魔物
私はあわてふためく男たちを隠しておいたナイフで斬りかかった。
殺さず、身体の自由を奪わない程度に傷をつける。
服が裂け、血がにじむ程度に。三人ほど傷をつけることができた。
魔物は臭いに敏感で、特に血の臭いのする方にやってくる。今からここを逃げる彼らを囮に使うということだ。
やろうとしていることはほとんど彼らと同じ。非人道的な手段。
「なにしやがる!」
突然斬りつけられたことに怒り狂った男たちが仕返しにとそれぞれの持っている武器で攻撃しようとしてきた。
「お前達の相手をしてる場合じゃない」
廃墟の壁が吹き飛ぶ、風精霊が盛大に壁を破ってくれたようだ。
その隙に私は逃げる。
彼らに私を追ってくる余裕は無いだろう。私が向かっているのはまさに魔物がやって来ている方向だから。
風を操ってもらい、彼らの血の臭いを魔物の方へ流す。
魔物があちらに気をとられているうちに、せめて子供だけでも避難させなければならない。
私は子供のいる廃屋に向かって全力で走った。
最近ろくに走ってないからすぐ疲れる。休み終わったら早起きして朝走ろう。
深い傷を負わせたわけではないので、返り血はないけど、私からもある程度血の臭いはするはずだ。
私は安っぽい鍵で閉ざされたドアを叩き壊した。
怯えてびくりとした子供達は、入ってきたのが私だったのに気づいてほっとしたように息をする。
私は一番年上そうな子を縛っていた縄をナイフで切って、ナイフをその年上そうな男の子に渡した。
「これでみんなを縛ってる縄を切って、私が合図するまでここでじっとしていなさい。できるだけ背を低くして、固まっていなさい。できる?」
うんうんと黙って一斉にうなずく子供たち。彼らに外の様子を伝えるべきではない。パニックになられると困るから。
「私が絶対にここを守る。だから君達も私との約束を絶対守りなさい」
私はそうとだけ言い残して廃屋から離れる。
遠くからまた、誰かの悲鳴が聴こえた。男のものだ。
魔物の群れがそっくりそのまま血の臭いを追っていったとは考えていない。私からも、わずかだが血の臭いがする。変わり者の魔物がやって来てもおかしくはない。
案の定、数匹の魔物がこちらに近付いてきていた。
私は隠していたナイフを取り出す。
全部で四本持ってきていたんだけど、一本は血がついてるからさっき廃屋にいた男のうちの誰かにこっそり持たせて、もう一本は子供たちの縄切りように。
投げたりする戦い方は出来そうにないな。
子供たちのいる廃屋から離れた方がいいだろう。魔物には私に気を取られてもらわなくてはならない。
魔物が隠れている子供たちに気付くかどうかは運次第だ。一応風向きは調整してるけど。
近付いてきた魔物は月明かりに照らされて、いっそう不気味だ。真っ黒な何かにしか見えないから。
姿は普通より少し大型のヤギ。とはいえ口もとから覗く牙は、草食のヤギにはあり得ない特徴だ。しかもやたらでかいし。
数は……五匹、私の手元には二本のナイフと、風精霊と水精霊と氷精霊と植物精霊がいる。
火精霊は騎士団で留守番のレルチェに付いてて、光精霊は騎士団の誘導でこの場にはいない。
先に動いたのは魔物ヤギ、魔物故の単純な思考回路のお陰で避けるのは楽。でも同じ動きであっても連続でこられるときつい。
水精霊に命じて魔物をびしょ濡れにし、植物精霊のツタで縛り、それを氷精霊に凍らせてもらう。
とはいえ向こうも避けるので、完全に成功したのは二匹で、後は微妙に氷っている部分がある程度。
動ける魔物の攻撃を避けて、背後に回り胴体を切り裂いた。
苦しそうにのたうちまわる魔物を無視して、もう一匹も切り裂いた。
……浅い。
甘かった。骨に当たったらしい。刃こぼれしたら不味いのであまり無茶苦茶振り回してはいけない。
私が先ほど胴体を切り裂いた魔物は足をガクガクさせながらも立ち上がった。
まだ一匹も倒せていないようだ。
凍らせたとはいっても、まだ魔物は生きている。動き出すのも時間の問題か。




