訪問者6
案内された屋敷の中は思っていたよりも豪華だった。
よくわからないが芸術的なのであろう絵、ふかふかの絨毯、高そうなレースのカーテン、その他もろもろ。とにかく高級感溢れるお屋敷だ。
「まあ、レゲル君、来てくださったの?」
調度品を見すぎて奥様がいたのに気付かなかった。
私は慌てて礼をして挨拶をした。
「突然申し訳ありません。珍しいものばかりで……」
挨拶とかなんとかいろいろすっ飛んでる気がする。
貴族の家に正式に招待されたことってなかったし、第一庶民の私にはもういろいろ重い。王宮の調度品には慣れたけどまだ距離をとって歩いてる。
「いいのよ、気にしないで。今日はお客様なのですからゆっくりしていって」
こんなとこでゆっくりなんてできません。ソファーひとつとってもシワとかつけたらダメっぽいのに。
「夕食の用意を頼みます。私は少しレゲル君と話があるので」
カーレル様は部屋の隅に控えていたメイドにそう伝えた。
カーレル様の書斎に通された私は、カーレル様に進められるがまま椅子に座った。
壁のほとんどが本棚と本で埋め尽くされていて本が迫ってくる感じだ。
「今日はティグルスが迷惑をかけたね」
カーレル様は開口一番こう言った。
「いえ……大人しくしてくれていましたし、特に支障はきたしませんでした」
「来てみたいといって聞かなくてね、将来の仕事のこともあるし社会勉強にもなるかと思って」
「ティグルス君は一人っ子なんですか?」
「……あの子が産まれたときに医者に二人目は無理だと言われていてね。まあ貴族は一人っ子の方がいいのかもしれないけど」
確かに跡継ぎとか多いと問題になりやすいもんな。殿下とかその一例みたいなものだし。
「でもティグルスは大体将来が決まってるんだよ」
「えっ?決まってるってどういうことです?」
「兄上のとこに養子に行って、次期領主になる予定なんだ。兄上には女の子ばかりで男の子が一人もいないんだよ。もちろん女性が領主になることもまれにあるけど、タルシューグ家となるとそれも難しくてね、本来なら私がなるべきなんだが……この立場を任せられそうな者はいないし、なにより君のこともあるしね」
「私のこと?何かあったのですか?」
一瞬女であることを知られたのかと思ったけど、それはないか。
トイレはもちろん、風呂も精霊院にいたころから使いたくもないが男用を使ってたし、地声低いし、女と思えないほど絶壁だし。
主に光精霊と水精霊の協力のもと、頑張っていろいろ誤魔化してきた。
「君は一部官僚から嫌われているからね、私がいなくなったらきっと面倒事に巻き込まれるよ」
……それは今もなんですけど、そう思ったけど口には出さないでおく。
「君はまだ王宮をよくはわかっていない。仕方のないことなんだけどね。権力と金をかけた騙し合いの場所、それが王宮。わかってると思うけど王宮の闇は深い。私も全て把握しきれないほどに」
カーレル様は私のことを心配してくれたいた。嬉しいけど、騙していることが後ろめたくなった。
私は本来はここにいれない存在だ。そんな私を心配してくれているカーレル様に申し訳ない。
「まあ、そのうち見えてくるよ。君がそこまで成長出来たら私も安心して隠居できる」
隠居って……まだカーレル様は30代ですよね、それまでかかると思われているのか、それとも本当に隠居したいのかわからない。まあしばらくはないってことでいいですよね。
「カーレル様は隠居したいんですか?」
「さあね、私はこの仕事が割と気に入っているからしばらくはしないよ」
「気に入っているんですか?」
楽しいかな?いつかそう思えるようになれる……というかなってしまうんだろうか。
「他の仕事よりはいいよ。私は肉体労働に向いていないしね」
カーレル様細いもんな。確かに紙とペンより重いものを持てなさそう。でも武術は得意らしい。
「ところで、先日のパーティーの件ですが、騎士団や調査団からの報告書によるとゲーテの仕業だと書かれていました。その場にいた君としてはどう思いますか?」
報告書はあらかた目を通したが、特に問題はなかった。被害も大きくなかったから嘘の報告をする必要もないからだろう。
「いえ、特に変わったところはありませんでしたよ」
「被害も小さいものでしたし、報告書に嘘は無いでしょうが、このままゲーテの仕業だと断定してもよいものでしょうか?確実な証拠はまだ見つかっていないのでしょう」
「ですがゲーテの紋章が刻印されたビンが見付かっていますよ」
確かにあれはゲーテの紋章だった。他の人もそう言ってたし、間違いではないと思うけど。
「紋章くらいならいくらでも偽装できます。それに他にも不可解な点がいくつかありますし」
「不可解な点ですか?」
「魔物を誘き寄せた方法もそうですが、どのようにして魔物をアルペ内に入れたのか、もしゲーテの仕業でないのなら誰が何のためにこんなことをしたのか」
「ラベルは囮で、ゲーテを装った何者かによる犯行ということですか?」
確かにその可能性は考えていなかった。ラベルに目を奪われていればこうなってしまうのだろう。
「まあ私の勝手な推測ですが、その可能性もあるということです。王族を嫌っているのはなにもゲーテだけではありませんからね」
言われてみれば、あの場にいた王族を殺すことは一部の貴族からしてみれば好都合でもある。王宮で起こることは必ず誰かの利益にもなれば不利益にもなるのだ。
「情報を持っていたであろうメイドは森の中で自殺してしまっていましたから。しばらくはなにも得られないでしょうね。まあ思わぬところで手がかりが見つかるかもしれませんが」
ちょうどその時、書斎の扉がノックされて、執事っぽい人が食事の用意ができたと教えてくれたので、その話題は一度切り上げられた。




