逃走と闘争5
すでに読んでしまったという方がいらっしゃるかもしれません。5話目になります。
月の光が兵士たちの無事な皮膚を白っぽく映し出すのと対照的に、闇に溶けていきそうな黒がその身体に纏わり付いている。
どうしようもなく呆然としている兵士、痛みに倒れこみ、かえって砂が火傷にこびりついて叫ぶ兵士、火傷はしなくとも、地獄のような光景に言葉を失う兵士。
その中心で、お姉さんだけが何事もなかったかのように立ち、無表情に兵士たちを見下ろしていた。
私の、せい。これは全部私のせい。
兵士の一人と目がう。そこにあったのは憎悪だった。
……ああ、死のう。
唐突に、そう思った。
全て私のせいだ。お姉さんがあんなことになっているのも、兵士たちを地獄に誘ったのも、全部、全部私さえいなければ起こらなかったことだ。
私が死ねばお姉さんが殺される理由がなくなる。
兵士たちへの罪を償いたい。
どうやって死のうか。といっても小刀一つ持っていない。この砂でも飲み込んで、窒息しようか、
ためしに砂を掴んで、叩きつけるようにして口に押し込むが、とてもじゃないが飲み込めそうにない。喉に粒が張り付いて、激しく咳き込む。気持ち悪い。
心配した精霊たちが私に近づいてくる。火、水、雷、植物、氷、闇、光の精霊たち。
そうだ。なぜ、気付かなかったんだろう。
私は氷精霊に命じた。嫌がる氷精霊はふるふると首をふる。
「カラーシャ、氷柱を作りなさい」
氷精霊は目を見開き、苦悶の表情を浮かべる。
直接の言葉による命令に加え、名前で呼ばれて逆らえる精霊はいない。
ぱくぱく口を動かし、拒絶の意思を見せながらも、氷精霊は氷柱を作り、私に差し出した。
私の意思ならば、私の精霊でも止められない。
遠くからサグアノとゼイドの静止の声が聞こえてきたが、膜を隔てた別の世界からの声のように思えて、現実味を帯びてこない。
精霊王は、私の意思に気付き力を振るおうとするが、間に合わないだろう。
思わず笑みが零れる。
そして氷柱の冷たい感触が首筋に触れた時、大きな波音がして、次の瞬間に私は巨大な波に呑まれていた。
温かい海水に触れた氷柱はみるみる溶けて、私の手から消えた。
全身が波に捕らわれて、思うように動かせない。肺から空気だけが抜けていく。
『息はできるようにしてあるから、息をして?』
頭の中で声がする。でもこの声は、私の精霊の声じゃない。しかし息ができず苦しいのは事実だ。
誰ともわからない声だったが、気付けば私は大きく息を吸い込んでいた。
ほんのかすかに塩の味がする空気が肺を満たすのを感じる。
そして次の瞬間、私はまた砂浜に立っていた。さっきまでいた場所から少し離れていたが、お姉さんやサグアノ、カラルドの姿が見える。
「レネッタ!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえた。声がしたのは上からだ。思わず空を見上げた先にいたものが信じられず、波に呑まれて気絶して、夢でも見ているんじゃないかと思った。
「レルチェ……!?」
月明かりに照らされ、青い鱗が白銀に輝いて見える。
間違いない。竜舎に預けていたはずの私のドラゴン、レルチェだ。
その背には誰かを乗せていた。
……最初に乗るのは私って、思ってたんだけどな。こんな状況なのに、そんなことを考えてしまった。
それにしても、一体誰か乗っているのだろう。そう思って見ていると、レルチェの背中からその誰かが飛び降りた。
あの高さだ、普通なら無事でいられるはずがない。
しかし落下してくる人影の速さは不自然に遅く、私の横に軽やかに着地する。
そして小さな光の玉がその横顔を照らす。
「お、王太子殿下……」
この方がなぜ……?しかもレルチェに乗り、この高さから飛び降りるなんて。
しかも気付けば私は、抱き寄せられて殿下に支えられていた。恐れ多くて飛びのきたかったが、殿下の力が意外に強く、それにそんなことしたら自分が倒れるのはわかっていた。
「話すのは後だ。精霊王というのは、あの精霊か?」
殿下が示した先に、淡く燐光を放つ精霊王の姿がある。
私は頷いて肯定した。
「……そうか」
2の後にこの5話目を投稿してしまっていました……今回の話はバラバラに書いてその間を埋めていく感じに作成したので、投稿話を間違えたようです。読んで確認すればよかったのですが、そのまま寝てしまったようです
混乱させてしまいすみませんでした(ーー;)
5までまとめて投稿させていただきました。以後気を付けます




