日常は束の間4
そうして仕事の傍ら、私は噂について精霊たちに調べさせた。
アルにも手伝ってもらい、あれがどこから来た噂なのか、大まかにわかってきた。
神殿の、神官たちの中からだ。
それがわかれば、どういう意図で流された噂か大体の察しはついた。
シャヴィム殿下の弟、第2王子のクラヴィッテ殿下は、王子という立場でありながら同時に神精霊を使役する神官でもある。一時期は王位を狙っていると噂され、それを支援する勢力は未だ健在。そしてその勢力には当然、殿下と近しい高位の神官が多くいる。
クラヴィッテ殿下が噂を流すよう指示したのかは不明だが、少なくともその派閥の神官が噂の根源だろう。
神殿にも王宮同様に禁書の類いがあるのだろうし、ある程度の位の神官ならば、精霊王の存在について知っていてもおかしくはない。
問題はどこまで知っているかなのだけど。精霊院のコルネル院長は、精霊王は実在して、暴走がかつてここにあった国を滅ぼしたということは知っていたそうだが、愛し子とか言われる存在については知らなさそうだった。
しかしイグルドはより詳しく知っていた。もしこの噂の根源の神官がイグルドと同等、あるいはそれ以上に精霊王について知っていたら?
殿下が騙されてるとか脅しているとかいった部分については全く根も葉もない話だが、精霊王に関する部分はどうも引っかかる。
私はちらりと向こうで仕事をしているカーレル様の方を見る。
助言を求めるべきなのかもしれない。こういう頭を使うことは、私に向いていないんだ。でも、これは私の問題で……
そうこうしているうちに、カーレル様は次々書類を処理していく。私もこんな噂を気にしている場合ではないのかもしれない。ただでさえ処理しきれてない書類が机を侵食しているのに。
一山の書類を処理し終えたカーレル様は、少し休憩するのか机の端に置かれていた小皿の飴をつまんで口に放り込んで舐めていた。目は未処理の書類を見ているけど。
私も机の端を見る。カーレル様の机と同じように、小皿に盛られた飴が置いてあった。昼食の皿を片付けたあとに、使用人がそこにクッキーやパイなどの菓子をよく置いていってくれるのだ。いつもはクッキーなどの焼き菓子であることが多いが、今日は飴らしい。
考えすぎて、私も甘いものが欲しくなってきた。このところ寝不足だし、こんな状態で考えてもいい考えなんて浮かばないか。
手を伸ばして薄い赤色の飴を手に取って口に入れた。甘くて、ほんのり花の香りがする。
カーレル様と同じものだろうから高級品だろう。じっくり味わいたいところだけど、気付けばそれを噛み砕いていた。
そして突然、妙に甘ったるい蜜にようなものが舌にまとわりつく。
それはカーレル様が慌てた様子で飴を吐き出し、私に向かって飴をすぐ出すように言ったのとほとんど同時だった。
カーレル様の剣幕に、口に残っていた分は即座に吐き出した。
水精霊に口の中を洗ってもらうが、少し飲み込んでしまった自覚がある。
やがて、指先が僅かに痺れてきて、呼吸が乱れ始める。毒か。
普段なら植物精霊が毒であれば教えてくれる。今回わからなかったのは、飴に混ぜられていたのではなく、飴で完全に覆われていたからだろう。カーレル様が舐めても平然としていたから、特に危ないとも思わなかった。
耳元で私を呼ぶカーレル様の声がする。自分の息があまりに荒くて、よく聞こえない。
とにかく、息が苦しい。空気は吸えているけど、それがわからない。空気を吸っても意味が無い。
まともに座ることもできず、床に倒れた。
このまま死ぬのは、さすがに嫌だな。




