訪問者2
見かったカーレル様は廊下で見覚えのない女性と話をしていた。
ここの廊下から見える東殿の中庭の景色は仕事に疲れた人間の癒しになっている場所だ。
「あら、どなた?」
女性が私に気付いて声をかけてきた。カーレル様も振り向く。
「レゲル君、どうかしましたか?」
「あら、この方が補佐官のレゲル君?あなたのことはよく聞いていたの。お会いできて嬉しいわ」
「そちらのお方は……?」
私の問いにカーレル様は笑顔で答えた。
「まだ紹介していなかったね。彼女は私の妻だよ」
「ナルシア・タルシューグです」
カーレル様の奥様……ナルシア様は優雅なしぐさで会釈した。
「レゲル・ゲナルダです。カーレル宰相様の補佐官を務めさせていただいております」
「そうかしこまらないでくださいな。ところで、この人は真面目にお仕事してる?迷惑はかけてないわよね」
どう答えるべきだろう。時々迷惑だけどなんだかんだで私の分も仕事してくれるからな。
「はい。いつもよくしていただいております」
「ならいいのだけど……この人は自由人だから振り回されてないか心配なのよ」
ナルシア様は心配そうな目で私を見る。大丈夫です。まだ。
「ナルシア、私は真面目に仕事をしているよ」
「まあいいわ。仕事に戻らなきゃいけないものね。レゲル君、いつでもうちに来ていいわよ」
ナルシア様は出口の方に向かって歩いていってしまった。何度も来たことがあるのか足取りはしっかりしている。
ナルシア様が廊下の角を曲がって見えなくなったので、私はカーレル様に仕事に戻ろうと促した。
「なぜ奥様がここに?」
私はそこで部屋に置いてきたカーレル様の娘さんのことを思い出した。
「王妃様に呼ばれたらしいんだ。まあ昨日のことだろうけど……」
「王妃様に?昨日のことでですか」
「ナルシアと王妃様はいとこなんだ。よく茶会に招かれる」
ということはカーレル様って王家の親戚なんだ。知らなかった。
「それだけ王妃様と親しいのに昨日のパーティーにいらっしゃいませんでしたよね。なにか用事でもあったのですか?」
昨日のパーティーでナルシア様っぽい女性は見かけなかった。カーレル様も普通に仕事があって来ていなかった。
「いや……行ったんだが行く途中で気分が悪くなったから到着して離宮で休んでいたらしいんだ」
ということはあの騒動の時はあの場にいなかったんですね。
部屋の扉が見えてきたところで、私はわざわざカーレル様を迎えに行った理由を思い出した。
「そういえばカーレル様のお嬢さん、なぜ部屋にいるのですか?」
昨日のことは今調査団が発足して調べているところだ。だからそれよりカーレル様のお嬢さん。ナルシア様が向かわれた先って玄関ホールですよね。娘さんを迎えに行かないんですか?
「ん?ああ、あの子は娘ではないよ」
「えっ?でもカーレル様のことを父上って呼んでましたよ」
「後で説明するよ。それに今日は私の仕事風景を見たいって駄々をこねられたから連れてきたんだ」
私はカーレル様の話を聞きながら扉を開けた。
「父上っ!」
女の子が私の椅子から立ち上がってこちらを見た。
「ティグルス、大人しくしていたか?」
カーレル様は女の子を女の子らしくない名前で呼んだ。
娘じゃないって言ってたけど……まさか、この子男の子?
めちゃくちゃ可愛いのに。私よりも断然女の子らしくて可愛いのに……
「このお嬢さんは……」
「私の息子だよ」
やっぱり男の子!?嘘だと信じたい。
「なぜ女の子の格好をしてるんですか!?」
私も人のことは言えないけど、理由があってやってるのに。
「こっちの方が可愛いだろう?」
腰に手をあてながら女の子……いや、男の子は言った。
「確かに可愛いですけど……なぜ」
「私は可愛いものが好きなのだ。皆可愛いものは好きだろう」
「だからといってわざわざ身にまとわなくてもいいのでは?」
確かに似合ってる。声変わりとかのまだだろうから声も高くて女の子っぽい。だからといってわざわざ女の子の格好をしなくても。可愛いものが好きならなにか飼うとかして、見るだけでいいと思うけど。
「男が女の格好をしてはならないという法はない。好きな格好をしてどこが悪いのだ」
まあ好きならいいのかな……カーレル様、なんでこんな変わった趣味に育ったんですか。
結婚とか大変そう。
「言っておくが、別に男は好きにならんぞ。恋愛対象は女性だ」
それを聞いてとてもほっとした。いくらなんでもこんな幼い頃からそういう風に思ってたら……考えるのはよそう。
「カーレル様……」
私はカーレル様に聞いた。
「ナルシアがドレスなのになぜティグルスは服が違うんだって言われてね。試しにナルシアの子供の頃のドレスを着せてみたら気に入ったようで」
あっけらかんとカーレル様は言った。
普通そこで着せますか?確かに可愛い顔付きだと思うけど、せがまれたからってドレス渡す?
「行事の時は可愛くないが制服を着る。それであれば別に迷惑にはなっていない」
タルシューグ家の嫡男は女装癖があるって言われるようになるんんじゃないか?
「ティグルス、お前は私が仕事をしているところを見にきたんだろう?私達はこれから仕事をするから、あのソファーに座っていなさい」
この話題を止めるようにカーレル様がティグルスを私の椅子から退けてくれた。
まあ他の家の事情に首は突っ込まないでおこう。今から仕事しなくちゃいけないし。
私は応接用の机の上に乗っている書類を一山取って、まだ若干温かい椅子に座った。




