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王太子と精霊王5

「これが、殿下の望みでしょう。さすがの私も、殿下の妃に補佐官を続けさせるほど鬼ではありませんよ」

カーレルはどこからともなくペンを取り出して私に差し出してくる。

「私としても、殿下が望んで彼女を貰ってくださるのであれば、できる限り協力するつもりです。今の状態の彼女に補佐官の職務を全うさせることはできません。彼女の名誉の為、あの襲撃の後は擁護しましたが、贔屓目に見てもあの脚では限界があり、補佐官でいさせ続けるのは難しい。殿下が貰ってくださるのでしたら、彼女の再就職先の心配がなくなります」

まるで飼っていた猫が産んだ仔猫を譲るように気軽な口ぶりだ。もっとも、目は笑っていないが。

「彼女を取り込むことは南の大帝国との繋がりを得ることと同義です。国内の貴族令嬢との政略結婚よりよっぽど大きな影響があるでしょう。それに、殿下が新たに契約したという精霊のことを含めれば、不満を言う者は一定数いるでしょうが、それでも十二分に説得力のある婚姻です。それに市中はお祭り騒ぎですよ。市井の出身者が、将来的にこの国で最も高位な女性となるかもしれないのですから」

ダルネミアはアリュに、というよりレネッタという個人に対して多大な感謝しているのであり、条約が締結されて全て終わりというわけではない。彼女の存在はダルネミアにとってアリュの貴族の数十倍、あるいは比較などできないくらいに大きい。アリュにとっても、今やレネッタという人物は対ダルネミア外交のために非常に重要な存在となっている。

「もちろん殿下と殿下の精霊王の活躍もあってのことでしょうが。私自身、今回の件についてどこまで事実かわかっていません。殿下の仰ることとイグルドからの報告以外、情報源がありませんからね。殿下の仰る通りならば、ですが」

カーレルは意味深に微笑む。確かに今回の報告についてはいくらか事実を曲げている。レネッタの活躍に関して、まるで彼女一人で溶岩を食い止めたように話したり、彼女が誘拐犯から自力で逃げ出したくだりなど、事実を知る必要のない者達に対してした説明は話を盛っている。

「まあ、事実がどうであれ、彼女が不利にならなければそれで構いません。それに私は彼女を守るという意味で、婚姻には賛成です。狙われることは増えるでしょうが、その分警護は増えるでしょうし。そもそも彼女の精霊たちが彼女の気付いていない間に刺客を退けたりしているので、暗殺についてはそもそも心配していません。加えて殿下の精霊も、それを望んでいるのでしょう?」

『おお、この者よくわかっておるではないか』

精霊王が嬉しそうに頷き、カーレルに同意するように風を送る。

突然吹いた風に一瞬目を細めたが、精霊王によるものだとわかっているのか特に気にした様子もない。

「というわけですので、これはここに置いていきますね。まあ、このようなものがなくとも、殿下が命じれば彼女の補佐官の任を解くことは可能でしょうけど」

この紙は私のサイン一つで彼女を解任するためのものだ。わざわざカーレルがこれをここに持ってきたのは、目に見える形で私に選択を委ねるためだろう。

ここにサインをすれば、彼女を手に入れることができる。だが、それでいいなどと思ってはいない。

「サインをすることは簡単だ。だが、彼女の意思を知りたい。それに私はダルネミアとの繋がりの為だけのために、彼女を選びたいのではない」

どうして私はここまで彼女に執着するようになったのだろう。

襲撃で助けられた時は感謝はしていたが、特別な感情を抱いたりはしなかった。もっとも、女だったとわかったのがその直後だったから、異性として見ることができていなかっただけかもしれないが。

思いが変わっていったのはいつだったのだろう。誘拐されたと知り追いかけたときは、単に助けられた恩を返したいという思いだったはずだ。

しかしまあ、ここの辺りから彼女のことを特別に思いはじめていたのかもしれない。自覚はないが。

本格的に意識し始めたのは、精霊王と出会ったときだろうか。

……とにかく今は、理由はどうであれ彼女が特別なのだ。そしてその思いを止める気はない。

私は机の上に置かれた紙を手に取り、カーレルに返した。

「彼女は可愛い部下ですから、これでも幸せになってほしいと思っているのですよ。ありがとうございます、殿下」

そう言ってカーレルは紙を受け取り、綺麗に割いた。


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