招待の断り方
私はカーレル様の部屋を出て、王族の住まう北殿に向かった。もちろんクラヴィッテ殿下の招待を断るためだ。
宰相様方や各大臣の部屋や会議室があるのは東殿で、私は普段そこでいろいろ仕事をしている。
西には世界中で信仰を集めるレド教の主神殿がそびえていて、神官達がひっきりなしに出入りしている。
私は綺麗に整えられた庭園を歩きながらクラヴィッテ殿下に何と言って伝えるのが一番よいのか考えていた。
あれこれ考えながら歩いていくとあっという間に北殿の前に着いてしまった。
入り口の騎士に補佐官に渡される銀製の腕輪を見せ、用件を伝えて中に入った。
宮殿内は使用人とメイドさん達がせわしなく動き回っていた。
そういえば今夜隣国クイラ王国から客が来るのだった。殿下が接待をなさるかもしれない。経理室にいるか不安である。
が、そんな心配をする必要はなかったようだ。
精霊達がしきりに指差す方を見ると、右側の階段から従騎士を連れた殿下が降りてきているところだった。
あの黒髪と一度見たらそうそう忘れることができないようなややきつめだが整った顔立ちは違いなくクラヴィッテ殿下だ。
殿下の従騎士のクレイは殿下とは逆の優しげな顔立ちに笑みを浮かべ、忙しく仕事をしている使用人を見ている。
私は殿下の方に歩いていき、王族にするための特別な敬礼をして顔を下げたままでいた。
頭を下げた状態で王族の許しを得てから顔を上げるのがこの国のきまりだ。私はじっと殿下からの言葉を待った。
「顔を上げろ、レゲル」
私は言われた通りに顔を上げると殿下の青い目と目が合ったので私はすぐ用件を切り出した。
「カーレル様がこの招待は受けられないとのことです。このことを伝えるために殿下の貴重な時間を使わせて頂けたことにお礼申し上げます」
そう言いながら私は招待状を殿下に返そうと封の切られた封筒を差し出した。
殿下がそれを手に取ったのを確認して私は立ち去るために一礼をしてすぐ殿下に背を向けた。
「ちょっと待て」
殿下に呼び止められてしまった。やはりこうなるとは思った。私は振り返って殿下ともう一度向き合った。
「私の招待を断るとは、カーレル殿は何か用事でも?」
「おそらく、私はただお断りするよう命じられましたので……何か用事があるからカーレル様はパーティーに出席することが出来ないのでは?」
たぶん面倒だから断りたいのだろうが、とりあえずこう言っておけばいいだろう。カーレル様のことだからその日に用事を作るくらいするだろうし。
「……そうか、残念だ」
殿下は手に持った招待状をちらりと見て小さく溜め息をついた。
「では仕事もありますのでこれで……」
「レゲル、あなたが代わりにこの招待を受けないか?カーレル殿の代理ならいいだろう」
殿下は笑みを浮かべながら言った。
私は何度か宰相様のお供としてパーティーに参加したことはあるが、どうもあの雰囲気は苦手だ。そんなとこに一人で行くなんて、私は耐えられるだろうか。
「ですが私のような者が行きましても……」
「あなたは宰相補佐官だ。私の主催するパーティーに来るには十分、あなたほどの地位であればほとんどのパーティーに参加しても不思議ではない」
時々自分の地位の大きさを忘れるんですよね、カーレル殿が偉い人には見えないせいなのか、まだ慣れていないのかは解りませんが。
「一度カーレル様に聞いてきます」
「私がいいと言っているのだから遠慮などせず来い」
それは誘いと言うよりほとんど命令に近いですね。立場的に言えば私は殿下よりは確実に下だし、補佐官の中では一番年下だからしたっぱみたいなものだけど。
「特に用事がないなら来ませんか?料理や楽隊も一級のものを揃える予定です」
従騎士のクレイが柔らかな口調で言ってきた。
パーティーの日の予定は確かに無い。休日だから。
「そんなことで貴重な休日を潰したくない」なんて口が裂けても言えない。言いたいけど。
「わかりました、参加させていただきます」
殿下は満足げに頷いて、手に持っていたカーレル様宛ての招待状を私に渡してきた。
「受付の者にカーレル殿の代理だと伝えてくれれば会場に入れるようにしておく。詳しいことは中に入ったもう一枚の紙に書いてあるから読んでおいてくれ。ドレスコードは無いから今の格好で来てくれてかまわない」
私の不満を感じ取ったのか、精霊達がさっきから物騒なことを口にしている。
『参加したくないのでしたら、私があの男にその日までには治らない程度の怪我を負わせますが』
『殺してしまうと主人が困るでしょうから、前日にあの男に死なない程度の……』
そんなことはしないでくれ、そっちの方が後々面倒だから。精霊達の仕業だと解ればすぐ私が疑われるだろう。私のように何体もの精霊と契約している人間はそういない、普通は1体、多くても2体の精霊と契約する人がほとんどだ。そして王宮の中で精霊と別行動するなんてことはあり得ない、私のように何体もの精霊と契約している者でないと危ないからだ。
私は彼らにこう伝えた。心の中で語りかけるだけで会話が出来るのでだれにも聞かれていない。
「ではこれで、仕事がありますので」
「ああ、悪かった。仕事に戻ってくれ」
私は殿下に再び一礼し、その場を去った。
あれ以上あそこにいたら精霊達が何をするかわかったものではない。私は何体もの精霊と契約し、それを完璧に制御出来ているから今の地位があるのだ。
あそこでうっかり精霊が力を使い、殿下に何かあったらただでは済まないだろう。さらに女であることがばれたらクビと牢行きは確実だ。それ以上の何かもあるかもしれない。
私は足早に北殿から出た。
入った時よりも精霊の数が増えているが、相手をしなければいいので私は今日の仕事である騎士団の視察にそのまま向かった。