殿下のパーティー1
今日は私がカーレル様の代理でクラヴィッテ殿下のパーティーに参加する日だ。
パーティーというのは楽しい響きのはずだが、私にとっては楽しくもなんともない。
いくら私が宰相補佐官だからといっても、一番年下で平民の出だから1人で行っても肩身狭いしつまらない。
私が平民の出だということに直接触れるような阿呆はいないが、それとなく言ってくるような嫌な人間もいる。そういう人間の方が多いかもしれない。
服装は制服で行けば何も言われないだろう。宰相様の代理で行くのだから下手な格好をしていくよりはましだ。
「今日はせっかくのパーティーなのに浮かない顔ですね」
そういうカーレル様はこのパーティーに参加したくないからと今日出張の用事を作ったのだ。カーレル様が参加してくれればいいのに。
「カーレル様が参加すればよかったのでは?」
「僕は用事があるから参加できないよ」
悪びれもせずしゃあしゃあとカーレル様は言った。
「まあ君にとってもいい経験になるさ」
「パーティーならカーレル様と行っただけで十分です」
「そんなこと言わずに、どうしてもダメだったら気分が悪いって言って帰ってこればいいわけだし」
「それで済めばいいですけど、神官も来るでしょうから確実に仮病だってばれますよ。治されるのがオチです」
神官の第一条件は普通の精霊とは異なる神精霊と契約していることだ。神精霊は他の精霊にはない癒しの力を持った精霊で、神精霊と契約したら他の精霊とは契約できない。逆に普通の精霊と契約している場合は神精霊と契約はできない。
なので神官は医者も兼ねた地位なのだ。仮病はすぐばれる。
「あ、そっか。殿下が開催するようなパーティーだし神官は来てるか。レゲル君、絶対ケガとかしないように、神官達に借りを作らないでくれよ」
そういえばカーレル様は神官達……というか神殿の人のことあんまりよく思ってないんだっけ。というかさらにプレッシャーかけられた。
「まあそれは気を付けますよ」
「頼んだよ。このパーティーでは仕事忘れていいから変なことには首を突っ込まないように」
最後は念押しするように言われた。宰相様の代理ってとこだけで仕事って気がしますが、気のせいだと思いたい。
「ではそろそろ行きますか、馬車の準備が整った頃なので」
カーレル様は時計を見て言った。
「君もそろそろ用意した方がいいと思うよ。ガーデンパーティーだと聞いている」
「正午からなのでまだ時間はあります」
「ならいいのですが、開始の少し前までには会場にいた方がいいですよ。いろいろ面倒ですから」
「面倒?」
いつもカーレル様とパーティーには参加してたからわからない。
「行けばわかりますよ」
そう言うだけ言ってカーレル様は出ていってしまった。
私も用意をして早めに行こう。面倒事は嫌だから。
一応パーティー前に無事到着し、パーティーの受付の人に招待状を見せて会場に入った。もうすでに何人かの招待客が来ており、そこかしこで談笑している。
私がやって来たのを見た客は……特に年頃の娘を連れた父親か夫婦は話を切り上げ私の方に寄ってきた。
これだからパーティーには行きたくないんだ、特に1人で。宰相様がいればそう寄ってくる人は少ないし、いても宰相様が適当に追い払ってくれる。
私のところに寄ってくる理由は大抵が養子に来ないかとか娘をつれている場合婿入りしないかと誘うためだ。
宰相補佐官というのは宰相様の次に力があると言ってもいいくらいの地位だ。
かつ若く未婚なので身内に入れたいと思う貴族は多い。平民の出なので貴族になりたいだろうなんて思われているに違いない。
私は別に貴族になりたいなんて思っていないのだが。貴族は貴族でめんどくさい。
で、気付いたら貴族に囲まれていた。
殿下主催のパーティーなのでそれなりの貴族が呼ばれているようで身なりはとても良い。制服で来た私は浮いてしまっているかもしれない。
「カーレル様は本日はどちらに?」
「ザンテ区に出張に行かれました。私はその代理です」
「ああ、ザンテ区ですか。あそこは自然豊かでいいですよ。家の別荘もあそこに……」
家自慢が始まってしまいそうなので、話を切りたいと思うとあっちから別の話が降ってくる。
「娘のネイリューシャです。今年16になりまして。ネイ、ご挨拶しなさい」
そう強引に娘を紹介してくる父親もいる。王宮に娘を連れて行くことはそうそう無いので、私に紹介なんてできないからだろう。
16歳なら確かに貴族の娘が結婚する時期だ。私は18なのでとっくに結婚適正期である。男として。女としてなら少し遅いくらいだ。平民はもっと上の歳でもおかしくないが。
こういうパーティーは貴族の娘の婿探しも兼ねているのだ。所々にいる貴族の息子がこちらをちらちら見ている。見るとほとんどの貴族の令嬢がここに集まっている。あっちの普通の貴族の息子のとこに行ってほしい。どちらにせよ私は養子になる気は無いし、ましてや婿入りなんて無理だ。
一応挨拶されたら返事はするけど。
「これは私の娘の……」
「我が家の庭には今バラがたくさん……」
「レゲル殿は休日は……」
いろんな人が違う話をあちこちで展開し始め訳がわからない。
なんとか適当に流していると、クラヴィッテ殿下がやって来たようで、私のまわりにいる貴族もそちらに目を向けた。
が、彼らが殿下に向ける目は私とは異なる。殿下は物凄い高値の華なので娘を紹介しようとかは畏れ多くてできないだろう。
殿下が登場したので、そろそろパーティーが始まるだろう。今回のパーティーは殿下の従騎士クレイの誕生日兼婚約発表だそう。
私としてはどうでもいいのだけれど。付き合いとはあれば便利だが維持するのはめんどくさいものだ。
殿下は招待客の揃いぐあいを確かめたのか、辺りを見回して咳払いをして言った。
「本日は我が従騎士クレイの婚約発表パーティーに参加していただき、ありがとうございます。料理はガーデンパーティーなので立食式ですが、どうぞごゆるりとお過ごしください。じき楽団が着きますのでそこではダンスなども楽しめます」
招待客が歓声をあげた。料理は楽しみだけど……ダンスは嫌だ。殿下がダンスと言ったとたんちらちら私を見る娘さんが何人かいる。上手く断れるかなあ。何か飲みながらダンスを眺めるだけで十分だよ。
そんなことを考えていると、今日の主役クレイの婚約者の発表になっていた。
クレイの婚約者は綺麗な人だった。美形に美形がくっついて美形が産まれ、その美形が……と続いていくのかねぇ。だから上の身分の人は美形が多くなるのか。と私は妙なところで納得していた。
クレイの話が終わって、殿下が合図すると、次々に料理が運ばれてきた。今回のパーティーは立食式なので、料理は全て串に刺さっているか手でつまんで食べられる料理ばかりだ。別のテーブルには飲み物が乗っている。お酒はメイドが用意してくれるらしい。仕事って気がしてるから飲まないけど。
今はパーティーというよりは食事会のようだ。楽団が到着したらやっとパーティーらしくなるだろう。
私のまわりにはどっから湧いてくるんだと聞きたくなるくらい人が多い。
遠くに騎士団長のホラスが見える、所々に私が知っている人たちもいるようで、私は行くならそっちに行きたい。
その時私は会場にデルグがいることに気付いた。なぜかその横にヘクもいる。デルグは貴族だからいても不思議には思わないが、なぜ平民出のヘクがいるのだろう。ヘクは横にいるデルグに借りたのか、少しぶかぶかの服を着ている。
あちらに行きたいけれど人が邪魔で行けない。
彼らも私がここにいるのがわかったのか、時々こちらに目を向けている。
よく考えたら彼らここに知り合いがほとんどいなかった。新人だし。何でいるんだろ。
気になるのでなんとか彼らの方に行こうとしたら精霊がこの人たちを気絶させようかなど物騒な提案をしてきた。
確かに手っ取り早いけど後々面倒だからやめてくれ。
私があちらに行こうとしているのがようやく伝わったのか、何人か道を開けてくれた。残された人達が残念そうに私の方を見ているのを感じたけれど、私は振り返らずデルグとヘクの方に向かった。
彼らも私が近付いてきたのに気付いて向こうから来てくれた。
やっぱり知り合いと一緒にいる方が安心する。