帝国の話
主人公目線です
その夜、私はサグアノの部下のフリをさせられ来た時とは別の貿易船に乗った。もちろん男物の服を着て。そしてやはり、誰にも疑われなかった。
念のために、とゼイドの神精霊による壁の内側にいさせられているが、私はもう何かする気は無い。今の私にできることは、自分が一体ダルネミア帝国の何と関わっているかしっかり見極めることだった。
ゼイドはは船長と話があると私をこの部屋に連れてきてからすぐ出て行ったが、サグアノは部屋に残っている。
しばらくの間、何とも言えない沈黙が続き、やがてサグアノがゆっくりと口を開いた。
「君は、王を知っているか?」
唐突に、意味のわからない質問をされた。
「ダルネミアのですか?」
でもそれなら王ではなく皇帝と言うはずだ。そういえば、前に部屋でサグアノとゼイドの会話を聞いていた時、王という単語が出てきていた。その時の王だろうか。
「いや……精霊の王だ」
私は思わずサグアノを二度見した。まさか、そんなおとぎ話の存続が皇族の口から出てくるとは思っていなかった。
精霊王はその名前の通り、精霊の中のトップに立つ精霊とされる精霊で、主人を持たない精霊だけでなく、既に主人のいる精霊でさえ逆らうことのできない存在だとか。
おとぎ話では、精霊を利用し犯罪に手を染めた者を正す役割であったり、その強大な力で災害を止める救世主として現れる。しかし、精霊王の出てくる物語は数少ない。なぜなら、出てくるとそこでハッピーエンドで物語が終わるから。結末がわかりきっている上、宗教に関わるので、あまり積極的に物語にしようと思う者が現れないのだ。
「ダルネミアにはまさかその伝承か何かがあるんですか?それとも信仰上の問題ですか?」
「……そんな生温いものならまだましだ」
サグアノはそう言って僅かに表情を曇らせる。私は黙って続きを促した。
「今から十一代前の皇帝、イザル帝の時代のことだ。帝国の東の島国との激しい戦争をしていた時、彼は現れた。とても高位の精霊と契約したという彼は、その言葉に違わず精霊使いとして大いに活躍し、その功績から貴族となった」
典型的な成り上がりの話だ。少し私と似ているな。まあ私は戦争で活躍とかしてないけど。
「誰もが彼を英雄と称えた。しかし、彼は英雄ではあったが、器はとても英雄とは言えない男だった。権力や栄光を私利私欲のために使い、それが通じない時は力で脅す。誰も彼には逆らう事が出来なかった。イザル帝でさえ、彼を止められなかった。さらに悪いことに、彼の精霊も徐々に彼に似始めた。高慢な精霊となった。飼い犬は飼い主に似ると言うが、全くその通りだな」
「それでその高慢になった精霊が精霊王だった、と?」
「ああ。彼の場合はそれが犬ではなく狼だった。ただの精霊ではなく、精霊の王だったんだ」
「……ですがそれはただの昔話でしょう?」
精霊王の実在についてはいったん置いといて、そもそもな話、もうその男はこの世にいない。主人が死ねば精霊はその元を離れていくはずだ。
「ああ。これは二百年以上前の話だ。だが精霊にとっての二百年はほんの数年、精霊王はまだダルネミアにいる」
「そんなことが……あるんですか?」
強い精霊ほど、新たな自分に相応しい主人を求めてあちこち移動するものだ。その場に留まる精霊は力がなくあまり移動できないか、そこで力を付けるという目的がある精霊くらいのものだ。
確かに強大な力を持つ精霊王が他で主人を見つけてしまったら、困るのはその敵となる国だろう。しかしダルネミアにいる精霊王はサグアノの話を信じるなら、高慢で厄介者のはず。むしろ出て行ってほしいのではないだろうか。だから留めておく理由はないし、そもそも人の手で精霊を留めておくなどできない。
「男は高慢なだけではない。妙な知恵の回る男だった。自らの死を悟り始めた彼は、自分の栄光を最後まで確かなものにするために精霊王の新たな主人となりうる者を探すよう言った。そして僕の先祖はその通りにして、力のある精霊使いたちを呼び集めて精霊王に選ばせた……それがこの始まりだ。皇族が精霊王の主人が死ぬ前に次の精霊王の主人を用意する。このやり取りにより、精霊王は自分の価値を理解し、精霊王自らが皇族を脅し始めた」
そこまで言ってサグアノは困り果てたようにため息をついた。
半年ぶり二話目です。書いてて久々すぎるためか、こいつはこんなキャラだったっけ?(誰とは言いませんが)悶々としています。




