王太子と精霊王3
「それならば、私と契約しないか」
不意にそんな言葉が口をついて出てきた。
レネッタの近くにいることができればいいのなら、契約相手が私でも構わないのではないか?お互い王宮内で働いているのだから、距離的にはそう遠くない。むしろ精霊王の方が会いに行きたければ行ける距離だろう。
それに、契約をすれば精霊王は力を使うことができる。この嵐を生み出しているのがこの精霊王ならば、力を借りることができれば、より早くダルネミアに向かうことができるのではないだろうか。
『なぜじゃ?そなたはあの者の近くにいる者なのか?』
興味を惹かれたのか、精霊王が私の方へぐっと詰め寄ってきた。
いや、近くにいる者と言われると少し違う気もするが、物理的に言えば近いと言えるので、まあそうだろう。
そう伝えると精霊王は微妙な顔をする。
『それは近いと言えるのかのぅ……?番っておるくらいかと思ったが』
「そこまで近くはない!」
思わず言ってしまい、しまったと思った。精霊の感覚というのはそういうものなのだろうが、どうも姿が人型をしているから調子が狂う。
『番えぬのか?』
しようと思えばできるだろうが、だからといって実際にできたとしても問題だろう。
『愛し子と番えるならば、妾なら消滅しても構わぬくらいじゃが……そなたは贅沢だのう』
論点がズレてきている気がするのだが、それなら私にどうしろと?まあ、レネッタと結婚するというのは悪くないと私個人は思っているが……
その考えが過ったのを、精霊王は見逃さなかった。
『ならばよいぞ。愛し子に契約を申し入れても聞き入れてもらえぬだろうし、そなたの近くならば愛し子がいるのだろう?』
心なしか、波が激しくなったような気がした。
精霊王はその半透明の手を私の方へ差し出してくる。
『妾の名はトルメーチェ。そなたは?』
精霊王の名が頭に響く。誰かに胸を押さえ付けられているような圧迫感に、息が詰まった。
精霊との契約に、このような負荷があっただろうか。
分不相応な契約ということなのかもしれない。ここで名前を言いさえしなければ、少なくともこの負荷はなくなる。
しかし、ここで止めてしまえばこんな機会は今後一切ないだろう。精霊王と契約した方が、レネッタを助けられる可能性が高くなるのだ。
私は自分の名前を精霊王に伝えた。精霊王はそれを反芻して、満足げに微笑む。
『では、主人殿。愛し子の元へ行きましょうか』
精霊王がそう言った瞬間に船の上にあった暗雲が霧散し、風が進行方向に強く吹き始めた。




