神殿と噂2
ディーズの執務室に案内され、私は来客用の椅子に座った。
あまり口外できる話ではないからとアルは外で待機しているため、この部屋にいるのは私とディーズ神官長、そしてへリアルという初老の神官だ。
へリアルさんは以前に邪精霊のことで会ったことがある。クラヴィッテ殿下のお知り合いという認識だったけど、神殿内では偉い人だったようだ。
「思っていたよりもこちらにいらっしゃるのが遅かったですな。補佐官殿」
私の向かい側のソファに腰掛けたディーズ副神官長が開口一番にそう言った。
それがどういう意味なのか、わかるから神殿に来たのである。ディーズの口元には笑みが浮かんでいた。
「私も忙しい身なので。下らない噂話が耳に入るほど暇ではなかったのですよ」
「おや、それでは仕方がないですね。ですが、下らないとは心外ですな。事実だと思った事を零しただけなのですが」
この態度から、ディーズ副神官長は噂の根源について隠す気などさらさらないことがわかる。そして同時に悟った。これは、私を直接神殿に来させるために仕組まれたことなのだ、と。まんまと私は引っかかったわけだ。
「お互いに言い合っても意味がないでしょう。私はあなたが精霊王について何をご存知なのか。そして私に何を要求するおつもりなのか、その2点について聞かせていただければそれで構いません」
この調子で話したところでお互いに嫌味を言い合うだけだ。それでは埒があかない。
「補佐官殿は話が早くて助かります。ええ、私もそれで構いません」
ディーズ副神官長はニッと笑う。我が意を得たりという声が聞こえそうな、底意地の悪そうな笑みだ。
『なんなのですかこの者は!よろしいのですか主人!?』
『そうです!主人を馬鹿にする者など、燃えればよいのです』
少しイラっとしたら、元々ピリピリしていた精霊たちが余計にピリピリし始めてしまった。しかし指示はしないので、彼らはただディーズ副神官長を睨んでいるだけだ。
「ですが精霊王に関することでしたら補佐官殿の方がよくご存知では?むしろ我々に教えていただきたいくらいですな。それにしても、おお、さすが補佐官殿の精霊ですな。怖い怖い。」
「……私が知りたいのは、あなた方がどこまでご存知なのかということです。精霊王に関する文献などが神殿にはあるのではありませんか?」
どこまで知っているのか、それ次第であの噂話をどう捉えるかが変わってくるのだ。だから精霊王についての情報を彼らに提供することなどない。
ディーズ副神官長はへリアルを手招きし、何やら耳打ちをした。
そしてへリアルは部屋を出ていき、しばらく私とディーズ副神官長で睨み合っていた。
互いの精霊たちの緊張感が伝わってくる。相手が神精霊となると、やっぱり違うね。
そんな引っ張られた糸みたいな状況での沈黙。
やがて一冊の古い本を手にした方へリアルが戻ってきた。
「神殿の書庫には神官の中でも極一部しか閲覧できない書物がありましてね。それがこちらです」
ディーズ副神官長が得意げに言う。手袋をはめて扱われているあたり、かなり重要で貴重な書物なのだろう。
「そんなものを私などに見せてもいいのですか?」
いくら精霊王と関係があるからと言って、私は神官でもなく、むしろ敵だろう。こうもあっさり見せてもらえるとなれば身構えるのも当然である。
「確かにこれは禁書ですが、大半の内容を補佐官殿はご存知でしょう」
まあ既に知っている内容であれば隠す必要もないか。
この扱いと本そのものの状態的に、この本自体は偽物とかではなさそうだ。
彼らにとって噂の内容など存外どうでもいいのかもしれない。だからこそいったい何を要求されるのか、だいたい察しはつくが……
とにかく今は、この本の内容についてだ。




