日常は束の間2
そうして忙しくしていたある日、精霊院の長から呼ばれて精霊院に行くことになった。どうやらダルネミアでの出来事や精霊王について聞きたいらしい。
書類のやりとりだったり会議で顔を合わせる事はあったけど、直接行くのは本当に久しぶりだ。
アルと付き添いの使用人のサシェと共に、精霊院のある神殿の方に向かう。ゆっくり歩くのでは時間がもったいないので、車椅子での移動だ。
「……精霊王がなんだって?」
角を曲がろうとして聞こえてきた声に、私は咄嗟にアルとサシェに止まるように言った。
そして静かにするよう合図して、じっと耳をすませる。
「なんでも、殿下のお力では手に余り、いつ暴走するかわからないとか」
「暴走?王太子の精霊が暴走だなんてシャレにならん話だ。だからあの男装補佐官と婚約か」
「どうだか。ダルネミアで補佐官殿が精霊王を討ったというのも怪しいものだ。噂では精霊王の暴走はあの女が原因だというではないか」
誰が誰と話しているのかはわからない。だが、アルの方を見ると、さほど驚いた様子はなく、むしろ知っているようだった。
まあ私は脚のこともあるけどこのところ一切カーレル様の執務室から出ていないし、仕事以外で他の人と接していなかったから、こういった噂をアルが知っていて私は知らないなんて別段おかしくはない。むしろこういう噂がされていない方がおかしい。
しかし、最後の暴走の原因が私だというところが、どうにも引っかかる。
もう少し詳細を聞いておきたいけど、精霊院のトップを待たせるわけにはいかないし私にもそんなに時間はないので、いかにも通りすがりですよという顔でさっとそこを通り過ぎることにした。
私の姿を見て動揺していたけど、追求してもいいことはなさそうなので無視する。
そして神殿に到着した。精霊院はそのすぐ横なので、見張りの騎士に軽く会釈をして中に入る。
そんなに長いこと来なかったわけではないのだけど、すごく懐かしく感じるな。2年、いや、もう3年前はほぼ毎日いたのに。
サシェの手を借りつつ、階段を上って精霊院の長、コルネルがいる部屋の前に立った。元とはいえ、1番上の上司だ。若干緊張するな。
「失礼します」
入ると、コルネル院長は来客用のソファの向かい側に腰掛け、私を待っていた。
「やあ。久しぶりだね。今はレネッタだったか」
「はい。お久しぶりです。コルネル院長」
いつも通りのあまり変わらない表情。だからこの方の前は緊張するんだよなぁ……
「こちらから伺うべきだったが、呼び出すことになりすまないね。早速本題に入りたいのだが」
そう言ってコルネル院長はちらとサシェの方を見る。察したサシェは一礼して部屋を出て行った。
「精霊王のことについて、この頃妙な噂が流れていてね。無論、私は精霊院長であるからして、多少表に出ていない知識はあるつもりだ。まず前提なのだが、王太子殿下の精霊は精霊王で間違いないのか?」
「はい。あの精霊は明らかに他とは異なります。能力的にも、精霊王で間違いないかと」
なにより自ら精霊王だと言っていたくらいだ。他者の前に姿を現わすことができたりと、証拠はいくらでもある。
気になるのは、先程耳にした噂だ。精霊王の暴走について、王太子殿下が精霊王を制御できないというのは根も葉もない噂だろうけど、ダルネミアでの精霊王の暴走のきっかけが私だという話については、あながち間違ってはいない。
……もし、悪意ある誰かが広げた噂だとしたら、この部分をたまたま噂になっただけだと軽視できない。
どこかに、噂の元になった一片の事実があるのではないだろうか。
「コルネル院長、院長は精霊王に関する知識をお持ちだとおっしゃっていましたが、それはどのようなものなのですか?それに院長は、精霊王の存在をご存知だったということですか?」
そう聞き返すと、コルネル院長は少し何か考えるそぶりを見せる。
「……秘匿されながらも、この国以外にも精霊王の存在を示唆する出来事が歴史の中にいくつかあってね。おとぎ話の中の存在と思われているとはいえ、そういった事実があったからこそ、おとぎ話として受け入れられているのだろう。そう。私は精霊王の存在を知っていた」




