王太子の思い
国境付近の領の視察に行き、王宮を留守にしていた夕方、レネッタが毒を盛られたという連絡が入ってきた。
すぐにでも王宮に戻り婚約者の無事を確認したかったのだが、夜に予定されている話し合いをすっぽかすのことはできなかった。既に1度、ダルネミアに行ったことで延期されているのだ。これ以上延期にはできない。
精霊を送りたかったが、光精霊に王宮は遠く、精霊王に関しても話し合うのに当の精霊王がいなくては話にならない。
怒り狂う精霊王を宥めるのが大変だった。
屋敷で一泊して朝出立する予定だったが、話し合い終了後すぐに私はその領を出た。
そうして私が王宮に到着したのは陽が昇りきってからであった。
「カーレル。レネッタは無事なのか?」
王宮に戻ってすぐに私はカーレルの執務室を尋ねた。彼女は近ごろ、ここの小部屋に寝泊まりしていたからだ。
カーレルの返事を待たず、私はその小部屋を開けた。
女性が寝ている部屋にノックもせずに入ったことに後で気付いたが、仮にも婚約者なのだからいいだろう。
……しかし、そこに彼女はいなかった。
「レネッタ君でしたら今朝方、神殿に向かったそうですよ。安静にするよう言ってはおいたのですが、こんな手紙が私の机に置いてありました」
私は半ば引っ手繰るようにしてその手紙を手に取った。
『今日は非番ということですので、神殿に行っています。夕方には戻りますので、ご安心ください。少し調べたいことがあるだけです』
調べたいこと?彼女は神殿にいったい何を……あそこは弟のクラヴィッテ派閥の者が多い。クラヴィッテ自身は今は比較的落ち着いているとはいえ、派閥の者たちがどう動くか。
「このところ、妙に噂が流れているでしょう。殿下と精霊王に関するものですが」
「それは聞いている。予想していたことだ」
「……彼女にとっては、どうでしょうね。噂の根源について調べていたようですよ」
それで、神殿か。クラヴィッテの派閥であればそれくらいするだろう。だからといって、彼女一人で何をするつもりだ?毒を盛った人物もわかっていないというのに。
毒と噂の主犯が同一である可能性もある。毒を盛られた翌日にする事ではない。
「とにかく私は神殿に向かう。カーレル、あなたはどうだ」
「そちらは殿下にお任せします。私は今、可愛い部下に毒を盛った人物を独自に調査していますので」
そこで初めて、カーレルは机上の書類から目をあげる。その表情を見て、気の弱い者なら訳がわからなくてもとりあえず膝をついて謝っているだろうな、と思った。笑っているように見えるが、目が怖い。
「良い機会です。あの子のためにも国内の膿は出し切りましょう」




