俺から見たあいつ2
それはそうだろうな。と俺は妙に納得してしまった。
殿下はまだ気付いていないらしいからいいが、おそらくフェターシャ嬢はレゲルに恋している。
心配そうな目をするのは当然だが、レゲルを見る目が熱っぽい。
身を呈して守ってくれた男性を好きになるというのはわかる。フェターシャ嬢のようなうら若い乙女なら当然ともいえる流れだ。
しかも貴族ともなれば政略結婚で好きでもない相手と結婚する、なんてことはざらだ。
それだけに運命的な出会いを夢見る貴族の娘はたくさんいることだろう。
それにレゲルは顔も悪くないし、今は衣装効果で何割増しよく見える。何より戦いの前にフェターシャ嬢に見せた笑みは今思えば命の危機にいたフェターシャ嬢に効果は抜群だっただろう。守ってもらった上に、危険な状況であなたを守りますなんて言われればどんな少女も惚れると思う。
守ってくれた男を心配するのは当然かと思ったらしい殿下は、わかったとだけ言って怪我人のいそうな方へ去っていった。
「どこも痛くはないのか?」
目立つ傷は今のところ左肩だけのようだが、殿下に言わなかっただけでどこかに痣かなにかできているかもしれない。
「平気だ。肩は殿下が治癒してくださったし、攻撃はそう受けていない。悪いがなにか布……ハンカチとかは持ってるか?顔を拭きたい」
顔を水精霊に洗ってもらうわけにはいかないのだろう。レゲルの頬や額には返り血が飛んでいる。
俺はポケットからハンカチを取り出そうとしたが、それより速くフェターシャ嬢がレゲルにハンカチを差し出した。
薄いピンクのレースのハンカチで、一目で高級品とわかるものだった。
当然、レゲルは目を丸くした。
「このような高価なハンカチはお借りできません。そのハンカチはお仕舞いください」
「いっ、いえ。これをお使いください。私にできることはこれくらいしか……」
フェターシャ嬢は必死になっていた。守ってくれた相手に何もできないのが嫌なのだろう。
今にも泣き出しそうな顔をされて根負けしたのか、微笑みを浮かべてレゲルはそれを受け取った。
「ありがとうございます。同じもの……というわけにはまいりませんが、新しいものをお返しします」
「そんなつもりはございません。受け取ってくださればそれでいいのです」
その言葉にレゲルはふっと微笑んだ。
「貴女に似合いそうなものをお探ししてまいります」
そうとだけ言ってレゲルはそれを水精霊に濡らしてもらうと、返り血を拭き取った。
ちなみに、レゲルは顔を拭いているから気付いていないが、フェターシャ嬢の顔は真っ赤だった。
さっきから思っていたのだが、レゲルの台詞はどれも女たらしの常套句のように思える。
たぶん本人も無意識のうちにやっていると思うのだが、無意識なだけにたちが悪い。
今思えばレゲルは精霊院にいた頃もモテていた。顔も実力もあって、無意識のうちにこういう台詞を発していたからだろう。
本人いわく、レゲルの行方知れずな父親も女癖が悪く、レゲルの母親に甘い台詞を言って惚れさしたらしい。
そんな風にはならないとその時言っていたが、しっかり受け継いでしまっているようだ。本人が女性に興味がないのが救いだが。
レゲルは拭き終えたハンカチを畳んで仕舞うと、フェターシャ嬢に礼を言った。
「フェターシャ様はご両親のところに行かれなくてもよろしいのですか?きっと心配しておられるでしょう」
「そっ、そうですね。レゲル様もいらしてくださいませんか?父上様と母上様に紹介したいのですが……」
「申し訳ありません。このような汚れた服装で出向くわけにはまいりませんので」
上着を脱いでいるため上の服には血がついていないが、ズボンにはけっこう血に染まっている。確かにフーレントース家のような貴族の前には出づらいだろう。
「ですが……助けていただいたのに……」
「傷付いた方に貴女の笑顔を見せてあげてください。貴女のような美しいお方の笑顔を見れば傷の皆治りも早まることでしょう」
こういう歯の浮くような台詞をさらりと言ってのけるところ、こいつにも十分女たらしの資格がある。
フェターシャ嬢はぱっと顔を赤らめてもう一度礼を述べて行ってしまった。
「なぜ魔物がここに入り込んだんだ?小型の魔物ならまだしも、あそこまで大型で凶暴な魔物が何びきもここの森にいるとは」
フェターシャ嬢の様子に全く気付くことなく、レゲルは今の状況を分析していた。
あれだけ甘い台詞を言っといて全く気付く素振りもない。
「小型のが成長したとかか?」
「いや、それはあり得ない。この森は定期的に調査されているし、なにより改築中に気付くはずだろう」
レゲルの言うことはもっともだ。確かにおかしい。
「確かあそこでなにかがあった。見てくる」
そう言ってレゲルは行ってしまった。




