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「うわあ!」
「助けてくれ!」
あちらこちらで悲鳴が上がる。
波は次々に押し寄せ、ファイスの兵士をことごとく攫っていく。いかな大軍と言えど、人知を超える力に打ち勝つことなどできるわけはなかった。
「海の女神が救ってくださった…」
ウィルネの兵士達は、呆然としていた。
不思議なことに、ウィルネの人間は全て、泡に包み込まれ、守られていた。
女王の祈りは聞き届けられ、海の女神が手を差し伸べたのである。
何人もの兵士が、この世のものとは思えない美貌の女性を見た。
兵士達が頭を下げると、女性――海の女神は、どこか哀しげに微笑む。
その微笑みの意味を彼等が理解する前に、女神は姿を消した。
やがて、波が引き、敵は全ていなくなっていた。
ウィルネ軍は歓声を上げた。だが、
「陛下がいらっしゃらないぞ!」
「陛下!ディアナ様!いずこにおわします!?」
波が引いた戦場から、女王もまた、姿を消していた。
女王がいた場所には、槍と弓矢に彼女の愛馬、そして、ウィルネの国主に代々受け継がれてきた、金とサファイアで作られた"知恵の冠"だけが残されている。
「なんということだ…」
「我等は陛下のお命と引き換えに生き延びたのか…」
女王はすでにどこにもいないと、皆が気付いていた。
――ディアナは、自分の命と引き換えに民を救って欲しいと願った。
海の女神は願いを聞き入れ、国を救った。
そして、約定通り、女王を連れていったのであった。