隠れ家
サグアノは皇都に用があるらしく、帰りの竜車には私とゼイドの2人で乗っていた。
特に会話もなく、無言だ。
沈黙が苦手なたちではないが、なんだか居心地が悪い。
「そういえば、この城は湖の上に建っているんですか?」
帝国の城は三方を湖で囲まれていて、水の城なんていう異名があるらしい。
とりあえず適当な話題を振ってみる。ゼイドは察したのか、微笑んで応じてくれた。
「いえ、埋め立てを行なったりしたわけではありません。たまたま湖にへこんでいる箇所がありまして」
「防衛の面からもよさそうですしね。こういう地形なんですね」
「ええ、よろしければ時間もありますし見ていかれますか?」
そんな会話をしながら城の門を出て、しばらくして竜車が大きく揺れた。
「何事だ!?」
ゼイドが外に出る。窓を覆う布を少し除けて外を覗くと、竜車を護衛していたダルネミアの兵士が野盗のような集団に襲われていた。
金目のものを積んでいるとでも思われたのだろうか。
そう考えた矢先、竜車の扉が破壊された。
思わずそちらを向いていると、窓が砕けた。
「やはりこうなった。だから誘拐に気を付けろって警告したろ」
「イグルド……?」
耳元で囁かれたその声はイグルドのものだった。
『主人っ!』
冷気が首を掠めたと同時に、金属が固いものにぶつかる高い音が響く。
とっさに見ると襟が凍り、短刀が縫い込まれたようにそこに刺さっていた。
私の首を狙った刃を、氷精霊が間一髪のところで止めてくれたのだ。
私を殺そうとしていた。なぜ……
いや、イグルドは私に選択肢を与えた。アリュに戻るべきだ、と。
しかし私はそれを無視する形で謁見に向かった。
今回のこの精霊王の件について、イグルドは何か知っているのだろうか。思えば、イグルドは私に変わった興味を示していた。
突然誘拐もどきのようなことをして、誰も聞いてなどいないゲーテという組織の話を話すだけ話したあの行為は、未だにその真意がわからない。
襲撃者たちの応戦をしながら私はイグルドに言った。
「回りくどいんです!何かあるなら教えてください!警告だけされても理由もないんじゃわかりません!」
そう言うと、イグルドは全てを知った様な無表情で迫ってくる。
「理由言ったらお前死ぬだろ」
「はあ?何か知りませんけど、決めつけないでください」
なんだかムカつく言い方だ。振り下ろされた短剣を精霊の力を借りつつ払うと、イグルドの表情は変わっていた。
「何がおかしいんです?」
イグルドは笑っていた。
「いや、そういえばそうだった。あいつと同じか」
そう言ってイグルドは一人納得した顔で頷き、どこからか丸い玉を取り出す。何かわかる前に、イグルドはそれを地面に叩きつけた。
閃光が走り、もうもうと灰色の煙が立ち込める。
煙幕だ。
結構な煙だが、私の風精霊の力なら払うのは容易い。
だからそうしようとした時、煙の外から私の名前を呼ぶ声がした。
「レゲ……じゃない、レネッタ、こっちだ!」
アルの声だった。
思わぬ知り合いの声に、私はそちらに身を乗り出した。
煙の中から手が差し出され、私はそれを掴む。
グッと引っ張られると同時に、風精霊に支えられて何かの上に乗った。硬くてザラザラしている。それを感じた瞬間、膜が破られたように煙の外に出た。
そして自分が何に乗っているのか見下ろすと、馬よりひとまわりほど大きなドラゴンがいた。
「すごいぞダルネミア。借馬じゃなくて竜だ」
覆面をしていて顔はわからないが、その声はアルのものだった。
「どうしてダルネミアに?」
「イグルド様に付いてきた。名目上は視察だけど……詳しいことは後で話すから、とりあえず市街地入って次の角曲がったら飛び降りるからな」
「え、次?」
どこの事だと確認する前に、ドラゴンは勢いよく曲がり、次の瞬間には私たちは柔らかいものの上に落ちていた。




