話し合いと再会3
竜車にしばらく揺られ、たどり着いたのは一軒の家だ。
噴火の影響は受けていない、小綺麗な一軒家。
ネルに支えられながら竜車を降りる。
そして顔を上げると、その一軒家の横で洗濯物を干している女性の姿が目に入る。
女性は私たちに気付いて作業を中断すると、小走りでこちらに向かってきた。
「話は伺っています。皇都からのお客様ですね」
そのどこか疲れたような笑顔を見て、心臓がうるさく鳴った。
さすがに少し老けていたけれど、初めて会ったときと同じ顔だ。
「中へどうぞ。椅子を用意しますね」
少したどたどしいダルネミアの言葉でお姉さんは言う。
返答が出来ずにいると、ネルが私の代わりに礼を言って家の中に連れて行ってくれた。
お姉さんはキッチンでお茶を淹れて、焼き菓子と一緒に机に乗せる。お茶の芳ばしい香りが客間に広がった。
そしてお姉さんも私の向かい側に座る。
「ダルネミアの王族の方もいらっしゃるのに、大したものをお出しできず申し訳ありません」
お姉さんは一緒に来ていたサグアノを見て頭を下げる。
「この状況で突然押しかけてきたのですから、構いません」
「そう……ですか……」
お姉さんはしばらく俯いて、やがて意を決したように顔を上げた。
「来ていただいたのに申し訳ないのですが、私はこれまでのことを覚えていないのです。ダルネミアではなくアリュの出身で、娼婦をしていた事までは覚えていますが、なぜダルネミアにいるのか、まるで夢から覚めた後のように、なにかがあったはずなのになにも覚えていないんです」
そう言ってお姉さんは再び俯いた。
サグアノは、帝国はどこまでお姉さんに話したのだろう。記憶がないのであれば、精霊王のことについては触れずにいるはずだ。
「……記憶がない間の事はサグアノ様から伺っております。私はここで、何か厄介な精霊に魅入られていたのですね」
そういうことにしてあるのか。いつ記憶が戻るかわからないが、思い出したとしても嘘は言っていない。
「そして、あなたが私のことを助けようとしてくれていたと聞きました……覚えていないというのは非常に申し訳ないのですが、ありがとうございました」
……違う。善意じゃない。私のためでしかない。
私はあの時お姉さんに逃げろと言われて逃げた。感謝すべきはむしろ私の方だ。
ダルネミアに連れて行かれたのが私になるだけなのに。
そう言いかけたらサグアノと目が合った。彼は黙って首を横に振り、何も言うなと口の動きで伝える。
「噴火の被害を食い止めようとなさっていたというのも聞きました。あなたの活躍がなければ、私もどうなっていたかわかりません。あなたには2度も助けられてしまいました」
ああ、お姉さんは本当に何も覚えていないんだ。
私が感じてきた責任、葛藤、恐怖は、いったい何だったのだろう。
いっそ元凶はお前だと罵られる方がいい。
「……大丈夫ですか?先程から顔色が悪いですけど、確か寝込まれていたのですよね?まだ体調が良くないのでしたら休んでいかれますか」
ここに来て一度も言葉を発していないからだろう。お姉さんは心配そうに私の顔を見ていた。
「い、いえ。大丈夫です。すみません」
そう言うとお姉さんはちょっと微笑んだ。
「なら、良いのですが」
そして、そこで会話は終わってしまう。
雰囲気を察したサグアノは、おそらく今日ここに来た本題を話し始めた。
現在の体調、暮らしなどに関する質問をして、それを書き留めている。
そしてそれも終わり、サグアノは立ち上がった。
私もネルの手を借りて立ち上がる。お別れだ。
お姉さんは扉を開けて、私を通してくれる。そのすれ違いざまだった。ほんの少しだけ、お姉さんの顔が近くなる。
「大きくなったね」
呼吸の音、そう思ってしまうくらい、普段なら聞き逃してしまうような小さな囁き声。それは耳に馴染んだサヴァ語だ。
私は思わず振り向いて、お姉さんを見た。変わらない、どこか疲れたような笑顔。
「ありがとう。私、あなたがいなければ殺されていたわ。恨んでなんかいないわよ」




