宰相様の補佐官
神殿での騒動から10日後、私とシャヴィム殿下との婚約が正式に発表された。
国王陛下をはじめとする王族と貴族の前で、2人で挨拶を述べ、国王陛下の許可を得た後、婚姻の旨が書かれた紙にサインをする。
最後に王宮の正面、金の門の上で今度は集まった民衆の前でその紙を掲げ、国民へのお披露目とする。
その時の皆様、活気がすごかった。門の前は猫すら通れないのでは?というくらいに人で満ち、その端の方はもはや霞んでいた。
さすが王室の行事なだけあって、全ての進行が遅いようで早かった。昨日の夜から今まで、ずっと何かしらしていたと思う。
とりあえず正式な婚約発表を終えてひと段落といったところだ。発表でこれなら、半年後に予定されてる結婚式はどうなるのだろうか。
不安だけど、きっとなんとかなるはず。シャヴィム殿下だけでなくクラヴィッテ殿下とフェターシャ嬢、カーレル様、とにかく多くの方が味方をしてくださっている。
主人殺しの精霊王が邪精霊の正体だ、という話についてはその発言をしたディーズ副神官長が王家に対する反逆罪でへリアルと共に捕まったため広まった。しかしその確たる証拠がないことや、精霊王が殿下に逆らう様子も見られないことなどから次第に噂は下火になり、人々の関心は今度ダルネミアからやってくる大使に移っていた。
その大使というのは、エルティナ様のことだろう。
私が忙しくしている間に、ユアリスとの距離はかなり縮まったようで、少し前に正式な婚約のためダルネミアにユアリスを連れて一時帰国なさった。
しかしアリュの竜騎士とダルネミアの姫が結婚することはまだ世間には伏せられており、エルティナ様が大使となられる時に発表されるようだ。
確かに今発表しても私と殿下の婚約やら神殿の重鎮の逮捕、大物貴族の失脚と失踪などなど、色々な出来事が重なりすぎて混乱が起こりそうだ。
この大物貴族の失脚についても、関わりたくはなかったけど私絡みのことである。
神殿での騒動の前日、私に毒を盛った犯人は大臣のガセフ・クラインだった。そう、失脚したのは彼だ。
カーレル様が独自に調べ、毒の証拠とついでに汚職を暴き追い込んだ。
元々ガゼフ大臣によく思われていない自覚はあったので、やりかねないなと思っていた。まさか毒殺未遂の2日後に泣きながら私に土下座しに来たときは驚いたけど。そしてその2日後に行方不明である。正直、毒殺されそうになったことよりも、カーレル様の方が怖かった。
「お疲れですね。レネッタ君」
不意に名前を呼ばれた。カーレル様だ。
「こんばんは。カーレル様。まだ王宮にいらっしゃったのですね」
カーレル様はよっぽど忙しくない限り、毎晩帰宅していた。妻のナレシア様との相思相愛っぷりはアリュで有名である。
「今日で落ち着くとはいえ通常業務もありますし、君の引き継ぎのこともありますからねぇ。人間誰しも極限まで磨けば光るはずですから、アル君には期待していますよ」
そう言ってカーレル様は笑う。それを見ていたら唐突にアルの今後が心配になった。ノイローゼとかにならなければいいけど。
「……レゲル君と呼べなくなったかと思えば、半年後にはレネッタ君とも呼べなくなってしまう。喜ばしいことですが、寂しくもありますねぇ」
婚約したとはいえ、結婚するまでは王太子妃ではなく、肩書きは宰相様の補佐官のままである。結婚式の前日に、私は補佐官の任を解かれるのだ。
「これまで本当にお世話になりました。カーレル様にはどれだけ感謝してもしきれません」
「そうですねぇ。確かに大変でしたが、君と仕事をするのは悪くありませんでしたよ。護衛としては文句なしでしたし」
まあ、ですよね。苦労をかけました。
「特に君はなかなか身を固めようとしなかったので、本当に心配していたんですよ?こうしてちゃんとした結婚相手が見つかったのでよかったですが」
「え、そこですか?」
しまった。思わず聞き返してしまった。確かに部下が婚期を逃すって、あんまりよくないのかな……?
「最初の頃と比べてだいぶ変わりましたねぇ。この頃なんて特に。これも、殿下のおかげですね」
カーレル様は愉快そうに笑っている。
「……婚約おめでとう。レネッタ君」
幸せになるんだよ、と言い残してカーレル様は部屋を出ていった。
扉が閉まる音がして、しばらくしてまた開く。
「レネッタどうした?泣いているのか?」
シャヴィム殿下だった。
言われて気が付いたが、頬を涙が伝っている。
「なぜでしょうね。さっきカーレル様におめでとうと言ってもらえたので、それでしょうか」
こんなこと思っていいのかわからないけれど、カーレル様におめでとうと言われて、もし父親がいたらこんな感じなのかな、と思ったのだ。
父親のいる家庭というものが私にはわからない。殿下と作る家庭は、いったいどんなものになるのだろう。
「そうか……カーレルが来ていたのか」
殿下はどこか遠くを見るように、扉の方を見ていた。
「明日もまた仕事だろう。落ち着いたら、どこか、そうだな……湖でも行かないか?」
なかなか時間が作れず申し訳ない、と殿下は付け加えた。
「お互い様ですよ」
忙しいのは私の方もだ。殿下には申し訳ないけれど……
「まだ、私は宰相様の補佐官ですから」




