彼女の欠落
短いので、二話連続で投稿しました。
サグアノ視点の話です
「戻りたい」
そう彼女は言った。
まあ、当然だと思った。
「じゃああなたは私にどうしてほしいんです?逃げないのかなんて、私に聞くことではないでしょう」
その反応もまた、当然といえば当然だった。しかし、一つどうしてもわからないことがある。
「なぜそんな他人事のように振る舞えるんだ?」
よく言えば客観的に自分を見ているとも言えるが、戻りたいとも言う。
しかし嵐の海に飛び出してまで逃げようとするような意志の強さを持っている。
感情を優先しないのは宰相の補佐官という立場では非常に有利に違いないし、行動に移す能力も必要である。
だが自己の感情と自分の立場の境界が分かれすぎていてどうも「レネッタ」という人間がわからない。
「他人事?何を言っているんですか」
そちらが巻き込んでいるくせに、と言いたげにレネッタはこちらを見る。
「……君はおかしい。俺だったら逃げている」
「逃げようとはしました。ですがそれが失敗して、もう難しいと判断しただけです」
淡々と切り捨てるようにレネッタは答えた。そして少し何かを考えるそぶりを見せ、口を開く。
「まあ、おかしいっていうとこは少し思ってますよ。でもなんだか今は特に抗おうっていう気が起きないんです。一度失敗したからなのか、私がしなければならないからなのか、精霊の王に対する興味なのか……少なくとも、家族のため、っていう事くらいしか確かじゃないです」
彼女にとって家族が大切なのは、これまでの態度や反応で十分にわかっていた。彼女が冷静さを欠く時は大抵、彼女の身内の話題を出した時だけだ。
「……どうも君相手はやりにくい」
はじめは乗り気でもなく、従うつもりがないなら無理やりにでも精霊王の前に引き出すつもりだった。それが自分の役目だと思っていたし、皇族としての義務だとも思っていた。
そのために罪悪感など忘れようとしたのだが、悪い事をしている気分になってしまう。
何も知らない子供に嘘をついた、そんな感じがする。
もちろん嘘はついていないし騙してもいない。
彼女には何かが欠落していて、その欠落部分につけ込んでいるような、そんな気がする。
大人しく従おうとしている彼女がなぜか哀れだった。




