謁見2
謁見は城の中の、皇帝の私室で行われるらしい。事情が事情だけに、部屋の中には私以外にサグアノとゼイドしかいない。
少しして皇帝が護衛を引き連れ部屋に入ってきた。
サグアノとゼイドの両名が立ち上がり、私も反射的に立ち上がりかけてよろめいた。
膝をついて倒れた私を、皇帝の護衛が怪訝そうにしながらも助け起こしてくれる。
「あなたの脚については知っている。立ち上がる必要はない」
誰のせいだ、と思わずにはいられなかったが、余計なことを口走る前に礼を言って、椅子に座りなおした。
「お見苦しいところをお見せしました。お言葉に甘えさせていただきます」
そう言うと、皇帝は鷹揚に頷き正面の椅子に座った。
「前に会ったな。あの時はアリュの宰相殿の補佐官としてだったが……女性としてお会いするのははじめてか」
「そうですね。では改めましてご挨拶申し上げます。レネッタです」
よろしくお願いしますとは言わない。言いたくない。
それ以上は何も言わずに黙っていると、皇帝は軽く咳払いをしてちらと護衛を見る。察した護衛は、ピシリと敬礼して部屋を出ていった。
「さて……話は大方、こやつから聞いているだろう。精霊王があなたを欲している。精霊王の新たな主人となってはくれまいか」
そう言って皇帝は頭を下げた。
「確か弟や妹がいるそうだな。彼らについては帝国が全責任を持って保護し、将来を約束しよう。ダルネミアに移住してきても構わんし、アリュに留まりたいのなら補助をしよう。無論、精霊王の主人となったあなたの何不自由ない生活も保障する」
「……それについてはサグアノ殿下から聞いており、了承しております」
これでも私は国の役人だ。目上にこうも真剣に頭を下げられるとこう、なんとも言い難い気分になる。私悪くないのに、私が悪いみたいな感じ。
ダルネミアにしてみれば、これは国を揺るがす事態だ。防ぐためならばどんなことでもするのだろう。彼らも必死なのだ。他国の一介の役人ごときに、皇帝自ら頭を下げるほどに。
「……あなたには非常に申し訳ないことをした。だが、我々も必死なのだ。アリュの反王国組織に協力を求めた時、いや、その以前からあなたに対し申し訳ないと思っていた。身勝手な頼みだが、許してほしい」
これまでの不可解な出来事は全てダルネミアが裏で手を引いていたのか。確かに私を刺激することは反王国組織ゲーテにとっても利益に繋がる。ダルネミアという強力な後ろ盾を得て、このところ力を増していたのか。
「私に関わる人たちが平穏であるなら、私は構いません」
別に死ぬわけではない。意識が奪われると言われていても、むしろ精霊王に対しては興味が優っていた。
「……婚礼後に精霊王と契約していただく。もし婚礼に呼びたい者がいれば言ってくれ。何人でも参列を許そう。とはいえ急ぎであるから、婚礼の最終日になるかもしれん。だが、最後に会う時間を設けるつもりだ」
「お心遣いいただき、ありがとうございます」
呼びたい人、か。でも仕事の関係者は事情が事情だから誘いづらい。弟たちが来てくれれば、それでいいかな。
「恐れながら皇帝陛下、彼女の婚約者は私ということでよろしいのですか?」
誰を呼べばいいのか考えている私を横目で見つつ、これまで黙っていたサグアノが言った。
「そうだ。カラルドではなく、お前が彼女を娶ることについては決定した。まさかお前が誰かに興味を示すとは思わなかったが……滅多に我儘を言わぬ息子の望みとあらば、叶えてやりたくなるのが親の性だ」
まさか皇帝に父親としてそんなことを言われると思っていなかったのか、サグアノは驚きを隠せない様子だった。
「で、ですがカラルド兄上は何と?」
「さあな。あれとは会っておらん。今頃他の女のところにでも行っているのではないか?」
カラルドの女好きは悩みの種なのか、皇帝はどこか諦めたような口調で言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「今日は他に客を待たせている。どうやってこやつを落としたのかゆっくり話したかったのだが、失礼するよ」
そうして皇帝が部屋を出ていき、あっさりと謁見は終わった。




