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厄介事

殿下との食事の翌朝、私は普通に出勤していつも通り書類を片付けていた。

一山減ったと思ったらまた増える。文字とのにらめっこは辛い。けどこれも弟達と妹達のため。

そんな様子をレルチェが不思議そうに眺めている。特に変わりはなく今日も元気だ。

そんな感じで昼前、お昼ご飯どうしよっかなと考えながら書類に判子を捺してたら扉がノックされて少し疲れた感じの顔をした殿下が入ってきた。

朝出勤したときに殿下の部下の一人に殿下は二日酔いでぐったりしてるって聞いたからまだ昨晩のお酒が抜けていないのだろう。

「カーレル宰相、レゲル殿を借りていきます」

ちょっと待て、まだ書類が残ってるんですけど。

「ええ、構いませんよ」

カーレル様は手をひらひら振りながら言った。

無責任すぎませんか。

こうして私は部屋の外に連れ出された。



殿下は精霊に誰もいないことを確認させて口を開いた。

「昨晩の男……アルとかいうやつはお前の知り合いか?」

あ、殿下覚えてる。絶対覚えてるわ。

「えっ、ええ。精霊院のときの知り合いです」

「そいつを連れて王宮の内庭園に来い」

えっ?王宮の内庭園って王宮の最上部にある温室?季節を問わずにありとあらゆる花を見ることができるっていう接待スポット。カーレル様のお付きとして何回か入ったことあるけどきれいなとこだったなあ。

でもあそこって美しさを維持するために接待とか王族が花を愛でる以外は基本的に王宮付きの庭師しか入れない。結構特別な場所だ。

「そんなとこに入ってもいいんですか?」

「庭師達には話をつけておいた。それにあそこの花はそうやわじゃないから枯れたりはしない」

やわだからわざわざ温室にあるんじゃないか、という言葉を飲み込んだ。それどころじゃないし。

アルが卒倒しないか心配だ。昨日酒の勢いとはいえ、偉そうに慰めていたのが殿下だったなんて知ったら私だったら倒れるかもしれない。



私はアルがいる精霊使の職場、精霊院に向かった。

精霊は神の使いだと信じられているこの国では、主神殿に隣接して精霊院の本部がある。

「あっ、レゲル」

私を見付けた先輩精霊使に声をかけられた。

「お久しぶりです、先輩」

「何の用だ?精霊院は第2宰相様の管轄外だろう」

先輩の声は固い。やはり先輩方にはあまりよく思われていないようだ。

「アルを探しているのですが……アルはいますか?」

「俺は知らねーよ。探せばいいのか?」

「あっ、自分で探します。では」

私はとっととその場を離れた。先輩の視線が突き刺さっていたけれど無視して精霊院に入った。

精霊院はいくつかの部署に別れている。

戦闘員として地方の精霊院に派遣される地方部。最も人数が多いのがここだ。

式典などで派手なセレモニーを行う盛り上げ部こと式典部。

若手の指導を行う指導部。

騎士と連携する精騎士部。

研究を行う研究部。

その他、小さな部署があり一人が二つの部署をかけもちしているのも珍しくない。

アルは確か私と同じ指導部と時々式典部の手伝いをしているらしい。

とりあえず指導部に向かおう。

酔っぱらいながら明日も仕事だと言っていたから非番ということはないはずだ。



指導部は精霊院の横にある外宮という建物にある。実際に精霊を使役して水や火を出すので神殿と隣接している精霊院で万が一のことがあったら大変だからだ。

精霊院から外宮へと続く渡り廊下はとても懐かしかった。

私はいろいろな属性の精霊を使役しているので、属性がバラバラの指導部では結構重宝されていたのだ。

「レゲル、久しぶりだな」

私のひとつ上の先輩が外宮の壁にもたれ掛かって休憩していた。この先輩は私が補佐官に抜擢されたのを喜んでくれていた先輩だ。

「どうした?補佐官クビになったのか?」

先輩は笑いながら言った。

「そんなわけないでしょう。悪い冗談はよしてください」

「ははっ、悪かったよ。で、何の用だ?」

「アルはいますか?」

「ああ、いるよ。あいつがどうした?」

あっ、どうやって連れだそう。殿下からの呼び出しとは言いづらい。変なやっかみを生みそうで怖いからなあ。

「まあ入れよ。ついでになんか指導してけ。現役宰相補佐官様に指導されるとなったら新人の目も変わるだろ」

指導ねえ、特に何も考えてないけど。

私は外宮に入った。

内装は相変わらずだった。

所々焦げた天井、壁のヒビ、板で補修された窓。新しい汚れも増えた、私のいた頃と全く変わっていない部屋だった。

「先輩、今日は何もないって言ってたじゃないですか!」

「視察っぽいお方が来てますよ」

新人らしき精霊使がざわついた。

そして何人か、精霊から報告を受けたのか私の精霊の数に驚いている。

「レゲル、何しに来たんだ?」

アルとその他指導部の皆さんが新人を掻き分けて私の方にやって来た。

「アル、ちょっと手伝ってほしいことがある。一緒に来てくれないか?」

「俺は構わねーけど……」

私は時計を確認した。殿下との約束の時間まではまだ一時間ほどある。

「少し指導の手伝いしてくからさ」

私がそう言うと、数人が歓声を上げた。何もそこまで喜ぶことないんじゃないか?

「ほら、新人達。こいつは第一級精霊使で宰相補佐官のレゲルだ。名前くらい聞いただろ」

ほとんどの新人がうなずいた。

「火、光、水、風、植物精霊を使役してるやつはこの機会にコツを聞いとけ」

氷精霊が増えた、なんて言ったらさらに騒がれそうだから言うのは止そう……

「あれ?確か氷精霊が増えたって言ってなかったか?」

アルが余計なことを言った。

「はあ?また増やしたのか」

「どーなってるんだお前」

「よく制御できてるよな」

「格好が暑いからって増やしたんだろ」

また余計なことを言いやがった。まるで私が楽をするために精霊を増やしたみたいじゃないか。まあ実際そうだけど。

「そんな理由で……」

「何なんだよほんと」

いちいち相手するのは止そう。生まれつきみたいなものなんだから。



私はしばらく新人達の指導をして、時間になったのでアルを連れ出した。

時々指導に来てくれって言われたけど、無理。補佐官の仕事で手一杯なんだから。

「なあ、俺は何を手伝えばいいんだ?」

のんきな声でアルが尋ねてきた。

手伝いというか呼び出しなんだが……ここで言ったらうるさいことになるよなあ。

「着いたら説明する」

「補佐官の仕事の手伝いか?……っていうか補佐官って普段何してるんだ?」

「ほとんど書類上の処理だが……時々視察とかに行く。この話前もしなかったか?」

「いまいちピンとこなくてさ。偉い人ほど忙しいのかどうかとか」

「適当に書類を処理してるわけじゃないからな。頭は使う」

「まあお前は見た目からして頭脳派だからな」

そりゃあそうだ。肉体派だなんて見られてたらショックが大きすぎる。女の身体でムキムキは相当だろう。

「……って、東殿はあっちだろ。手伝いって書類とかなんかじゃねーの?」

「今向かってるのは北殿だよ」

「手伝いって王族関係!?俺より上の貴族出身のやつに言ってくれよ!というかお前はともかく、こんな格好で北殿にいっていいのか?」

確かにアルの服装は薄汚れている。指導で汚れてもいいような服を着ているのだ。

「……確かにその格好はまずいか」

「俺の身にもなってくれ」

私は時計を確認した。時間はまだある。ギリギリになるかもしれないがアルのためにも服を取りに行くか。

「服はどこに置いてあるんだ?」

「今日は指導しか予定してなかったし、北殿に行く服なんて部屋にしかねーよ」

「東殿に行くぞ」

「は?」

確か予備の制服が置いてある。一応汚れたときとか何かあったときのために制服があるはず。

王宮のどこをうろついてもいいように役人の制服が東殿には数着ストックされている。申告すれば借りられるはずだ。

「なんかアテでもあるのか?」

「制服のストックを借りる」

「それってそんな簡単に借りれるのか?」

「急用だ。たぶん借りれる」

いざとなったら殿下の名前を出せばいい。




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