視察2
アルと別れ、しばらく舗装された王宮の壁沿いの道を歩くとすぐに騎士団本部が見えてきた。
近づくにつれ、騎士団本部の外の訓練場から聞こえる掛け声が大きくなってきた。
騎士団本部の正面の入り口に立っている騎士に声をかけ、騎士団長のところまで案内してもらうことにした。
騎士団の主な仕事は各地方の警備、魔物退治、王宮の警備などだ。
これらの仕事を実際に見て、不備や不足がないかを確かめるのが視察の目的だ。
騎士団長や騎士団のお偉いさん達と一緒に見て回っては騎士団のいつもの仕事ぶりが確かめられない気がするが、慣例のようになってしまっていて私はまだ口出しできない。
私は案内された団長室の扉をノックし、中に入った。
「ようこそいらっしゃいました。こちらに掛けて下さい。何か飲みますか?」
騎士団長、ホラス・レイグリーは騎士とは思えない恰幅の良い体を揺らしながら尋ねてきた。
「いえ、結構です。それより最近の騎士団の様子を聞かせて頂けますか?」
私は勧められたソファーに座りながら単刀直入に用件だけを言った。
ホラスも私がソファーに座ったのを見てどっかりとソファーに腰を下ろした。
「特に変わったことはありませんが、来年度の入団試験の募集定員を減らそうかと幹部で話し合っているところです」
「騎士は多いに越したことはありません。ここに来る前に少し騎士団の報告書を読んできましたが、退職、又は殉職した騎士は毎年ほぼ一定、今年は例年より少ないようですが何が起こるか解らないのが軍備、今年だけのことで決めるべきではありません。もう何年か様子を見て決定すべきかと」
ホラスは頬をポリポリと掻きながら言った。
「だが騎士団の予算は毎年ぎりぎりだ。給与を減給するしかなくなってしまう」
「そうなりそうであれば私におっしゃってください、カーレル様に進言します」
ホラスは渋々頷いた。私はまだ若く、威厳とかそういうものがほとんど見られないから舐められたらおしまいだ。少し強気でいかないと相手に押されてしまう。
「……解りました。ではここでの話はここまでとして、あとは騎士団の様子を見ながら話しましょう」
「よろしくお願いします」
私は立ち上がりながら言った。
「先程のことに関して、始めに経理室を見せていただけますか?」
「えっ、ええ、かまいませんが」
ホラスはゆっくりと立ち上がって扉まで歩いていった。私もそのあとに続いて団長室から出た。
経理室は団長室のすぐそばにあり、簡素な木の扉のプレートに経理室と書かれている。
「ここが経理室です、狭く散らかっているので足元に注意してください」
そう言いながらホラスは中に入った。狭いならこの人が入ったら余計狭くなる気がする。
あとに続いて経理室に入ると、言われた通り書類が散らばっていた。大事なお金を管理してるとこの書類が散らばっていていいのか疑問だ。ここで言い出すのはなんとなく嫌な予感がするから報告書に書いておこう。
中で仕事をしていた人達が一斉に入ってきた私を見た。
「ここが経理室ですが……予算の報告はしてありますよね?」
「なので普段の仕事風景を見せていただこうかと……書類だけでは解らないものがありますから」
表面上の目的はこれだが、本当の目的は裏帳簿探しだ。
ここに来る前日、カーレル様に言われたのだ。騎士団の金の動きがおかしい、と。私も書類を読んで思っていたので調べるちょうどよい機会だと、精霊達にはだいたいの予定を伝えてある。
精霊は力を使うことでしか物に干渉が出来ないので、扉や壁などを無視して動ける。それを利用して隠し扉や隠し金庫等の怪しいものを探してもらう。
経理士の中には精霊を連れている者もいるから、精霊に押さえてもらう。精霊同士なら干渉でき、私の精霊は寄ってきた中で最も力の強い精霊を選んでいるので、経理士の選んでいない精霊くらい押さえられる。
私は精霊達に合図を送り、仕事風景を見ながら精霊達からの報告を待った。
精霊は人間と姿は全く同じで、男女どちらかの姿をしている。人間と違うのは半透明であることと服装くらいだ。
年格好は老若男女様々で、私が契約した精霊の中には童子姿の精霊が2体、若者姿の精霊が3体、あと1体は老女の姿をしている。
精霊との契約はとても単純で、精霊に名前を教えてもらい、教えてもらった名前でその精霊を呼べば契約は成立する。
騎士団の経理士の仕事風景はごく普通だ。私の精霊は壁に入り込んだりして探してくれている。
『主人、あそこの棚の下から2番目の引き出し、他とちょっと違います』
『あそこの金庫、二重構造になってて、奥にさらにお金が入ってました』
私は彼らに礼を言って、さりげない様子を装い適当な経理士に尋ねた。
「あそこの棚を見せていただけますか?」
私が指したのは精霊が教えてくれた棚とは違う棚だ。
見られてはいけない棚ではないからと経理士はみんな頷いた。
私は一通り引き出しを開け、中を見た。普通の書類しかなさそうだ。
私はついでのように横の、問題の棚を調べた。
横の棚を調べるのには問題がないのだ、こちらの棚を調べるのに許可を得る必要は無いだろう。
私は問題の引き出しを開けた。精霊に今の経理士の表情を教えてもらった。何人か表情が変化したらしい。当たりだ。
中は一見、他と変わらない。他の引き出しと同じように書類を全て取り出し、パラパラとめくった。私は書類は見ず、引き出しに注目した。
ぱっと見ては解らない、木の目に沿った他とは若干異なる筋が見えた。
私は書類を戻す振りをして手でそこを押した。
するとぱかりと板が浮き上がった。
私はその板を取って、中の紙を取り出した。
「これは何ですか?見たところ意味の無い数字の羅列に見えますが……」
1人の経理士が慌てて言った。
「それはあれです、賭けの予想」
「……なぜそんなものが隠されるように入っているんです?これは預からせていただきます」
私はしまいかけた書類をもう一度取り出して言った。
「これが何か、正直に言っていただけませんか?言っていただければこの処理は表に出さず行いますが、教えていただかないとこれを公にしなければいけません。私としてもそれは避けたい。騎士団の評価が落ちますから」
「そっ……それは……」
「私の予想は暗号化された裏帳簿ですが、違いますか?このまま隠し続けているうちにこれの解読が終わり、これが裏帳簿であれば責任者だけでは済みませんよ」
何人かが項垂れたのが見えた。彼らがこれをやっていた張本人だろう。
「これではいろいろ調べる必要がありそうですね。金庫、開けていただけますか?」
1人の若い経理士が立ち上がり、金庫を開けた。
「もう……ご存知なんですよね」
「何をです?」
若い経理士は私の精霊が誰かの精霊を押さえている方を指差して言った。
「あそこで私の精霊が身動きが取れなくなっています。あなたの精霊が押さえているのではないですか?あなたは精霊を使い、ここを一通り調べさせたのでしょう?」
「まあ……私に隠し事はしにくいですよ」
若い経理士はそうとだけ言うと静かに席に戻っていってしまった。
「さて……この件の処理はホラス殿に任せます。この件の処理についてまとめた書類を明後日までにカーレル様に提出してください」
私は金庫の中は見ずに立ち上がり、若い経理士の精霊を離すように私の精霊に伝えた。ついでに他の精霊も離させた。
何人かの経理士がほっとした顔をして何もない空間に手を伸ばした。
「ここの処理はホラス殿に任せるとして、騎士の訓練の様子を見せていただけますか?」
ホラスは半ば呆然としていたが、私の声に頷いた。
私は経理士達の方は見ず、経理室を出た。