闘技会6
イグルドが出ていくのを黙って見送ったカーレル様は大きく溜め息をついて私の横に座った。
「すみません、迷惑をかけたようで」
「いえ、私も油断していたので」
今後、後ろを向くときは気を付けます。
「なかなか戻ってこないので心配になりましてね。確かそんなことを言っていた気がしたので」
「そんなこと?」
「レゲル君と一度話してみたいとかなんとか……まあまさかこんなことをするとは思っていませんでしたが。あいつの突拍子もない行動はよくあることなので。とりあえずイグ……イグルドの部屋に来てみたら正解だったわけです」
イグルドって本名だったのか。というかイグってあだ名で呼ぶんだな。
「別にイグのままでも私は気にしませんけど……それより、私はどれくらい戻らなかったんですか?」
「そうですね……あのデルグという子がサルア区の期待の新人とぶつかったくらいですかね。なかなかいい勝負をしていましたよ」
えー、見たかった。でもそこまで進んだってことはだいぶ時間経ってますよね。
「どっちが……」
『主人、ご無事ですか!?』
デルグかその対戦相手、どちらが勝ったのか訊こうとしたら、私の精霊達が一気に私の方に向かって飛んできた。
捕まってたんだよね、何もされてなければいいんだけど……
『もちろん振り切ろうとしたのですが……』
『お役に立てず口惜しいです』
『あの者、主人が何をしたというのです。追いかけることなんて簡単です。今すぐにでも同じような目にあって当然』
いや、無事だったならいいんだよ。仕返しとか、考えなくていいから。必要な時はしっかり命令するから。
「勝ったのはデルグ君ですよ。おや、精霊が戻ってきたようですね」
なにもない方に目を向けていたので、カーレル様も精霊がいることに気付いたらしい。
「どれくらい動かせるようになりましたか?」
言われてみて、腕やら足やらを動かしてみる。動くけど、まだやっぱり痺れてる。立ったら転ぶなってくらいには。
「もう少し待ちましょうか。転ばれても困りますし」
「そうですね」
私は動くようになった首を動かしてまわりを見た。普通の部屋だ、イグルドの騎士団での自室らしいけど、机と私が座っているソファー、収納のためのクローゼットや棚くらいしか置かれていない殺風景な部屋だ。いや、私の宿舎もこんな感じなんだけど。
「そういえばカーレル様」
ふと疑問に思ったので、カーレル様に質問する。今は話くらいしかすることないし。
「なんですか?」
「なぜ私を補佐官に任命したんですか?私以外にも相応しい人はたくさんいるのに」
カーレル様は少し考えてから窓の外に目をやった。
「君の前の補佐官がいなくなった理由を知っていますか?」
「えっと……仕事のストレスかなにかだと聞いていますが」
「半分合っています。彼は仕事でちょっとしたミスをしまして、私は気にしていなかったのですが、彼の方がとてもその事を気にしていて、仕事に差し支えるようになりました。まあ悪循環で、彼は辞めてしまった、というわけです」
「でも半分、なんですよね。それ以外にもなにか理由が?」
「男につきものの、女性関係ですよ。君も気を付けてくださいね」
意味深そうにカーレル様は笑っている。
「その人は今何をしているんですか?」
そう訊ねると、カーレル様の顔にふっと影が落ちた。
「……去年の春に事故で亡くなりました。気晴らしに出掛けた山で雪崩に巻き込まれたそうです」
寂しそうな顔でカーレル様は言う。聞いちゃいけないことだったかな。この人はこういう方向の冗談は言わないから。
「すみません。ですが私は前の補佐官が亡くなったなんて知りませんでした。普通伝わると思うんですけど……」
しかも、私が補佐官になったときはまだ生きていたはずなのに、私はその元補佐官に一度も会ったことがない。普通一度くらいは顔を合わせると思うけど。
「そうでしたか。まあ伝えて君が気にするかもしれないと思ったので。それに君は彼とは会っていないでしょう。彼は気を病んで以来、人と会いたがりませんでしたからね。一度会わないかと言ってみたのですが……」
「いえ、いいんです。思い出させてしまって……」
カーレル様は小さく首を横に振った。
「亡くなった人を思い出すことは悲しくもありますが、必要なことです。彼がいたという大切な証拠ですから。おかげで久しぶりにあいつのことを考えられました」
そう言ってカーレル様は少し笑いました。にしてもあいつ呼び?さっきのイグルドと同じくらい仲良しだったりするんだろうか。
「で、君を補佐官に任命した理由が聞きたいんですよね」




