決行された
サグアノ目線
……妙だ。
彼女に全く動きがない。確かに脅して連れてはいるが、少しくらい何か抵抗してくるだろうと予想していた。
レネッタという人間をよく知っているわけではないが、男のフリをしてアリュで宰相補佐官を数年とはいえ務めた人物だ。並大抵の力でできることではないし、連れてきてすぐの時のあの態度も、それを納得させてくれるものだった。
しかし今の彼女は物憂げな表情で海を見ているだけだ。
「嵐が近付いてきているそうです。今夜は近くの島の港に停泊しようかと……」
レネッタの様子を伺っていた僕にそんな報告が入ってきた。それを彼女に伝えると、その目に僅かに変化が起こる。
そして、酒が欲しいと彼女は言った。
何か仕掛けてくるつもりなのだろう。ある程度警戒しなければ……だが、未然に防ぐよりある程度試させて不可能であることを彼女に思い知らせておきたい。微妙なところだな。そんなことを思いつつ、彼女の要望通り酒や肉を買ってきて共に飲む。
そして、驚かされた。
驚いたのはあれだけ飲んでいたはずなのに素面のような顔をしていることに対してだ。酒を飲みたいと自分から言い出しその上何か仕掛けてくるのだろうから相当自信があるのだろうと思っていたが、予想以上だ。
僕も酒には強く簡単には酔っ払うことはないが、彼女ほどではない。
とりあえず狸寝入りを決め込むと、案の定レネッタは動いた。僕たちが寝ていることを確かめると、真っ直ぐ船の壁に向き合った。
しばらくは何も起こらなかったが、やがて細い火や雷が見えるようになる。
まさか、と思った。
本当に彼女はゼイドの神精霊の張った壁を破る気だ。そしてそれを現実にしようとしている。間も無くその火は力強く燃える炎になり、糸のようだった雷もはっきりとその姿を見せた。
それと同時に自分の雷精霊が部屋に飛び込んでくる。ゼイドの壁のせいでこの部屋そのものを避けていた精霊が、だ。それはゼイドが睡眠不足になりながら数日かけて張った壁が破られたことを意味していた。
だが、最悪の状況として考えていなくはなかった。しかし彼女は力をかなり消耗しているから、と油断したせいで僕は手痛い反撃を食らった。
あの細い体のどこからあれだけの力を出したのか。かなり鋭かった杖による一撃は僕の意識を一時的に飛ばすには十分だった。
少しして目を覚ました僕は慌てて立ち上がり廊下に飛び出す。レネッタの姿はとうに見えなくなっていた。
向かった先は甲板だろう。陸に渡るためのタラップは万一を考えて外されているはずだから、逃走する方法はただ一つ。
途中で見張りとして残っていた船員が数名、気絶しているのを発見した。杖をついた明らかに怪我人という見た目に騙されたのだろう。ほぼ無抵抗な状態で綺麗に急所を突かれていた。
甲板に出ると、吹き飛ばされそうなほどの強風が吹き荒れ、雨粒が痛い。
この嵐でろくに周囲の様子もわからない中に飛び込んで行くとは……どこにいるのか全く見えない。僕は精霊に教えてもらい、示された方向へ向かった。
ようやく彼女の姿が見えた時、僕の背筋は凍りつく。
海に手を伸ばし、まるで何かに誘われているかのように、彼女は虚ろな瞳で下を見ている。細い上半身が完全に船の縁から飛び出し、船が少しでも揺れれば落ちるほどに危うい状況だった。
帝国のため云々を考える暇もなく僕は叫び、体が勝手に動いていた。
腕を掴み、諦めるよう言う。しかし彼女は掴まれた腕を振りほどこうと懸命にもがく。その背後には巨大な黒い波。
ここは船の舳先に近い。このままぶつかったらレネッタ共々海に落ちるかもしれない。しかも彼女は気付いていないだろう。まあ海に落ちることが目的の彼女にとっては願ったり叶ったりだが。
たとえどうなろうと、今伝えたとしても間に合わない。
僕は咄嗟に縄を留める金具を掴む。次の瞬間、波の衝撃で僕の体は床に叩き付けられた。
思わずレネッタの腕を放しそうになったが、手に入れる力を強めてなんとか堪える。大波が彼女を持ち去ろうとするかのように立て続けに何度も押し寄せてきた。
そろそろ限界と思われた時、ようやく大波は収まり波飛沫が飛ぶ程度になる。
そして彼女は、雨の打ち付ける甲板でぐったりと倒れていた。
目線変えるの楽しいけど文末とかわからなくなります




