視察3
私とホラスは一緒に騎士団の廊下を歩き、しばらくして訓練場に到着した。
訓練場にはトラックと鉄棒があり、騎士達がトラックの中で剣術の特訓をしていた。
私の姿を見つけた騎士の動きが少し鈍くなった。「そこっ!今は剣に集中しろっ!」
言われた騎士は慌てて動き始めた。だがまだぎこちない。他の何人かの騎士も慌てて動きを直した。
「この程度で動揺するようではいけませんね」
ホラスは騎士達を見て言った。彼は昔は素晴らしい騎士だったとか。今の体型等を見ると信じられないが。
「彼らは今年の新人ですか?」
「ええ、なのであなたのことを知らない者がいるのでしょう」
新人騎士はここかここの次に大きいもう一ヶ所の騎士団で訓練をしてから地方に派遣されるか王都と王宮警備になるかを決める。王都と王宮警備の方が地方よりも安全なのでそちらの方が人気だ。王族の従騎士になれるのはこっちだけだし。
「今年は誰か期待できそうな新人はいますか?」
「デルグ……あの一列目の右から3番目の新人でしょうか。あの剣術の名門レグレージェ家出身で剣の鋭さでいけば彼が一番かと」
あの茶髪の新人騎士だろう。確かに新人騎士の中ではよい太刀筋だが、どこか隙がある。
「一般枠の新人でできる者は?」
ホラスは少し新人騎士の方を見て答えた。
「見にくいですが、2列目の左端のヘクという者でしょうか。魔物相手に戦っていたというだけあってなかなかの太刀筋でしょう?」
よくは見えないが、彼が言うからには良い太刀筋なのだろう。
「やめっ!」
指導している騎士の声が響き、新人騎士達が一斉に動きを止めた。
「終わったのですか?」
「いえ、まだ続くはずですよ」
どうやら休憩に入ったようだ。こちらに指導していた騎士がやって来た。
「これはレゲル殿、どうですか今年の新人は?」
誰だろう、どこかで会ったことはあるのだが名前が出てこない。だが彼は私が彼のことを知っているものとしていそうだ。
「先程ホラス殿に聞いたのですが、デルグとヘクという者が良い腕だとか」
「ああ、あの2人ですか。おーい、デルグ、ヘクこっちに来い!」
座って休んでいた2人は上官の呼ぶ声にはっと顔を上げ立ち上がりこちらに向かって走ってきた。
デルグは短い茶髪の普通だがきつい顔立ちの少年だ。少し生意気そうに見える。
ヘクは薄い金髪を後ろで一つに括った小柄な少年だ。
「こちらの方は……」
「第二宰相補佐官のレゲル様でしょう?精霊使の」
デルグが見た感じ通り、生意気そうに答えた。
「こらっ!レゲル殿はお前より目上の方だぞっ!」
「精霊使は精霊の力を借りるだけでしょう?僕は自分の力で……痛っ!」
私の精霊がデルグに攻撃を加えたようだ。自分の主人が馬鹿にされるのは許せないのだろう。私も少しすっきりしたから放っておいた。
「要は私は自分の力では戦えないと、そう取っていいのですよね?」
「精霊使は精霊の力がないと……痛っ!またかよ」
また私の精霊が彼に攻撃したようだ。
「自分の精霊くらい制御し……っ」
彼が最後まで言い切る前にまた精霊に攻撃されている。
「こらっ!デルグ!いくらお前でもそこまで……」
「構いませんよ、では剣で勝負しますか?」
ホラスがぎょっと私を見た。まあ精霊使で筋肉も無いように見える私が今年一番と言われる騎士と剣の勝負をさせてもいいものか考えているのだろう。
「精霊だけだなんて言われないよう、剣の特訓もしましたから。それに私自身が弱くては意味がない」
おずおずと今まで口を開かなかったヘクが言った。
「いいんですか?」
「彼は私が精霊だけで実際の腕っぷしはよくないと思っているようなので、私も舐められたものですね。では本当にやりますか?」
最後だけは確かめるようにデルグに尋ねた。
「やってやるよ!」
彼は大分短気なようだ。腕はよくてもこれでは上には上がりづらいだろう。あとなまじ家柄が良いだけに結構傲慢に育ったようだ。こういうのは教育ということで多少きつく指導してやってもいいだろう。
「ヘクだったっけ、君の木刀を借りてもいいか?」
「はっ、はいっ!どうぞ」
ヘクは持っている木刀を渡してくれた。
「おいっ、お前らそこをどけっ!レゲル殿とデルグが決闘するからそこをどけっ!滅多に見えるもんじゃないんだから目に焼き付けとけ!」
指導役の騎士がトラックの中で休んでいる新人騎士に向けて叫んだ。でかい声だ、鼓膜がびりびりする。
それを聞いた新人騎士は急いで立ち上がりトラックの外に出た。
退いてくれなくてもよかったんだが。まあわざわざ退かしてくれたんだからそこでやるべきだろう。
私はちょっと呆然とした顔のデルグを置いて堂々とトラックの方に歩いていった。
少しして慌ててデルグが小走りで走ってきた。
「僕を置いてくなよ!」
「置いていってなんていませんよ、あなたが付いてくるのが遅いんでしょう」
そう言っているうちにトラックに到着した。後ろからホラスや騎士が付いてきている。
「じゃあとっとと始めますか。準備はできてますよね」
「できてるよ!」
私は黙って頷いた。精霊達が私の方を見て少し心配そうにしている。手を出していいものか解らないようだ。
『主人……』
手助けが欲しければ頼むから大丈夫だ。取り敢えずは自分の力だけでやる。
決闘のルールは簡単で相手の首、頭、等の急所に攻撃するだけだ。本来なら鎧を着て行うので今回は先に相手にどこでもいいから木刀を当てた方が勝ちというなんとも言えないルールとなった。
トラックの外側に新人騎士が並んでいる。新人っぽくない人も何人かいる。こういうときの行動は早いな。
「では、礼っ!」
ルールは大分変更されているが、決闘の礼にならって決闘を始める。
「始めっ!」
騎士がそう言った瞬間、デルグが木刀を振った。私はなんとかそれを受け止め、体勢を立て直した。さすがホラスが誉めるだけあって一発目から鋭い。
「この程度ですか?」
私はあえて笑顔でデルグに言った。こういうタイプの人間はこう挑発すると動きに隙ができるのだ。
彼はおそらく私のことを舐めきっているのだろう。私の見た目は細く、筋肉があるようには見えないと思われがちだがないわけではない。上手く使えば彼の一撃くらい結構簡単に受け止められる。
「ちっ」
次は連打が飛んできた。取り敢えず当てればいいと思っているのか、狙いはいいが少し雑だ。
連打を流しているうちに、だんだん彼のクセが読めてきた。
そのクセの隙に一発入れたが、止められた。さすがにこれだけではだめか。
私はこういうのは早く終わらせたい。彼とはスタミナの差が大きい。男と女であるという差と、彼のように日々走ったり筋トレしたりしていない差は大きい。長期戦に持ち込まれたら負けるだろう。
そんなことを考えていると、突然デルグの動きが鈍くなった。
私は何も考えず彼に木刀を突き付けた。
「勝者レゲル殿!」
騎士が高らかに宣言した。
木刀を突きつけられ座り込んでしまった彼はこう言った。
「おっ、お前精霊使ったろ!」
確かに先ほどの彼の動きはおかしかった。精霊が関係しているだろう。
「私の精霊ではありません、私に寄ってきた精霊がやったことです」
「はあ?契約した精霊でないと力は借りれないんじゃないのか?」
どうやら彼は知らないようだ。寄ってきた精霊の中に時々契約をしていないのに助けてくれる精霊がいるのだ。契約をしていないから私から命令できないので制御はできない。すなわち偶然である。
「契約していない精霊が勝手に手伝ってくれたんです」
「そんなことがあるのか!?」
「こんなことはめったにありませんが」
「ズルくないかそれ?」
「こういう体質なんですから仕方ないでしょう」
「でもよ……っ!」
騎士が彼の頭を叩いた。どんな強さで叩いたのか、彼は頭を抱えてうずくまってしまった。
「失礼だろう!何を言っても負けは負けだ」
そう言われても彼はまだ不服そうである。
「でも生まれつき……」
「あなただって剣の名家の生まれでしょう。だから小さい頃から剣の練習をしていた。私はそういう境遇も生まれつきだと考えています」
私はさらに続けました。
「私だって望んでこういう体質に生まれたわけじゃない。あなたも望んで剣の名家に生まれたわけじゃないでしょう?」
「それはそうだけどさ……」
そう言いかけたところで彼はまた騎士に叩かれた。
「申し訳ありません。どうぞ視察にお戻りください。時間をとらせてしまいました」
そう言って騎士はデルグの頭を無理矢理下げさせ、自分も頭を下げて謝りました。別にそんなに誤ってもらわなくてもいいんですけどね。
「いいですよ。久しぶりに身体を動かせました」
「本当に申し訳ない」
まあ来年くらいには私はもう剣術では彼に勝てなくなっているだろう。
彼はまだ成長中で、今より筋肉がついて動きも良くなり、新たな技術も身につけるだろうから。
そんなこんなでいろいろあったが今回の私の視察は終わった。
まあ騎士団の裏金やら裏帳簿やらその他いくつか怪しいものを見つけたので今回の視察は上々だろう。
騎士団の何人かも失脚させた。これで少しは騎士団も綺麗になったかな。