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手紙と従者の告白5

ゼイドは俯き、何かを小声で呟く。何か、謝っているようだった。

「いえ、お話しすると決めたからにはお話しいたします。カラルド殿下は……私に夜伽をお命じになりました」

「え、それってまさか……」

思わず目を見開いたまま、私はゼイドを凝視してしまった。

いや、本人がそう言うのだから信じるしかないのだろうけど、だからといってすぐ受け入れることはできなかった。

「まさか私も、カラルド殿下にそのように思われていたなど思ってもいませんでした。そもそも、カラルド殿下とはその頃は時折顔を合わせる程度で業務的な話以外することはありませんでしたから。ですがあの時は、殿下の女遊びを諌めてくれないかというお妃様の命でお会いしたのです」

未だ信じられないが、理解してしまえばゼイドの言いたいことは大体わかる。

ずっと頼りにしていて、それ以上の感情を抱いていた従者を突然奪われ、その奪った本人である弟と比較される。カラルドの悲しみや屈辱はどれほどのものだっただろう。

彼が精霊使いを恨み、帝国を滅ぼそうとまでしたのか、その理由の一端がわかった。

ゼイドが女であったならまだ言い出すことができただろう。しかし現実はそうではなかった。ずっとそれを心の内に秘めたまま、本心とは真逆に女遊びをして憂さを晴らしていたところを、その本人に諌められる。

「その時のカラルド殿下のお顔はよく覚えていないのです。いえ、覚えることができなかったというべきでしょう。そして私はあの時、殿下に恐怖していました。私は逃げたのです」

後悔と恐れの入り混じった表情を浮かべ、ゼイドは語った。

これが、ゼイドの懺悔か。

だがそれでもゼイドに落ち度はない。たとえこの時のことが今回のことに繋がっていようと、彼を責めるものはいない。

「他の選択もあったはずなんです。あの時あの方の話を聞くだけでも、状況は違ったのかもしれない。あなたが脚に傷を負うような事も、浜辺で兵士を苦しめる事もなかったかもしれない」

「……待ってください。私の脚については、命さえあればいいとあなた方が命じたのでしょう?」

「ええ。我々もそう思っていました。ですが、我々があちらに出した命令は、あなたを無事捕らえることです。命さえあればいいと解釈されたと思い不思議に思いませんでしたが、どうやら途中でカラルド殿下がそう歪曲させたようなのです。捕らえられたカラルド殿下がそう言いました。もちろんこちらについては信じていただかなくても構いません。いずれにせよ我々の落ち度であることに変わりはありませんから。精霊王の主人、ティスタを連れ出したことについても、想定外でした。あなたを捕らえるだけのはずだったのです」

だからあんな形で私はお姉さんと再開したということか。そして争って、兵士たちを傷付けて、精霊たちの力を消耗させて、噴火に立ち向かわなければならなくなった。そういうことか。

「こちらが一方的に話をしておきながら恐縮なのですが、このことは、カラルド殿下の名誉のためにも口外しないでいただきたいのです。お願いできる立場ではないことは重々承知しております。どうか……」

別に、誰かに話すつもりは毛頭無い。話したところでそうそう信じてもらえないだろうし。

「話しませんよ。話す相手もいませんから」

そう言うと、ゼイドは大きく息を吐きありがとうございます、と言った。

「……もしかすると私はただ、誰かに話して楽になりたかっただけなのかもしれません。現にこうして、いつになく晴れやかな気分です」

憑き物が落ちたような表情だった。つられて私も微笑んだ。

「あなたに聞いていただけてよかった。レネッタ様、あなたは自分に向けられる感情から逃げないでください。私のようにならないためにも」

その言葉に、私はハッとする。

それをよそに、ゼイドは一礼して部屋から出て行こうとした。

ゼイドが取っ手に手をかけた時に、私は叫んでいた。

「待ってください!」

ゼイドは私の方を振り向く。

「なんでしょう」

「ゼイドさん、まさか知っているんですか?」

脇に置いておいた読みかけの殿下からの手紙を、ゼイドはちらりと見た。裏返してあるから内容は読めないはずだけど、彼は何か見透かしているように感じた。

私の視線に気づいたゼイドは意味有りげに微笑み、言った。

「……あなたは私と似ています。周囲を気にしているようで、自分に向けられる感情については無頓着でしょう。人に振り回されないことは美徳ですが、それは時に心無い刃となり、人を傷付けます」

それは、ゼイドからの真摯な忠告だった。

……私は、好意を向けられることが怖いんだ。漠然とした、家族だからとかそうしたものは別に構わない。自分はそんな人間でないと思っているから。

これまで私は自分に向けられた感情の意味を真剣に考えた事があっただろうか。勝手に、あり得ないと一蹴して切り捨ててきた。

アルに対してもユアリスに対しても、シャヴィム殿下についても。あり得ないと勝手に決めつけて、無視していたんだ。

「感情を向けられるということは、何か必ず理由があります。私は逃げ、長年苦しみました。あなたはまだお若いから、間に合います」

そう言い残し、ゼイドは部屋を出ていった。

しばらく呆然と扉の方を眺めていた私は、やがて脇に置いていた手紙に手を伸ばした。

いつもより長めです。

普段だといい感じに切れそうな箇所で止めているだけなので、今回が長くなってしまっただけなんかですが……

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