帝国の話3
……というか、私は精霊王に意識を乗っ取られるのか?そんなの御免だと言いたいところだが、その通りにしないとダルネミアの皇都が破壊される。ダルネミアからは迷惑しか被っていないし、特別何か関係があるわけではないけど、私が精霊王に贄として捧げられることでそれが回避できるなら、と思ってしまう。別に死ぬわけではないし。
「これを聞いて君は怖いと思わないのか?」
「怖いというか不安です。そんなの当たり前じゃないですか。意識を乗っ取られるんでしょう」
自分が自分でなくなるということだ。意識を乗っ取られるなら怖さはないだろうけど、自分がどうなるのか、何をしでかすかわからなくて不安。
「その割には平然としているように見えるが……」
「本番直前に緊張するタイプなので」
そう言うと、それまでどこかピリピリしていたサグアノの表情が僅かに緩んだ。
「ははっ、冗談を言う余裕があるのか。さすがだな」
「冗談じゃないですよ。もしダルネミアの人々の命と生活がかかっていなくて、ダルネミア王国だけの問題だったら今頃全力で逃げようとしてますよ」
まあ、逃げようとして失敗したけどさ。
「……というか逃げようと思わないのか?こんな話を聞かされて」
まあ、実際引いてるし不安だしできることなら逃げたいけど、逃げようという気は今の所起きていない。
どうしてかはなんとなくわかってる。そもそも逃げるのはもう難しそうだし、弟達の安全と、ダルネミアの抱える問題への同情というか、知ってしまったことによる後ろめたさ。あと精霊王へのちょっとした興味。
素直にそう言うと、サグアノは憐れみと疑問が混じっているような、微妙な顔をした。
「君らしいというか、何というか……変わっているな、君は」
「そうですかね?まあそれに、もしかしたら意識を乗っ取られる事なく終わるかもしれませんし」
そう言うと、サグアノはなぜかきょとんとした顔になる。この人、こんな顔もするんだな。失礼な。
自信があるわけではないけど、これでも一応精霊使いとしては優秀な方だと思ってますよ?少なくともあなたよりは。
「ああ、すまない。君の実力を疑っているわけではないのだが……というか形式的にとはいえ、結婚するということを忘れていないか?」
気まずくなったのか、サグアノは半ば無理やり話題を逸らす。
「それについてですか?今気になっているのは相手は誰かってことくらいですかね」
扱い的に第ニ夫人的な、とりあえず結婚しとけという立場になるだけで特に何もなさそうだけど、ある程度相手の立場とか名前くらいは知っておきたい。
「私に選ぶ権利があるとは思っていませんが、できたら普通の人でお願いしたいです。あなたみたいなのを押し付けられるのは嫌なので」
「え、俺では嫌なのか?」
なぜ微妙に悲しそうなんだ?
継承権が無いに等しいにせよ、あなた一応直系の男子でしょう。そんなお方に生贄になることが決まってる人間を嫁として与えますか?
「私のような生贄候補ではなくもっとこう、一族の人脈とか後ろ盾とかそういうのを得るためにするんでしょう?それが政略結婚ってものでしょう」
「あ、ああ。そうだな……っと、長居して悪かった。病み上がりなんだからちゃんと休め」
あれ?まさか地味に傷ついたりしたのだろうか。いやいや、私如き地味女の一言をこうも気にする必要ないでしょう。
「そうですね。そうさせていただきます」
ま、いっか。どうせ向こうも明日とかになったら忘れるだろう。
夏休みだからって呑気にしてたらダメですね……
頑張ります。




