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Ib-美術館の歩き方-  作者: 如月ユウジ
3/5

美術館2F

 一階の受付の横にある階段を上がると、イヴの目に陽光が差し込みました。階段の正面に窓があったのです。まだ外は明るいようでした。2階を見渡すと確かに、絵画の他に多くのオブジェがありました。イヴはまず少ない絵画の方から見て回ります。


「作品名『新聞を取る貴婦人』」


 金髪の女性が新聞を取る絵画。ゲルテナの絵は複数の解釈が生まれることで有名です。一つの例として、こういうものがあります。時代によっては、女性は知恵から遠ざけられていました。男性中心社会では知恵を持った女性は疎まれるものです。新聞は知恵の象徴であり、この絵は女性の社会進出の瞬間を描写したのではないかと言われています。


 しかし、ゲルテナの深淵(しんい)は誰にもわかりません。その深淵こそが、ヒトを魅了してやまないゲルテナの魔力(みりょく)なのでしょう。そういった時代背景や込み入った話のフィルターが掛かっていないイヴは、ただ単に綺麗な女性だなぁ、と純粋な感想を漏らしました。


「ふむ…………」


 イヴが作品を見ていると後ろから男性が近づいてきました。この作品が気になるようです。イヴは邪魔にならないように次の作品に移りました。続いての作品は…………どうやらイヴの他に先客がいたようです。


「……………………」


 男性とも女性とも取れる中性的な顔立ち。長身痩躯ちょうしんそうくに紫色の縮れ毛で何本かの後れ毛が目立ちます。何を思ってか、その鋭い眼光で熱心に吊るされた男の絵を観ているそのヒトの邪魔をしてはいけないと、イヴは後ろを通り過ぎます。イヴの鼻腔にバラの匂いがほのかに香りました。しかし、次の作品に行く頃にはその匂いはなくなっていました。


 あれはなんだったのでしょうと、イヴは思案を巡らせますが答えを出せないまま、ゲルテナの作品を前に思考の外へと追いやってしまいました。


「作品名『 ?? 』」


 続いての作品名は一字たりとも読めませんでした。イヴは絵から作品名を読み解こうとしましたが、実は結びませんでした。なぜなら絵の方が難解だったからです。黒地の背景に灰色の人とも建物ともとれる二つの物体が聳然しょうぜんと屹立しているこの絵画に、イヴはまたしても首を傾け、次の作品へ移動しました。


「作品名『心配』」


 作品名に恥じずなかなか心配になる絵です。心配は、赤地に白色の人間の片目だけを描写した絵で、何ともゲルテナイズムな作品です。イヴは様々な角度から絵画を観察し楽しみました。このフロアの絵を堪能したイヴは、オブジェの観賞に移ります。ポールパテーションに区切られた展示スペースに着いたイヴは説明板を読みました。


「作品名『無個性』」


 洋服店に置かれているような三つのスタイルのよいマネキンが展示されており、赤、青、黄とそれぞれの色の服を着せられている作品は、なぜかまた首から上がありません。イヴはなぜゲルテナは頭を作らなかったのだろうと思案します。すると、隣で見ていた男性が独り言のように語り始めました。


「僕が思うに……ゲルテナの個性というのは顔だと思うんだよね。だからこの像たちには頭がないんじゃないかな? ……君もそう思わない?」


 突然、同意を求められたイヴは困惑します。三つほど選択肢がありましたが、一番無難なものを口に出しました。


「そうかもしれない」


「おー、わかってくれたみたいで嬉しいよ。やっぱりそうなんだよね」


 自説の肯定に男性は自慢の前髪を弄りながら喜びます。そして、呟くようにいいました。


「しかし、この像ってスタイル良いよな……」


 すでに男性はイヴに対しての興味はなくなったようです。イヴは先程の質問を反芻します。もしこの質問を親から受けていたら何と答えていたでしょう? うーん、であったり、頭がないと怖いであったかもしれません。ただ一つ言えるのは、イヴがこの作品から感じ取ったことは、未完ではなくこれで完成だということだけでした。イヴはそうまとめると、次の作品に向かいました。


「作品名『指定席』」


 続いての作品は、少し奇妙な白いソファー。腰掛のところに紅いバラの花が白いツタを絡ませながら散りばめられています。新品というよりも年季が入っていたため、もしかしたら誰かが座っていたのかも知れません。イヴがポールパテーション越しに見ていると、隣の女性が呟きました。


「変なソファー……でも、それが良い。座ってみたいけど、ダメなんだろうなぁ……」


 イヴも同じ感想を得ました。イヴはもし、機会があれば座ってみようと心に誓いました。


 続いて曲がり角を曲がると、ポツンと一つだけ絵が飾られていました。


「作品名『テーブルに置かれた ?? 』」


 このテーブルの上に何かが置かれている絵は、インパクトがないせいか他の場所に比べて静かなものです。イヴは可哀想だなぁ、と思いながら次のへ向かいました。


 続いての作品は長い通路をその一枚のためだけに使った大作です。バラ、水辺、月、女性の絵とゲルテナの世界が詰まったような大作は、ゲルテナの特徴である黒や赤の筆を走らせた特有の色調が全体を掴ませないようになっています。


 観るだけ心ひきこまれるこの作品を歩きながら観賞するイヴは、前方不注意で転んでしまいました。幸いにも怪我がなかったイヴは、転んだ拍子に脱げた紅い靴を取りに向かいました。靴を拾うとそのすぐ前に新しい絵画を見つけました。


「作品名『悟り』」


 アスファルトのような灰色の壁に、大きな目が書かれた絵画。作品名を読めてもイヴは、その言葉の意味を完全には理解していません。悟りとは何か。この目は何を悟ったのか。九歳の少女には難しい問題でした。


「ネコだー! ママーぁ、ネコの絵があるー!」


「わかったから静かにしなさい。大きな声を出しちゃダメっ!」


 甲高い少女の声に、イヴはネコのように全身を逆毛立たせました。隣で叱る母親と目が合ったイヴは、申し訳なさそうな声で謝られました。


「うちの子、うるさかったらごめんなさいね?」


 イヴは姿勢を正し、髪を一切乱さずに洗練された会釈を返します。そのあふれ出る育ちのよさに子供の母親は息を漏らし、おさげを垂らした幼い少女は顔を赤らめました。イヴはそのあと、立つ鳥のようにその場を後にしました。


 それはうるさかったからというより、新しい作品が目に入ったからだと、イヴは自身に説明します。それは半分あたりで半分はずれでした。子供を叱る親と自分の母親が重なったから、そして自由に声を上げる少女が昔の自分と重なったから……これがもう半分を担う行動の起因でした。


 つとにイヴは、公共の場でネコのような自由な振る舞いは人に迷惑をかけると知ったのです。イヴは大人になったのです。昔、イヴは母親に言われました。大人になれば出来ることが増える、と。イヴは大人の階段を一つ上った際に思いました。出来ないことが一つ増えたな、と。


 大人びた子供は続いての作品を観賞しました。


「作品名『 ?? 』」


 青色のみで形成されたその像は、ヒトが項垂れているようです。足元に目を向けると溶けだしているように見えます。イヴは昔読んだ絵本を思い出しました。恋に破れた姫は泡となって消える……イヴの目にはこの像がとても悲しく見えました。


「ゲルテナ氏はやっぱりすごい。尊敬し尽くしても足りないぐらいだ。あぁ、あなたが生きていれば絶対に弟子入りしたのに」


 喪服のような黒装束の女性は、そう呟くと帽子を目深にかぶりました。ゲルテナの作品はとくに女性の心を強く打つようです。もし、生きていたら執拗なまでの追っかけがいたことでしょう。イヴは次の作品へ向かいました。


「作品名『口直しの木』」


 続いては色鮮やかな棒状の果実が実った作品。ゲルテナ作品にしては、原色ではなく薄い色を基調としたところが個性的です。


「あのカラフルなやつちょっとおいしそう……口直しって言うくらいだから、もしかするとお菓子なのかも……うふふ」


 女性の言葉にイヴは少しお腹が空いてしました。イヴは気を取り直して次の作品に向かいます。


「作品名『 ??? 』」


 続いての作品はとても前衛的です。赤色の玉に鋭利な刃物が複数突き刺さっており、異常な攻撃性を作品の中に閉じ込めています。イヴはゲルテナの思考を読み取るように、まじまじとその作品を見つめました。


「ねえ、なんか作品少ない。もっとなかったけ?」


「ここに入りきらなかったり、経費とかなんやらで全部は無理って話だよ」


「ふーん」


 イヴは意図せずに二人組の会話を聞いてしまいます。話を聞く限り、ゲルテナの作品は他にもあるようです。イヴは出来ることなら全ての作品を見たいと思いました。


「ゲルテナって結構マイナーな芸術家だからなー。こんな小さな美術館でしか、展覧会出来ないのかな。もっとみんな知ってくれればいいのに……」


 イヴは男性の言葉にそれだ、と心のなかであることを思いつきました。そのあることとは、男性の言葉の通り、ゲルテナをみんなに知ってもらうことです。みんなに知ってもらうことができれば、来場者が増え資金を手に入れることが出来ます。そうすれば大きな美術館で経費やスペースを気にすることなく展示することが出来るのです。


 イヴは我ながらいい案だと自分を褒め、実行に移そうと考えました。自慢ではありませんが、イヴには友達がいっぱいいます。イヴは弾んだ様子で指を折りながら美術館に呼ぶ友達を見繕います。しかし、なぜでしょう。思ったほどこの作業ははかどりません。


 それはイヴの指が折られないことにありました。そして気がつきます。イヴは制服で遊ぶ友達はいても、私服で遊ぶ友達はいないことに。イヴは急に冷めてしまい肘ををぶらりと伸ばした叉手さしゅにして歩き出してしまいした。少し歩くとまた絵画のスペースがありました。そこにいた裕福そうな老夫婦は、老眼鏡を通して作品を観賞しています。


「うむ素晴らしい。ゲルテナ先生の才能には嫉妬してしまうな! ははは」


「はー…………すごいわね。この絵なんか居間に飾ると良さそうだわぁ」


 イヴは作品に理解がありましたが、さすが居間に飾るのはどうかと思いました。ゲルテナの作品は明らかに万人受けするものではありません。このような作家の作品が居間に飾られるようになっては世も末といったところでしょう。イヴは数秒ほど立ち止まってから、次の作品に移動しました。


「作品名『苦みの果実』」


 どこか薄暗い印象を受ける写生された果実。題名の通り、あまりおいしそうにではないと、イヴは思いました。イヴが続いての作品に移ろうとすると、その絵画の前で腕を組む男性がいます。その男性はイヴのことに気付くと、語り掛けるように呟きます。


「きれいな人だな。でもこれ実在の人物かな? ゲルテナは実在の人物はほとんど描いてないらしいからね」


 その男性はゲルテナに詳しいらしく、イヴにちょっとした薀蓄を話してくれました。イヴはその話を聞きながら、壁に掛けられた赤い服をきた女性の絵画を見つめます。


「でも本当にいるみたいだよね。この女の人とかさ……すごいなぁ」


 楚然とした女性の絵は、抽象画を得意とするゲルテナには珍しく写実的でとても魅力でした。イヴは話をしてくれた男性に会釈をし、次の作品に向かいます。


「作品名『 ?? なダイヤ』


 砕け散ったダイヤ。モース硬度では頂点に存在するダイヤですが、案外一点に加わる衝撃には脆いようです。水晶の夜を思わせる一枚ですが、ゲルテナの意図は如何なものでしょうか。イヴは、砕け散ったダイヤの破片に乱反射する光を見られて満足なようでした。


 これにて二階の作品を見終えたイヴは、もう一度みてまわろうかとも思いましたが、母親との約束を思い出しました。イヴは両親の元へ向かいます。両親は、まだ最初の場所から離れておらず労せずに見つけられました。


 イヴは両親の間にある自分専用のスペースに入ります。母親はこの子ったら、と手を繋ぎ返しました。当初の約束通り、アクセサリーを見に行こうと歩き出した家族でしたが、母親は娘の足取りの変化に気がつきます。


「イヴ、トイレはガマンしないで行きなさいね」


 母親はなんでもお見通しでした。イヴは先程からもよおしており、無意識のうちに膝が内にはいっていたのでした。イヴは先に行っててと、トイレに向かいます。両親はイヴの言う通りに先にアクセサリーの展示場に向かいました。


 ……これが行き違いの始まりでした。


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