神殿と噂4
王太子殿下との婚約。
分不相応なのは重々承知しているし、婚姻を解消すれば私としては楽になる。悪い話ではなく、周囲も納得するだろう。
私が婚約を解消してもしなくても、彼らはこの話を広めるつもりだ。それが事実であろうがなかろうが、少なくとも王太子殿下に対し不満を持つ人たちが黙っていないだろう。
なんせ邪精霊だ。誰もが忌み嫌う精霊。
そんなものを生み出す可能性のある人物が一国の王になるなど、到底許容できるはずがない。
婚約を解消すれば、少なくとも私はそれで終わりだ。批判が殿下に向かうだけだろう。
私個人にとっては、解消が最善だ。
「英断です。補佐官殿」
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、ディーズ副神官長は微笑んだ。
「できる限り穏便に済むよう取り計らいます。そうですね、ダルネミアに移住されては?聞いていますよ、むこうの王子にも求婚されたとか」
ディーズ副神官長は立ち上がり、私の肩に手を伸ばしてくる。
「……馬鹿にしないでください」
私はその太った指を思い切り払い除ける。女の力なんてたかが知れてるけど、我ながらいい音だったと思う。
「私の事を尻軽とでもおっしゃりたいのですか?私の悪口でしたらいくらでもどうぞ。私個人に対する攻撃でしたら構いません。ですが、根も葉もない噂で王太子殿下を貶めることは許せません」
私自身がとやかく言われるのは構わない。
認めると厚かましくて嫌だったから認めていなかったけど、ダルネミアとの強力な繋がりを持つ私との婚姻により、王太子の立場はより強固となった。
婚姻を解消してしまえば、殿下はどうなる?
彼らの狙いはシャヴィム殿下を失脚させて、弟君のクラヴィッテ殿下を次期国王に据えることだ。
私が自ら婚約を解消したいなどと言い出したら、妙な勘繰りをする奴らが現れるだろう。
……こんなことで、殿下の将来を壊したくない。私にそんな権利はない。
殿下を守ることができるのは、私だ。
「殿下に精霊王は制御できない?いったいなぜそう言い切れるのです?どう見ても精霊王は殿下に従っています。邪精霊に関しても、もし万が一そうだとしても、そんな事が起こる前に私が止めてみせます」
いざとなれば、殿下を私が殺して私も死ぬ。それでいい。
「……そうですか。補佐官殿は物分かりの良い聡明な方だと思っていましたが、私の認識が誤っていたようですね」
ディーズ副神官長は手の甲をさすりながらわざとらしいため息をついた。
そして、へリアルにちらりと視線を向ける。頷いた彼は、一度手を打ち鳴らした
パンという乾いた音が部屋に響く。
慌ただしい足音と共に部屋に5人の神官が入ってきた。
「邪魔なんですよ。あなた」
全員手に武器を持って、私に向けている。
……この状況は、不利すぎる。




