島に届いた噂話
ダルネミアを出発して9日が過ぎた。島の少ない海域を脱し、物資の補給や船の点検も兼ねて今日は島に停泊する。
私は船で寝る予定だったけど、エルティナ様もいるためか島の宿を確保してもらえたので、せっかくだから久しぶりに陸に降りることにした。
ずっと船の乗っていたからだろう。地面に立つと逆に揺れてるように感じる。
島の少ない海域とのちょうど境目くらいにある大きな島なので、ダルネミア方面からの船や大陸からの船が他にも停泊していて、港の周辺はとても栄えていた。
居酒屋は当然のこと、ちょっとした食事を売る屋台はまだ日はそこそこ高いのに賑わっている。一緒に降りた船員たちも、そちらをちらちら見て加わりたそうだ。
私やエルティナ様はあまり目立ってはいけないので、すぐ馬車に乗って移動して宿に向かう。
この島はダルネミアと大陸との航路にあり貴族や王族がやってくることも多い。そのため今から私たちが泊まる宿はかなり上等なものだ。
妙に凝った細工の施された柱やいかにも高価そうな茶器。絨毯は毛が密で、これまた私でも知る有名な工房のものだ。
まあそんな動かないで休むだけの予定だから、神経質になる必要はないけど。
そして特にすることもなく、ベッドに座って部屋を眺めていると、エルティナ様が部屋にやってきた。
「レネッタさん、私これから少し外を散策しようと思うのですが、ご一緒にいかがですか?車椅子を用意させますので、移動に支障はありませんわ」
まあ、いいお宿といっても、何か面白いものがあるかといえばそうでもない。することは特にないから、お暇なのだろう。
わざわざアリュに向かう船に乗り込んでくるくらいだ。エルティナ様の行動力を考えれば、街を散策したくなってもおかしくはない。
立場的には、私はお供をするべきなんだろうけど、いくら車椅子があるからといって行けないところは行けない。ちょっとした段差も気になってしまうし、むしろ邪魔になるだけだ。
まあ、本音を言えば単に休みたいのだけど。
船に揺られながら、多少慣れたとはいえよく寝れるわけではない。こうしてベッドに座ってしまったら、動きたくなくなってしまった。
「申し訳ありません。私がいてはエルティナ様が自由に動くことができません。それに慣れない船旅でしたので……」
「そうですわね、到着したばかりでお疲れですのに、私ばかり年甲斐もなくはしゃいでしまいましたわ」
「私の事はどうかお気になさらず。もし護衛が必要でしたら、私の精霊をお付けしますが」
「護衛だなんて必要ありませんわ。お忍びですもの。あ、でも、せっかくですしユアリスを連れて行こうかしら」
そう言ってエルティナ様は私に尋ねるような視線を向ける。
「構いませんよ。確かに彼はアリュの者ですが、私の命令でいるわけではありませんから」
私についての護衛は、アリュの騎士が来ていて今もこの部屋の外に立ってくれている。アルたちも、今は特にすることはないはずだ。
そう言うと、エルティナ様はほんのりと頬を上気させる。
「なんとなく提案してみましたが、少し恥ずかしいですわね。声をかけるだけでもしてみますわ。ありがとうございます」
はにかむように笑いながら、エルティナ様は出ていった。
強引な方だと思っていたけれど、意外と純情なのかも、なんて思いながらベッドに倒れ込む。
ちょっとうとうとしてきたな、と目を瞑っていたら、先程出て行ったはずのエルティナ様がなぜか戻ってきた。
なぜか息が切れて、すごく驚いたような様子だ。
「何か、あったのですか?」
時間にしてみたら、少し街を散策できた程度だろう。そんな短い間に、いったい何があったのだろうか。
「……本当ですの?」
いや、何がです?
すごく焦っているのは伝わってくる。でもなんの話かわからないのだから、尋ねられても応えようがない。
エルティナ様も端折りすぎたと思ったのか、自分を落ち着かせるように息を吐く。
「アリュのシャヴィム王太子が、レネッタさんに婚姻を申し込んだというのは、本当ですの?」
あ……え……?なぜエルティナ様がご存知なんですかっ!?
ユアリスは活発な女性に振り回されるのが似合うなーとか思っています。




