症にはならないが涼しい森の中であっても、汗が止まらない、彼女は荷物を降ろすと手で自分を仰ぐが、風など起きる訳もなく、気持ち程度にも涼しくはならない。
「あのどうかされましたか」
そんな彼女の眼前に、翔真からもらった蜘蛛の糸で、木から木へと悪ふざけをしていた勇騎が、ぶら下がり逆さまに下りてくる。
「きゃ!」
勇騎は突然の事に驚き、コケそうになる彼女の手を掴むが、そのせいで、体重の移動に失敗し、糸をくくりつけた木の枝がへし折れる。彼女をコカさずに済んだが、頭から落下した。
「す、すみません。大丈夫ですか!」
「大丈夫、です。油断した。へへ、ちょっとびっくり、」
「まさか木の上から声をかけられるとは思っていませんでしたので、」
「それはそうですね。すみません。」
少女は勇騎の顔の土汚れを見つけると、綺麗にたたまれた真っ白なハンカチを取り出し、じっとしていてくださいと、細い指で顔を抑え、顔の汚れを優しく、取ってあげる。
「あ、ありがとうございます。」
「いいえ、どういたしまして、」
そう言って彼女は笑いかける。その笑顔に、勇騎は文字通り、心を奪われた。
今まで恋愛などという言葉存在しなかった男は本当にその一瞬で恋に落ちた。
「あ、あの、さっき上から、見たんですけど、道に迷っているみたいでしたけど」
「あぁ、そうなんです!よく分かられましたね。夕食の買い物の帰りだったのですが、少し近道をしようとして森に入ったものはいいものの少し道に迷いまして。」
「あの!俺、じゃない、僕、ここの森にはそれなりに詳しいですから、わかると思います!」
「それは助かります。」
勇騎は彼女から目的の家の特徴を聞くと、高台にある海のよく見える別荘がそれだとすぐに分かった。
力になれる、そう思った勇騎は自信満々に、自分のペースで歩き出すが、すぐに彼女の歩幅と速度を理解し、速度を落とし、彼女の歩幅に合わせる。
「重そうですね、持ちますよ」
「え、でも、」
「大丈夫ですから」
勇騎は奪い取るように荷物を預かる。
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、これくらい。ところで、そのドレスみたいな格好、お姫様かなにかですか?」
「ふふふ、違いますよ。私は家政婦、家の掃除や料理をしたり、お忙しい皆様に代わってそういうことをするお仕事をしています。これはそのための制服です。」
「動きにくくないですか?」
「慣れればそうでもありませんよ。でも、暑いですかね。ここは、少しは涼しいですけど。」
「ここの森は深いですから、夏は涼しくて、それに雨とか風が強くてもこれだけの森ならある程度凌げますし、それに道路を通るよりも近いですから」
「ふふ、じゃぁ私の勘は正しかったわけですね。迷いはしましたけど、」
彼女の笑顔に目を奪われ、勇騎は思わず目の前の枝を避け損ねる。
「と、ところで、どうしてそんなお仕事を?年は僕とそんなに変わらないような」
「お金の為です。私色々ありまして、まぁ、自業自得なんですけど、親にも勘当されて、困っていた所を、学歴もない未成年を不釣合いな報酬で雇っていただいています。」
「ふーん、大変ですね。」
「そんなことありませんよ、恋夜様はお優しいですし、やりがいがある仕事です。まぁ、時には恋夜様の機嫌が悪い時は辛くもありますけど、それでも十分なお金はいただいていますし、他に私の働けるところはありませんし、何より必要とされるという事は嬉しいです。」
「お金、か」
「すみません。下世話な話で、でも、それがないと生きてはいけませんから。あ、ここまでで結構ですよ。あとはわかりますので、ありがとうございます。」
彼女は勇騎から荷物を受け取ると、一礼をしてお礼を言う。
勇騎は行ってしまいそうになる。彼女に意を決して、口にする。
「あの、僕、志堂勇騎っていいます。またどこか出会えますか?」
「秋月樹里といいます。そうですね、機会があれば、それでは失礼いたします。」
明日もここに来れば、会えるかもしれない、勇騎は彼女が見えなくまで全力で手を振っていると、頭の上に鉄拳が直撃する。
「いつまでサボってんだ、何がトイレだ。探してもいないと思ったら、こんなところまで。」
「きらら師匠、俺ってかっこいいですか、というか、手っ取り早くお金稼ぐにはどうしたらいいですか」
「あ?馬鹿言ってんじゃないの、そんなんじゃ。兜どころか、雲野にも勝てやしないぞ、いいから続き、少なくとも、特訓が厳しくて逃げ出すようなやつはカッコ悪い。あと、手っ取り早くお金を儲ける方法があるなら私がそうしている。行くぞ、」
勇騎はきららに髪の毛を捕まれ、強制連行されていく。




