王太子の思い3
部屋の中の惨状は酷いものだった。
ガラスというのガラスは全て割れ、壁際に飾られていたらしい花瓶や壺は粉々に砕けている。椅子や机はほとんどが倒れ、壁紙には無数の裂け目ができて、石壁が露わになっていた。
そして部屋の至る所に血痕があり、白い壁紙の一部が完全に赤く染まっている箇所もある。
まるで何かが暴れた後のようだ。
床にはまだ運び出されていない神官が2人。意識はあるようだが、どちらも頬が殴られたように腫れていた。
そしてその部屋の中心に、呆然と天井を見上げるレネッタがいた。手を後ろで縛られ、横に立つ騎士に立たせられている。
「クラヴィッテ、これはどういう事だ」
レネッタを捕まえている騎士を殴ってぶん取りたい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。感情的になっても、後々不利になるだけだ。
私はこみ上げてくる怒りを抑えながら、部屋にいた弟に尋ねる。横にいたアルの表情がピクリと引きつった。できる限り表情を抑えているつもりだったが、顔に出ているようだ。
「……彼女の風精霊です」
「た、確かにそうかもしれませんけどっ……!」
今にもクラヴィッテに掴みかかりそうになっていたアルに、当のクラヴィッテは落ち着くよう言う。
随分と苛々している口調だった。
「ディーズ副神官長とその側近へリアルです。彼らがこれの首謀者ですよ、兄上」
そして床に転がっていた太った神官と初老の神官を蔑むような目で見下ろす。
「彼女はこの2人に嵌められたのです。何かしら理由をつけて彼女が神官たちを攻撃するよう仕向けた。神官たちには、彼女が攻撃したら神精霊による防御を解くよう指示していたのでしょう。一方的に彼女が神官たちを攻撃したように見せるために」
いくらレネッタの精霊が強くとも、ここまでの破壊を許したということは、そもそも防御しようとしなかったということだ。
この神殿の神官が真面目に神精霊に壁を張らせていれば、ここまでの被害はそもそも起こらない。
「それがわかった上で、彼女は風精霊に攻撃を指示しています。意識のあった神官を少し問い詰めたら、彼女が攻撃をしてくるのはわかっていたが敢えて壁を消したと白状しました」
「それは違っ……」
床に転がっていたディーズ副神官長が何かを言いかけたが、クラヴィッテがその腹を思い切り踏み付け遮る。
「神官たちが回復し次第、話を聞く。あなたの言い訳はその後に聞かせていただきますから、今は黙っていろ」
神官としての立場は彼らの方が上であるはずだが、敬語と罵りが混ざっている。弟がここまで感情的になっているところを見るのは久々だ。
「よって彼女の行為は正当防衛だ。わかったら拘束を解け」
レネッタを捕縛していた騎士はその指示に戸惑いながら私の方を見る。そして私が頷いたため、彼女から手を離した。
支えを失ってよろめいた彼女を、私は慌て抱きとめる。
アルも同様に手を伸ばしていたが、私の方が先に動いていたためその手は空を切っていた。
若干恨みがましい目で見られた気がする。それを一応王族の私に向けるのは色々とまずいと思うのだが、気付かないふりをする。
床に落ちていた小刀を拾い上げたクラヴィッテが、彼女の手を縛っていた紐を切る。
そして手持ち無沙汰になっている騎士に、2人の神官を捕縛するよう命じた。
どちらも抵抗したものの、応援としてやってきた騎士たちにより捕らえられて部屋から連れ出される。
それを見送ったクラヴィッテは、手にしていた小刀を再び床に落とす。
「……なぜ、彼女の味方をしているんだ?この2人の思惑通りに事が進めば、私を蹴落とすこともできただろう」
一応私たちは政治的には敵対関係にあるはずだ。彼女に罪を着せ、同時に私を失脚させれば、王位はクラヴィッテのものになる。
「今、僕は王位に興味はありません。少し前なら違っていたでしょうが、とにかく兄上を蹴落とす事など、今は少しも考えていません」
今は、ということは以前まで考えていたということか。まあ、知っていたから構わないが。
「それに僕は彼女とアルにちょっとした借りがあります。それを返すときだと思いまして」
借り……?レネッタはともかく、アルとクラヴィッテに接点があっただろうか。
「それよりも彼女を別室に連れて行った方がよいのでは?僕もこんなところに長居はしたくありません」
話を逸らすようにクラヴィッテは部屋の外を指差す。
クラヴィッテの言う通り、確かにここに居続けるのは彼女にとって辛いだろう。




