視察1
騎士団は王宮の敷地のすぐ横にある。
だが、王宮は壁で囲まれているので壁の外にある騎士団本部に行くには壁の外に出なければならない。なので私は騎士団本部に一番近い銀の門に向かった。
王宮には正面に金の門、東殿のそばには白の門、西には黒の門、北殿の裏に銀の門がある。
私は今北殿の正面にいるので、銀の門に向かうために北殿の裏まで歩かなければならない。
ここから銀の門にいく道は二通りある。
北殿をぐるっと回って行く道と北殿と主神殿の壁の間の細い道を一直線に進む道だ。
後者の方が短い距離の移動で済む。なので私は大抵後者の道を使う。前者は宮殿の景色を見ながら歩けるが、私は見飽きているのではっきり言うとどうでもいい。銀の門の利用者も大抵この道を使っている。細くやや薄暗いのが欠点だが、私には関係無い。
途中ですれ違う人達はみんな私を見て頭を下げる。
時々普通の精霊使として働いていた頃の同僚や知り合いが通り過ぎる。一声かけてきてくれる同僚もいるが、中には少しだけ会釈してそさくさと足早に去っていく人もいる。
たぶん私がただの平民の出のくせに精霊使になってたった2年で宰相補佐官に抜擢されたことに不満を持っているのだろう。私を避けるようにしたのは私の先輩ばかりだ。先輩を差し置いてあいつが、と言いたげな目付きでこちらを見ていた。
だが、私は精霊使として彼らより確実に上の実力があることは大声で言ってもいいくらい自信がある。
精霊に好かれているおかげだ。
『あいつら主人の悪口言ってます、二度と喋れないよう、あいつらの口を焼いてもいいですか?』
『甘いわ、口があるのに話せない方がつらいにきまってる、凍傷にしてやりましょう』
精霊達は先程通り過ぎた3人の先輩への報復を考えていた。
精霊は主人を喜ばせることも喜びとしていて、主人が喜びそうなことはやれることであれば何でもする。が、人ではないため喜びそうだという感覚が人とはだいぶずれているようで、極端なことをしようとする。主人以外をなんとも思っていないのか、私以外の人間に関してはさらりと恐ろしいことを口にする。
人を殺すことはに関しては私がしっかりやめるように言ってあるので絶対にすることは無いだろうが、私が何も言っておかなければ何人かは確実に死んでいただろう。
精霊達になにもしなくていいと伝え、門が見えてきた辺りで精霊達が少し騒ぎだした。
『主人の方に向かって人間の男が走ってきます』
振り向くと確かに離れたところから一人の男が走ってきていた。
「あれはアルじゃないか」
こちらに向かって走ってきているのは私の同期のアルだ。
「レゲル!」
私は彼が追い付けるよう足を止めた。
「どうした?アル」
アルは私と同時期に同じ部隊に属していたので、比較的仲の良い友人だ。
「いや、俺の精霊があっちに沢山精霊が群がってるって言っててさもしかしたらレゲルかと思ったら、やっぱりそうか!相変わらず精霊に愛されてんだなぁ」
「まあもう一杯だっていうのに寄ってくるから追い返すのが大変だよ」
「精霊を追い返すのが大変だなんて一度でいいから言ってみたいよ」
そう言いながらアルは何もないところに手を置いて言った。おそらくあそこに彼の精霊がいるのだろう。
「まあ多くても大変だよ」
「あーあ、レゲルみてーにそうやって言ってみたい」
アルは空を仰いで言った。
彼はこうやっかみのようなことを言うが、妬ましいとか暗い感情ではなく純粋に羨んでいるだけなので、私は全然気にならない。こういうところは彼の良いところだ。だから私は彼とは普通の友人として接している。
「で、補佐官ってどうなの?」
「普通の精霊使だった頃より休みは取りづらいわお偉いさんのご機嫌うかがいやらいちいちあーだこーだ言ってくる他の宰相様やその補佐官の相手やらいろいろある。給料は断然こっちの方がいいが、精神的疲労が物凄くでかい、先輩の相手の方がよっぽど楽だ」
「先輩ねぇ、俺も今一応先輩だよ。お前のことは『精霊に愛された最高の美男子精霊使の最年少補佐官』として後輩に伝えてる」
「長くないか?それ以前にそんなこと伝えなくていい」
「最高の精霊使とか美男子のとこの否定はしないのか?」
「私は自分がかなりの精霊使だってわかってるし、美男子だろお前よりは」
精霊6体と契約し、それを制御出来る精霊使は今のところ自分自身のことでしか知らない。
補佐官等の人前に多く出る機会のある人物はある程度顔も見られる。それに私はいい顔であるカーレル様の隣に立つのだ、カーレル様と並んで歩いても違和感の無い顔立ちをしていなければならない。普通の顔ではカーレル様の顔のせいで浮いてしまう、厳つい顔ではカーレル様と並ぶと違和感がある、不細工なんて話にならない。
「で、補佐官様は今からどこへ?その格好で町に出て遊ぶわけじゃないだろ?」
「騎士団本部の視察だよ、半年に一度のチェックさ」
第2宰相カーレル様は主に軍備と地方の自治を担当する宰相だ。だから私の手伝いも軍備と地方の自治関係のものになる。
この騎士団本部の視察は毎回補佐官が行くことになっているらしく、これで二度目だ。
私はアルと一緒に歩きながら最近のことについて話した。
「お前確か5体だっけ?契約してんの」
「いや、今は6体だ」
私の言葉にアルは吹き出した。
「増えたのか!お前よく6体も制御出来るな」
「そうか?私にとってはそこまで大変じゃないからな」
「自信たっぷりだな」
「自分に自信がないと宰相補佐官なんてやってられない」
「それもそうか。で、何の精霊が増えたんだ?」
「氷精霊、この格好夏は暑いんだよ。水精霊に濡らしてもらうわけにいかないし」
アルは盛大に溜め池をついた。
「そんな理由で精霊を増やしたのか?」
「夏前にデーグに行く機会があったからそこで、あそこは冬が長いから強い氷精霊が多いんだ」
「……行った先ですぐ精霊が寄ってくるだけでも凄いのに、あと何体くらいなら契約しても制御出来そうなんだ?」
何体くらいって聞かれても、契約してすぐは制御しにくいけどそのうち慣れるから判らない。7体目と契約したら制御出来ないかもしれないし、慣れるかもしれない。
「さあ……まあもう1体はいけそうだ。それ以上はその時に解るんじゃないか?」
「余裕かよ!」
「慣れたら何体いても変わらない……と思う」
「2体でも大変だって言ってる奴がほとんどだぞ」
知らないよ、出来るもんは出来るんだから。
「今は平気だ」
「今何体くらい寄ってきてんの?」
私は周りを見た。後ろからだけでなく前にも何体か精霊が立っていた。
「私の精霊以外に……15、6体くらいか。追い返さないと増えそうだ」
「何でそんなに見えるんだよ!」
「知らない」
そんな話をしていると、銀の門の前に着いた。
銀の門は扉に銀で王家の家紋が描かれてあることから来ている。他の門の名前の由来はすべて同じだ。
「おっ、銀の門に着いたか。騎士団本部は逆方向だな」
「じゃあここで、また会えたら会おう」
アルに背を向けようとした時、彼は思い出したように言った。
「今度同期で飲みに行くけど来るか?」
「いつ?」
アルはちょうど私が殿下のパーティーに行く日を口にした。
「その日は予定が……すまない」
「いや、いいよ。忙しいんだな、休日の夜なのに」
「まあな、じゃあまた」
私はアルに背を向けて騎士団本部に向かった。
アルの視線を感じたが、それはすぐ離れたので私は振り返らなかった。