逃走と闘争8
「僕が、僕が全ての元凶だと仰るのですか?なぜです!僕が何をしたと?」
意味がわからないと言いたげにサグアノはカラルドに詰め寄るが、カラルドは冷たい笑みを浮かべたまま答えない。
「答えてください!兄上っ!」
「言うものか。無知は罪。それを背負ったまま死ね、サグアノ。生き長らえたとしても、その罪がお前を苦しめるだろうな。ああ、肯定してやろう。お前の無知が、全ての元凶だ」
カラルドの言葉に、サグアノは知らないと首を小さく振る。
それを、ゼイドがかける言葉もなく見つめていた。
「……言ったところで、理解されないし、理解されようとも思わない。むしろお前たちは俺を軽蔑するだろう。だから言わない」
そう言ってカラルドは手にしていた担当を砂の上に落とす。
「カラルド殿下を捕縛してください。今のあの方は何をしだすかわかりません」
火傷の治療が終わり、兵士たちにゼイドが命じる。
一部始終を見ていたであろう兵士たちは黙って頷き、カラルドに剣を突き付けた。
「無駄だ。どうせ帝国は滅びる。見ろ」
カラルドが指差した方向には、精霊王がいた……はずだった。
人型をとり、淡く燐光を放っていた精霊の姿はそこになかった。
そこだけ温度の違う何かがあるかのように、わずかに景色が揺らいで見えるだけで、海風が吹けばかき消えてしまいそうだ。
「もう噴火を止めることのできる精霊王はいない。レネッタ、あなたがティスタを殺し王の主人となれば、止められたかもしれない。残念だったね」
カラルドは私を嘲笑う。わかっていた。もしかしたら止められるかもしれないと。しかし私は、お姉さんに死んでほしくなかった。
この想いは、間違っているだろうか。
そう叫びたくなるのを堪えるが、抑えきれないなにかが口の端から徐々に溢れて、唸り声のような音が漏れる。
「……言いたいことがあって、言えばあなたの気が晴れるなら、いくらでも聞いてやる。わざわざ抑える必要はない」
殿下がそう声をかけてくれたが、私は首を横に振った。言えば、堰が壊れる。きっと精霊たちは私の怒りに感化されてカラルドを引き裂くだろう。これ以上精霊たちの手を汚させるわけにはいかない。精霊を暴走させ、他国の王族を殺したとなれば、責任を問われるのは私だけではない。
「私は精霊使いです。宰相様の補佐官です。ダメなんです、私の行為は、私だけの責任じゃないんです」
「……そうか」
低い声ではっきりと殿下は言った。呆れられたのだろうか。何を言っても仕方ない。とにかく今は堪えなければ。それに
「ダルガ山が噴火寸前なんですよね。対策を取らなくていいんですか?確かあの山の麓は、皇都ですよね」
息が苦しい。でも、カラルドの言った通り、もはや噴火を止める手立ては残されていない。せめて被害が少しでも小さくなるように、何か対策をとらなければ。
「……その通りだ。しかしあの山は帝国最大級の火山。先ほどの地震で避難をはじめた者もいるだろうが、逃げる以外人間にできる事はない。どこに降ってくるかわからない噴石に、高温の石や土砂がなだれ込む。溶岩も流れてくるだろう。揺れで既に建物もいくつか崩壊している」
火山がほとんどない国に住んでいるためか、サグアノの言うことはいまいちピンとこない。だが、噴火の影響というものは、非常に大きな災害をもたらすということはわかった。
「なにか、手はないのですか?これだけ火山があるのに、逃げる以外できないんですか?」
つい嫌味のようになってしまった。でも、逃げてばかりなら、どうしてこんな火山の近くに住んでいるのだろう。はじめからもう少し離れたところに皇都を作れば、もっと被害は減るはずなのに。
「精霊の力を借り流れの向きを変えた事例はいくつかあるが、ここまで巨大な噴火に対しその小細工が通じた記録はない。いくら君の精霊でも不可能だ。第一、君の精霊はかなり消耗しているだろう」
その通りだ。今の戦いだけではなく、逃げてきたときにかなり力を使ってしまっている。
「私たちはここに住まなくてはならなかったのです。ダルガをはじめ火山は神聖な山で、帝国はその恩恵を受けて繁栄してきました。それを変えるのは難しい。噴火を起こせば呑まれるということを、知っていたとしても」
そう言うサグアノとゼイドの表情は険しいものだ。
「僕のこの精霊王ならば、まだ力が残っている。水ならば火山に対抗できるのではないか?」
殿下がそう提案したが、二人は顔を見合わせて、首を振った。
「簡単にはいきません。確かに噴火による山火事などには効果がありますが、土砂を止めることはできないでしょう。むしろ、水を含んだ土砂は重く、緩くなったところに揺れが起これば、さらに大きな土砂崩れを引き起こすこともあります」
だから逃げるしかないのだ、とゼイドは言う。
そうだ。ここであれこれ私が言っても仕方がない。火山の噴火という災害に対する経験なんてないのだから。
「でも逃げるといってもどこへ?」
あけましておめでとうございます(^^)
頑張って書いていきますのでどうぞよろしくお願いします。




