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逃走と闘争9

逃げると言っても、火山が噴火すれば岩が所構わず飛んでくるという事だったし、上から岩が降ってきても避け方なんてないだろう。小石程度ならまだしも、岩が降ってきたら私の精霊でも対処のしようがない。

「いや、逃げる場所はある。まあ、この場にいる全員は到底無理だが……レルチェ!」

殿下がレルチェを呼ぶと、レルチェは視線だけちらりと動かした。

「あそこで船が待機している。レルチェが場所を覚えているはずだから、乗って逃げるんだ」

「な、何をおっしゃっているんです?逃げるべきは殿下です!そもそもこんなところに王太子殿下がいらっしゃる時点でおかしいんですよ?」

そうだ。どうしてこの方はわざわざ私なんかを助けにきたんだろう。夜会で助けたからと言っていたけど、でもそれは王太子という立場上、当然のことだ。それなりの報酬を与えるくらいで終わる話なのに。

「レルチェ、送るなら先に殿下を送って」

「レルチェ、彼女を船に送るんだ」

同時に言われ混乱した様子のレルチェだったが、最終的に不承不承といった様子で殿下を見る。そうすれば私が助かるということを理解しているのか、飛び上がって私の肩を掴んだ。

「れ、レルチェ!下ろして!運ぶなら先に殿下を……」

そう言っても、レルチェは知らんぷりで高く飛んでいく。

「ちょ……普通に怖いから!下ろしてレルチェ!」

地面がみるみる離れていき、足場を失った足がぶらぶら揺れる。滅茶苦茶怖い。足元に地面がないって怖すぎる。腹の底が冷えるって、こういう感覚か。

真下を見る勇気がなく、かといって目を閉じるのも怖いので遠くに目をやると、山の地形が月明かりに照らされ白んで見えた。

いくつもある筋のような谷がなだらかになるにつれ扇型に広がっている。ダルネミアの皇都は、ちょうどその扇型の部分にあった。

そしてその筋を辿ってダルガ山の山頂を見ると、頂上の岩の亀裂が赤く光り、その破片というにはあまりに大きな岩が落ちるたびに赤い筋が瞬く。

「レルチェ、お願いだから殿下を……」

その時だった。凄まじい轟音と共に、大気がビリビリ震える。

ダルガ山が噴火したのだ。

赤い炎が噴き上がって弧を描く。頂上から山の中腹まで、稲妻のように輝く亀裂が走る。

もうもうと舞い上がる煙が、月を霞ませる。

山の一角で突然煙が上がり、それは生きているかのように山の斜面に沿って一直線に落ちていく。そしてその煙がおさまった場所には、土砂があるだけだ。

そのすぐ横で、同じような煙が上がる。

あんなものから逃げられるはずがない。あの速さと力に巻き込まれれば、全て破壊されるだろう。あんなものが市街地になだれ込んだら……

遠くにひときわ明るい場所が見えた。皇都だ。

少し離れた場所にある城は湖で反射する窓の灯りで、違う場所で浮かんでいるようにも見える。こんな時なのに、その光景は美しかった。

『いざとなれば城を壊すくらいの勢いでいい』

不意に一昨日の夜、イグルドが言った言葉が頭をよぎった。

……まさか、こうなることをイグルドは読んでいたのだろうか。

上空から見るとよくわかるのだが、ダルガ山の火口は山頂の中心ではなく、皇都側に少し傾いて存在している。そして、その火口から延びる筋の一つの先にあるのは皇都。

土石流や溶岩がそこを通れば真っ直ぐに皇都が破壊される。それがサグアノたちの危惧する最悪の事態で、それを防ぐためにできることは何か。

壊してもいい城、湖、扇型、精霊、市街地……

結論はすぐに出た。

私はまだ契約していない精霊がいる。土の精霊だ。

水で抑えることができないのなら、地形を変えて土砂や溶岩の流れを変えるしかない。流れを変えて、もっとも被害を抑えることが可能な場所に土石流を誘導する。



今後の展開をまとめていたら、いったいあと何話かかるのかわからなくなってしまいました。頑張ります。

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