王太子の思い5
そして気付けば、私はレネッタを抱き寄せてその泣き出しそうな瞳と目を合わせていた。
「私にはあなたが必要だ。婚約を解消など、したくはない」
求婚したのに、ここまで近くで見つめ合ったのは初めてだ。それに、直接思いを伝えたのも、初めてではないだろうか。
「ですが私は人を傷付けて……」
レネッタは目を逸らし、腕に力を入れてやんわりと私と距離を置こうとする。
だから私はその腕を掴み、強く握った。
「確かにそうかもしれない。だが、あなたが罪と感じるならば、それはあなたを守ることのできなかった私の責任でもある。月並みな言い方ですまないが、一緒に背負わせてほしい」
いや、違う。本当に彼女を守りたいなら、私の方から彼女との婚約を解消する意志を見せて、彼女を巻き込まないようにするべきなのだ。
理屈でわかっているのだが、どうしても彼女が欲しい。彼女と一緒なら墜ちてもいいと思う。いつから私はこんなに諦めが悪くなったのか。
「それに、私を守ることができるのはあなただけなんだろう?」
「それは、その時の状況がそうだったと言いますか、私が婚約を解消したいって言ったら殿下の噂を肯定するみたいになるからで……」
彼女は私との婚約に元々乗り気ではなかった。それはわかっている。先程からやんわり否定されているから、そこは変わっていないのだろう。
「それに私なんてフェターシャ様のような器量もなければ、エルティナ様みたいな色気もないし、カーレル様みたいに賢くもありません。私だってそういう要素を持っていたら夢見たりするかもしれませんけど」
いや、フェターシャ嬢並みの容姿にカーレル並みの頭脳とエルティナ姫のような色気。妃の条件がそれだったら、王家の血筋などとっくに途絶えている。
先程から彼女は自身の悪いところばかりを挙げている。思いなど関係のないところで自分の選択が否定されているようで、腹立たしい。
だから私はそこで少し狡いことを言った。結果的に後悔はしていないが、感情に任せたのは少し悪かったかなと思う。
「き、嫌いなわけありませんよ!嫌いになるような要素がありません。むしろ……って、その言い方は狡いです!」
結果、彼女は顔を真っ赤にして目を逸らす。窓から吹き込んだにしては冷たく強い風が私に向かって吹いてきたり、レネッタの腕を掴んでいる手が少し痺れたりしている気がしたが、気のせいだろう。
「……あなたが兄上を選ぶなら、僕も兄上を支える。フェターシャもあなたのことを心配しているからな。共倒れされたら彼女に怒られてしまう」
フェターシャ嬢と聞いて、レネッタの表情が強張る。そういえば、彼女がレゲルだったときフェターシャに告白されていたな。
「むしろあなたが姉になるかもと喜んでいる。まあ、さすがにはじめは混乱していたが」
え、ああ、そうか。私が彼女と結婚したら、クラヴィッテと結婚するフェターシャ嬢はレネッタの義理の妹になる。
「……私はあの時の件でクラヴィッテ殿下には恨まれているものかと」
フェターシャに告白されて断るという、結構なことをしていたな。
「あなたが男だったら恨んでいたかもしれないが、わりとすぐに女だとわかってしまったしな。恨む間も無かった」
「そう、ですか……」
女だとバレてよかったかもしれないな。クラヴィッテに恨まれて王族敵に回すようなことにならなくてよかった。
「だがまあ、これで話はまとまったな」
そこで先ほどから忙しく表情を変えているレネッタに視線を戻す。目が合った瞬間、自分の顔が火照るのを感じた。宰相殿の補佐官が女だったとわかったころは、まさか彼女と結婚することになるとは思っていなかった。
この数十日で彼女は私にとってかけがえのない人になった。これから忙しくなるだろうが、彼女とならば大丈夫だろう。
糖度高め(当社比)なので書いていてなんだかむず痒いと言うか、慣れないことをしている感じがすごかったです。
明日の更新が最終話になります。よろしくお願いします。




