訪問者3
しばらくは特になんの問題もなく仕事は進んだ。
ティグルスも大人しくソファーに座って仕事風景を眺めてくれている。
にしても見れば見るほど女の子っぽくて可愛い。
化粧も軽くしかしてないからこの顔がほぼ素顔みたいなものなんだろうな。女なのに男の子より女らしくない私って……
とりあえず今日までの書類を片付けて机の横の箱に放り込む。
さっきまた新しい書類を持って騎士団の人が入ってきてた。
よくは見てないけど箱いっぱい書類が入っていた気がする。
ちなみに昨日の騒動の報告書は今カーレル様が処理している。
死人が誰もでなかったからこともあり、国としてはあまり表沙汰にしたくないらしい。
実際、今回のことはほとんど調査団と騎士団が処理してカーレル様と私がその報告書を受け取っているだけだ。
書類を読んでいると、私の制服のポケットに入っていたレルチェが出てきて肩に乗ってきた。
退屈なのか私の髪を噛んで引っ張っている。気を引こうとしているのかだんだん引っ張る力が強くなってきた。
最近甘えたい盛りなのか、こうしてよく私の気を引こうとちょっかいをかけてくる。
「それはなに?」
私の肩に乗っているレルチェが目に入ったようで、ティグルスが立ち上がった。
近寄ってきたティグルスに向かってレルチェは歯を見せて威嚇する。
「ドラゴン?なんでドラゴンがいる?」
ティグルスはレルチェが威嚇しているのを完全に無視して寄ってきた。
「ドラゴンは警戒心の強い生き物です。下手にさわると噛まれますよ」
私は椅子に座っているから動けない。レルチェがいない方から振り向いてティグルスの方を見たら、もう結構近くにいた。噛まれても私はなんの責任も負いませんよ。
「痛っ!」
……案の定、噛まれた。だからさわらない方がいいって言ったのに。
まだ雛だから噛む力はそう強くないけど、歯は鋭いから痛いだろうな。……そういえば殿下も噛まれてたな。あの時は殿下が餌付けしたいって言ったから木の実渡したけど、なんか……ティグルスには渡したくない。
私の一番下の弟と同じくらいなのに、なんだろうこの差は。
弟の方が絶対聞き分けがいい。
「噛まれると言ったのに……」
「別にイタズラしようとしたわけじゃない。撫でようとしただけだ」
「ドラゴンは警戒心の強い生き物、知らない人に触れられるのを嫌います。それにこの子はまだ雛でデリケートな時期なんです。ストレスになるようなことはしないでください」
今はまだなにもなっていないが、なんの前触れもなくパタリと死んでしまうのがドラゴンの雛だと本に書いてあった。
これでも暇な時間を見つけてドラゴン育成に関する本は読んでいる。少しは詳しくなったはずだ。
私の話を聞いているのかいないのか、ティグルスは父親の方に行ってレルチェに噛まれた指を見せていた。
赤く濡れてるから血が出たんだろうな。でも私は忠告したから悪くない。
カーレル様にちゃちゃっと傷を手当てしてもらい、ティグルスは懲りずにレルチェの方にやってきた。
再び近寄ってきたティグルスを、レルチェはまた威嚇する。
「どうやったら私に慣れてくれるんだ?」
威嚇されながらティグルスは尋ねてきた。
正直教えたくない。上司の息子に失礼だとは思うが、こんなのにレルチェを慣れさせてはいけない、というか慣れさせたくない。
「そう簡単には慣れません。私はレルチェの親代わりだからなつかれますが」
それにドラゴンには鋭いとこがあって、親や主人の嫌う相手は同じく嫌う傾向があるらしい。
「なぜレゲルがドラゴンを持っているんだ?」
「ええと……」
カーレル様に貰ったって言ったら絶対なんでくれなかったんだって言うよなあ。
「私がレゲル君に渡しました」
私が言うべきか迷っているとカーレル様が言ってくれた。
「なぜ私にくださらなかったのですか?」
思った通り、ティグルスはカーレル様に言った。
「もちろん一度考えた、だがね、ティグルス思い出してごらん。お前が欲しいと言って飼っているフィンだが、今は誰が世話をしている?」
ああ、典型的なペット事情……そんなことがあった、というか、現にそうなのか。
「メアリーがやってくれている。でも父上、ドラゴンなんて飼ってる人いないよ。しっかり育てるのに」
「犬もドラゴンも立派な生き物だ。そこに世話の必要性の違いはない。どちらも同じように世話できなければならない」
カーレル様がいいことを言っている。初めてこの人がまともな父親に見えたよ。
「……なら、フィンの世話もすればいいのですか?」
「言われてするのでは意味がない。自分で気付くべきことだ。だが、ティグルス、気付けたことは良かったと思いなさい」
言ってることは素晴らしいんだけど……こういう風に育ててなぜティグルスはこんなことになっているんだろう。犬の世話よりティグルスの女装の方が重要なことな気がする。




