隠れ家5
「逃げるが勝ち。よく言うだろ?」
イグルドはそう言って微笑んだ。
「人様に責任を押し付けて逃げるのは良くないが、今回のことは別にお前に責任があるわけじゃない。自然災害に責任も何もない。確かにお前は精霊王の待ち人なのかもしれないが、それ以前にレネッタという人間だ。人間が災害から逃げるのは、当然だろう」
「でも、私が逃げてよりひどいことが起こったら?」
そもそも昔話が事実という確証があるわけでもなく、サグアノの話を信じるなら、逃げてしまえば私を求めている精霊王が怒って火山を噴火させるかもしれない。私が死んでも同じことが起こるかもしれない。
「私が何かするべきなんじゃ……」
「自惚れるな、レネッタ」
イグルドは静かに、それでいてはっきりと言った。
「お前が死んだところで、結局どうなるかわからない。逃げようが契約しようが一緒だ。お前が何をしても無意味だろ」
確かに、その通りだ。何が起こってもおかしくない。結局、何をすればいいのかはわからないままだ。
返す言葉が見つからない私に、イグルドは続けた。
「世界を狭めろ。お前の見ている世界は広すぎる。こんな状況で見ず知らずのやつまで守れなんて言われる筋合いは無いだろ。守るのは力ある者の責任とか思ってるんだろうが、そんな決まりどこにもないだろ?力があるからこそ逃げろ。年寄りくさいこと言いたかないが、お前はまだ若いんだから、余所見ばっかしてないで、自分を見てろ」
まさか、イグルドにこんなことを言われるなんて思ってなかった。
「割と本気で殺そうとしてた人に逃げろと諭されるなんて思いませんでした。あ、嫌味じゃないです。純粋にそう思っただけで……」
「わかってる。お前がこの状況で嫌味を言うようなやつだったら、こうなる前に殺してたっての。てかあの時は本気で殺そうとしないとそれっぽくならないし、そもそもあの程度で死んでたらこれから逃げ切れない、違うか?」
「そうですね、あんな最後は嫌です」
少しずつ、自分の表情が緩んでいくのを感じる。どうするべきかわかったからだろうか。
「精霊王が消滅するのがいつなのかはわからない。できれば早いうちに逃げたいところだが、ダルネミアから出るには船しかない。明後日の明け方には出れるよう、今から用意しないとな」
イグルドが話はまとまったとばかりに立ち上がる。
「とりあえずお前は休んでろ。精霊たちが集まってると怪しまれるから、精霊は1体以外分散させて、他の精霊が近づけないようにしとけ」
明後日に出るために、明日はサグアノたちに見つからないよう息を潜めている必要がある。精霊たちが目立ってしまっては意味がない。でも……
「不思議なんですよ。ダルネミアに来てから、ゼイドの壁があったこともありますが、あまり他の精霊が近寄ってこないんです」
ダルネミアにいる精霊王が関係しているのだろうか。こうして外に出て、改めて周囲を見てみて気付けた。サグアノたちといた時はゼイドがいたから気にしていなかったけど、少しおかしい。
そう言うと、イグルドは表情を硬くした。
「……ますます早く逃げた方が良さそうだ。出来るだけ早く船を見繕ってくるが、少しでもおかしなことがあれば逃げろ。いざとなれば城を壊すくらいの勢いでいい。いいな?」
城を壊すって、私がまた捕まったときの話だろうか。
いつになく真剣なイグルドの様子に、私は黙って頷いた。
いくらか前のあとがきであと20話くらい的なことを言っていましたが、余裕で超えていきそうです。頑張ります。




