離宮のパーティー5
パーティー会場に飛び込んできた魔物は大きく咆哮を上げると、悲鳴を上げて逃げ惑う客を攻撃しようと明らかに普通の猿にはみられない大きく鋭い爪を差し上げた。
落ち着きを取り戻した警備の騎士や、招待されていた精霊使いの客は戦闘体勢をとった。
もちろん私も戦闘体勢に入る。
なぜかこの補佐官の制服には武器を隠してくださいと言わんばかりに武器を隠すところがある。後ろ暗い事情がありかねないので深く意味を考えはしなかったけど。
私は隠しておいたナイフを手に取った。
魔物は騎士や精霊使いに追い立てられている。
が、魔物二匹が驚異的な跳躍力でこちらに向かって飛んできた。
客が逃げ惑い、バタバタしているなか、ここにはスペースが残っていたからだ。
魔物はよい獲物とばかりにフェターシャ嬢の方に走り、その爪を降り下ろそうとする。殿下が身を呈して守ろうとするが、このままでは二人とも死ぬだろう。
考えるより先に身体が動いた。
私は二人と魔物の間に割り込んで、飛びかかってきた魔物を力任せにナイフで切り裂く。
とはいえ、女の腕力に小さめのナイフだ。そう大きな傷をつけられていない。しかも爪の先端が私の左肩をこすり、焼け付くような痛みが走る。こすっただけで服が裂け、血が滲む。
主を傷つけられた精霊はもちろん怒り狂った。
『よくも主人をっ!』
そう言って私に傷を負わせた魔物に向けて炎と雷が飛んだ。もう一匹の魔物に向かっても氷の塊と水の塊が浴びせられる。
だがこれくらいで倒れる魔物ではないようだ。怯んだ程度で、致命傷にはなっていない。
「アルっ!」
私はポケットに手を入れて、中からレルチェを出してアルに渡した。
「そいつは頼んだ。この二匹は私一人で十分」
「怪我してるじゃ……」
「殿下とフェターシャ嬢を安全なところに誘導しろ」
アルはまた何か言いかけたが、口をつぐんで何も言わなかった。
「魔物は私が倒します。ご安心ください。あなたのことは守ります」
私はフェターシャ嬢に微笑みながら言った。
フェターシャ嬢は震えながら立っている。目は私の左肩の怪我に釘付けとなっていた。これでは安心できないだろうか。
そう思いながら、私は再び魔物の方を見た。
精霊の攻撃によって削られてはいるが、どうもあまり効いていないようだ。
魔物に精霊の攻撃が効きにくいのはよく知られているが、ここまでではないはずだ。
私はもうひとつナイフを取り出して両手で構えた。左肩がずきずき痛むが、気にしている場合ではない。幸い太い動脈は切れていないようだった。
火精霊に熱してもらい、ナイフの淵が少し赤く輝いた。ナイフの柄は熱を通しにくい素材でできているので私の手は熱くない。
氷精霊と水精霊に命じて魔物の足元を凍らせる。
私は身動きのとれなくなった魔物に一気に詰め寄ると、まず攻撃手段を封じるために腕を狙う。
巨大な爪が襲い掛かってきたが、それを避けてまずは左肩を切りつける。さっきの恨みも込めて。
だが厚い魔物の皮膚はそう簡単には切り裂けない。
それでも、私が魔物に与えたダメージは大きかったようで、魔物は思わずといった感じで左肩を抑えた。
その隙にもう反対の右肩も切りつけるが、ナイフに魔物の左肩を切ったときの血が付着して切り裂けない。
そうこうしているうちにもう一匹の魔物が氷精霊と水精霊の氷を壊しそうだ。
本当はあまりやりたくないのだが仕方がない。人間もそうだが、どの生き物にも弱点がある。もちろん魔物も例外ではない。
どんな生き物にもある弱点、太い血管のある首筋。ここを切り裂けばどんな生き物も即死だ。
だが、この方法は返り血がたくさん飛んでくるという問題がある。私の服はほとんど血で染まるだろう。
私は意を決してナイフを強くつかんだ。
痛みで苦しむ魔物の首筋に一気に近付き、力の限り切りつける。
魔物の傷口から大量の血が吹き出し、腕が真っ赤に染まった。生暖かいどろりとしたものが袖をつたって地面に落ちる。見事な緑の芝に赤色がよく映える。
ふと左肩に目をやると、なんと出血が止まっていた。
『あの男の精霊です』
殿下の神精霊のおかげのようだ。もうあまり痛みはない。
私は残った魔物に向き合って再びナイフを構えた。




